深夜の背徳と、白き悪魔のマヨネーズ
「……輝きすぎなんだよ、この世界の連中は」
深夜の厨房。
田中は、窓の外を歩く未来人たちを睨みつけていた。
彼らは肌ツヤが良く、姿勢も正しく、深夜だというのにジョギングなどをしている。
この「健康すぎて有り余る体力」が、連日連夜の行列を生んでいるのだ。
「健全な肉体には、健全な食欲が宿る……。
だったら、こいつらの生活習慣を破壊し、不健康にしてやればいい。
胃もたれと胸焼けで、二度とラーメンなんて見たくない体に改造してやる!」
田中は、冷蔵庫の奥から「禁断の調味料」を取り出した。
かつて自分が、ジャンクフード中毒だった時代に愛用していた、黄色いキャップのチューブ。
**『マヨネーズ』**。
卵と酢と油を、科学の力で乳化させただけの、カロリーの塊。
全ての料理の味を塗りつぶし、脳髄に直接快楽物質を送り込む「白い悪魔」。
「フフフ……。
淡白な栄養食しか食っていない未来人の消化器官に、この油の塊をぶち込んだらどうなるか……。
想像するだけで恐ろしい(楽しい)ことになりそうだ」
田中は海賊船長を呼び出した。
「船長。今から『裏メニュー』を解禁する」
「裏メニューですか? 毒入り餃子とか?」
「似たようなもんだ。……こいつを、ラーメンの上に山のように絞り出せ。
そして、看板を書き換えろ。
**『深夜2時オープン。背徳のハイカロリー・タイム』**とな!」
***
午前2時。
草木も眠る……はずの時間に、田中の店だけが怪しいネオンを放っていた。
『な、何だあの匂いは……?』
『酸っぱいような、濃厚な油の香り……』
ジョギング中の意識高い系市民たちが、鼻をヒクつかせながら集まってくる。
「へいらっしゃい! 健康診断の結果なんか燃やしてしまえ!」
海賊たちが、丼の上に容赦なくマヨネーズをブチまける。
美しい黄金色のスープが、白濁したドロドロの液体へと変貌していく。
「さあ食え! これが21世紀の労働者たちが愛した『明日への活力(寿命の前借り)』だ!」
一人の青年が、恐る恐るその「マヨ・とんこつラーメン」を口にした。
「……ッ!?」
青年の瞳孔がカッと開いた。
『警告。警告。脂質過多。塩分過多。直ちに摂取を中止し……』
手首のヘルスマネージャーAIが絶叫している。
だが、青年はAIを引きちぎり、丼に顔を埋めた。
「美味い……ッ!!」
「なんだこの暴力的な味は! 脳が震える!」
「野菜の味がしない! 脂の味しかしない! 最高だ!!」
淡白な完全栄養食で育った彼らの舌にとって、マヨネーズの強烈な酸味とコクは、覚醒剤にも等しい衝撃だった。
「もっとだ! もっと白いの(マヨ)をくれぇぇッ!」
「替え玉だ! いや、替えマヨだ!」
店内は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
誰も彼もが、口の周りをテラテラと光らせ、恍惚の表情でカロリーを貪っている。
(ククク……そうだ、食え。もっと食え)
田中は厨房の陰でほくそ笑んだ。
(そんなに食ったら、明日の朝は胃もたれで起き上がれないはずだ。
そうすれば客足は減り、俺はゆっくり眠れる……)
しかし。
田中の計算には、致命的な誤算があった。
翌日。
街には、お腹を少し突き出し、気だるげに歩く若者たちの姿が溢れていた。
「……おい、なんだあれは」
田中は目を疑った。
彼らは病気で寝込むどころか、その「だらしない体型」を誇示するように歩いているではないか。
エコーがニュース画面を見せる。
『速報です! 現在、若者の間で**「マヨ・ボディ」**が大流行!』
『「過剰なカロリーを摂取できる」=「圧倒的な富の象徴」として、ポッコリお腹がステータスになっています!』
『「深夜にラーメンを食べて翌日むくむ」ことこそが、最もクールな生き方です!』
「はぁ!?」
未来では「健康」が当たり前すぎて価値がない。
逆に、「不健康になれるほどの財力と余裕」が、新たなラグジュアリーとして定義されてしまったのだ。
『タナカ様、ありがとうございます! 私も憧れの「メタボリック・シンドローム」になれました!』
『見てくださいこの二重アゴ! セクシーでしょう!』
店には、さらに行列ができていた。
しかも、「24時間、いつでもマヨネーズを吸いたい」という中毒者たちが、深夜営業の継続を求めてデモ行進まで始めている。
「ふざけんな! 俺は夜は寝たいんだよぉぉぉ!!」
***
一方、黒鷺のアジト。
「……マキャヴェッリ先生。これは一体……」
黒鷺は震えていた。
彼の主力商品である『完全バランス栄養クッキー』が、大量に返品されている。
理由の欄には一言、『味がしねぇ』とだけ書かれていた。
マキャヴェッリは、マヨネーズまみれのラーメン(取り寄せ品)を冷静に分析していた。
「……見事だ。古代ローマ帝国の『パンとサーカス』と同じ理屈ですね」
「パンとサーカス?」
「愚民には、高尚な理念よりも、目の前の『快楽(脂)』を与えよ。
タナカは、民衆の理性を『食欲』で支配し、思考力を奪うことで、自らの王国を盤石にしたのです。
……恐ろしい男だ。この白いペースト一つで、帝国の健康政策を根底から覆すとは」
松永久秀は、すでにマヨネーズのチューブを直接吸っていた。
「チュウウゥッ……! ぷはぁっ!
こりゃあいい! 茶の湯よりも心が落ち着くわ!
おい黒鷺、ワシのクローン培養液も、明日からこの『マヨネーズ』に変えろ!」
「やめてください! 腐りますよ!」
黒鷺は頭を抱えた。
「私の『クリーンな社会計画』が……タナカの『脂ぎった欲望』に塗りつぶされていく……!」
街中がマヨネーズの匂いに包まれ、人々は深夜徘徊を繰り返し、不健康自慢を競い合う。
田中の目論見通り、世界は堕落した。
しかし、その堕落の中心には、常に「教祖タナカ」が祀り上げられ、彼は不眠不休でマヨネーズを絞り続けるハメになったのである。
「もう嫌だ……。誰か俺に、サッパリしたサラダをくれぇぇぇ!」




