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宴会芸と醤油の革命

ドォォォン!!


田中の全力の土下座が、海賊船の床に炸裂した。

その音は、まるで鉄球を落としたかのように重く響き渡った。


シーン……。


荒くれ者たちの喧騒が止まった。

トカゲ型の船長が、斧を下ろして床を凝視している。田中の額が叩きつけられた場所には、うっすらと亀裂が入っていた。


「……おい、見たか?」

「ああ、見たぞお頭。こいつ、生身で床板をへこませやがった」

「なんて硬度だ……。カルシウム摂取量が足りてないと、あんな芸当はできねぇぞ」


海賊たちがざわめき始めた。

彼らは「自由」を愛する無法者だが、同時にこの世界の住人らしく「健康」には人一倍うるさい。

彼らにとって、田中の土下座は謝罪ではなく、「強靭な骨密度を誇示するマウンティング」に見えたのだ。


船長がニヤリと笑った。

「気に入ったぜ、サラリーマン。骨のあるやつだ。……よし、歓迎してやる! 『あれ』を持ってこい!」


船長の一声で、海賊たちが厳重に保管されたケースを運んできた。

中から出てきたのは、きらびやかなラベルが貼られたボトルだ。


「出たァ! お頭の秘蔵っ子! 『プレミアム・フルーツ・青汁(糖度12%)』だ!」

「おいおい、マジかよ! 糖度10%超えは『砂糖規制法』違反だろ!?」

「今日は無礼講だ! インスリンの準備はいいか野郎ども!」


海賊たちは、まるで密造酒でも飲むかのように、震える手で甘い健康ドリンクをコップに注いだ。

そう、この世界にアルコールは存在しない。脳細胞を破壊する毒物だからだ。

彼らにとっての「ワルい飲み会」とは、夜更かしをして、糖分の高いジュースをガブ飲みすることなのだ。


「乾杯ァァァッ!! あめぇぇぇ! 脳が溶ける甘さだァァ!」


海賊たちがラッパ飲みして騒いでいる。

田中は呆気にとられたが、すぐに社畜スイッチを切り替えた。

相手が誰であろうと、飲み会ならこっちの独壇場だ。


「あ、お頭。手酌はいけません。私が注ぎます」

「あ? なんだお前、気が利くな」

「ラベルを上にして……コップの底に手を添えて……はい、どうぞ」


田中は流れるような所作で青汁を注ぎ、空になったボトルを端に寄せた。

そして、つまみとして出された「無添加・無塩の乾燥クラッカー」を見て、ニヤリと笑った。


「お頭。せっかくの『背徳的な夜』なんです。もっとヤバい刺激、欲しくないですか?」


「ヤバい刺激だと? ……これ以上甘いのは、虫歯になるから勘弁だぞ」

船長がビビりながら言った。さすがは健康志向の海賊だ。


「いえいえ。……これです」

田中は内ポケットから、プラスチック容器を取り出した。

黒い液体「醤油」と、赤い粉末「七味唐辛子」だ。


「なんだそれは? 黒い……ヘドロか?」

「これは『塩分ナトリウムの塊』です。そしてこっちは『カプサイシン』という刺激物です」


「なッ!?」

海賊たちが総立ちになった。

「バカ野郎! 塩分過多は高血圧の元だぞ!」

「カプサイシンだと? 胃粘膜を荒らす気か! 貴様、俺たちを病気にするつもりか!」


「フフフ……。海賊なんでしょう? 自分の体の心配をして、何が自由ですか」

田中は挑発的に笑い、クラッカーに醤油を垂らし、七味を振った。


「毒を食らわば皿まで。……どうぞ」


船長はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……面白い。俺の腎臓がどこまで耐えられるか、勝負してやる!」


船長は震える手で、醤油漬けのクラッカーを口に放り込んだ。


パリッ、もぐ……。


「ん……?」


次の瞬間、船長の尻尾がピンと立った。


「しょっぱァァァァいッ!!!」


「お頭ァァ!?」


「痛い! 舌が痛い! ……だが、なんだこれは!? 塩辛さの奥から、大豆の旨味が爆発してきやがる! 血液がドロドロになる音が聞こえるようだ!」


「こ、これが塩分……!」

「なんて背徳的な味だ! ママに怒られる味だ!」


船長は涙目になりながら、甘い青汁で口の中を洗い流した。

「辛い! からの、甘い! 無限ループだ! 脳内麻薬エンドルフィンが止まらねぇ!」


「俺にもくれ! 俺の血圧を上げてくれ!」

「俺は七味いくぞ! 胃薬用意しろ!」


宴会場はカオスと化した。

田中はその中心で、ネクタイを頭に巻き、即席の宴会芸を披露しながら調味料を配り歩いた。


「さあさあ、グラスが空いてますよ! 糖分足りてますかー!」

「そこのお客様、お腹出して寝ちゃダメですよ! 風邪引きますからね!(上着をかけてあげる)」


「うおおお! なんて優しいんだ!」

「この男、俺たちの健康管理まで完璧だ!」

「ママみたいだ!」


海賊たちは、初めて味わう「塩気」と「甘やかし(接待)」のダブルパンチにメロメロになった。

もはや田中は人質ではない。この船の「オカン」であり、カリスマ栄養士だった。


数時間後。

すっかり砂糖と塩分でキマってしまった船長が、田中の膝で泣き崩れていた。


「お前ぇ……いいやつだなァ……。ずっとここにいてくれよォ……。俺たちの食生活改善してくれよォ……」

「よしよし。とりあえず野菜も食べましょうねー」


その時、船内のモニターが光り、カレン局長の顔が映し出された。

彼女は絶句していた。

カメラの向こうで、凶悪な海賊たちが、田中に「あーん」をされて野菜スティック(醤油マヨ付き)を食べているのだから。


『……田中?』


「あ、局長! お疲れ様です!」

田中はネクタイ鉢巻姿で敬礼した。

「交渉、成立です。彼らは『週一回の調味料配給』と『定期健康診断』を条件に、撤退するそうです」


『……あなた、本当に何者なの?』


「ただの社畜です。……あ、局長。彼ら、虫歯予防のキシリトールガムも欲しがってるんで、経費で落としていいですか?」


田中がニカっと笑ったその時。

宴会場の隅に置かれていた田中の乗ってきたポッドが、内側からガタガタと揺れ始めた。


「ん? なんだ?」

海賊たちが振り返る。


バンッ!


ポッドのハッチが蹴り飛ばされ、中から小さな影が飛び出した。

清掃員の服を着た、仮面の少女。エコー・404だ。


「もう我慢できないッ!」


彼女はチョーカーのスイッチを切り、海賊たちの前で仁王立ちした。


「甘いジュースと塩辛いお菓子!? ずるい! 私にもよこしなさいよ!」


田中は天を仰いだ。

「……ここで出てくるか、歌姫様」


最悪のタイミングでの乱入者。

海賊、田中、カレン(通信)、そしてエコー。

役者は揃った。宴会はまだ終わらない。

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