謝罪の王様と、マキャヴェッリの計算外
「……見事な手際ですね、マキャヴェッリ先生」
黒鷺のアジト。
モニターには、ニュース映像が流れていた。
『緊急速報! 行列のできるラーメン屋に異物混入! スープの中から「宇宙船のボルト」が発見されました!』
もちろん、真っ赤な嘘だ。
マキャヴェッリが未来の生成AIを駆使して作った、精巧なディープフェイク動画である。
「大衆とは愚かなものです」
中世のローブをまとったマキャヴェッリが、冷たいワインを揺らしながら言った。
「真実などどうでもいい。彼らは『叩く対象』を求めているだけだ。これでタナカの信頼は地に落ち、店は焼き討ちに合うでしょう」
「ヒャハハ! 民衆の暴動か! 炎上が楽しみだなぁ!」
松永久秀も茶釜を磨きながらゲラゲラ笑っている。
この時代、企業が不祥事を起こした際の対応は決まっている。
『AIの誤作動でした』『担当者の独断でした』『法廷で争います』。
責任を回避し、泥沼の訴訟合戦に持ち込むのが「未来の常識」だ。
だが、その見苦しい言い訳がさらに火に油を注ぎ、破滅していく。
「さあ、どう出るタナカ……! 必死に弁明してみせろ! 嘘を重ねて自滅しろ!」
黒鷺は勝利を確信し、高笑いした。
***
一方、「猛毒摂取所(ラーメン屋)」。
「て、店長! 大変です! ネットが大炎上してます!」
エコーが悲鳴を上げている。
店の外には、すでに無数の報道ドローンと、怒れる野次馬たちが押し寄せていた。
「異物混入!? 私たち、そんなミスしてません!」
カレンも青ざめている。
「これは何者かの陰謀です! すぐに法務局に訴えて、成分分析データを公開して……」
「……いや、いい」
田中は、なぜか晴れやかな顔をしていた。
「え?」
「これは……チャンスだ」
田中は震える手で(嬉しさで)、ガッツポーズをした。
「この騒動を利用すれば……ついに店を畳める!
『世間をお騒がせしたので閉店します』と言えば、海賊たちもルミナ様も納得せざるを得ない!
俺は自由だ! 隠居だ! スローライフだ!」
田中は立ち上がった。
「エコー、俺の『戦闘服』を出せ」
「戦闘服……? パワードスーツですか?」
「違う。……クローゼットの奥にある、グレーのスーツだ」
***
数時間後。
店前の広場で、緊急記者会見が開かれた。
集まった数十億人の視聴者が、固唾を飲んで見守る中、田中が現れた。
ヨレヨレのグレーのスーツ。
ノーネクタイ。
髪にはワックスをつけず、少し疲れた中年男性の装い。
『さあ、言い訳の時間だ!』
『誰のせいにする気だ!?』
野次馬たちが罵声を浴びせる。
しかし、田中はマイクの前に立つと、一切の弁明をせず――
スッ。
腰を90度に折り曲げた。
静寂。
1秒、5秒、10秒……。
田中は動かない。
その角度は、分度器で測ったように正確な直角。
後頭部から背中にかけてのラインは、日本海溝よりも深い「反省」を物語っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げ、マイクに向かって絞り出すような声で言った。
「……この度は、世間の皆様を大変お騒がせし、多大なるご心配とご迷惑をおかけしましたこと……」
田中は息を吸った。
昭和のブラック企業で、幾多のクレーム処理を乗り越え、上司の不始末を被り続けてきた男の、魂の叫び。
**「大変、申し訳ございませんでしたァァァッ!!!」**
再びの90度。
そして、その姿勢のまま、ピタリと静止。
会場が凍りついた。
『……え?』
『「AIのせいです」って言わないの?』
『「陰謀だ」って逆ギレしないの?』
未来人たちは混乱した。
彼らの知る謝罪とは、「責任のなすりつけ合い」だ。
だが、目の前の男は、たった一人で、全ての批判をその背中に受け止めている。
モニター越しのマキャヴェッリが、グラスを落とした。
「な……なんだ、あの姿勢は……!?」
「弁明をしないだと? 敵の攻撃を、防御もせずに全身で受け止めているのか!? 正気か!?」
田中の頭の中はこうだ。
(よし! これで完璧だ! 責任を認めたぞ! さあ、俺を罵倒してくれ! 店を潰してくれ!)
しかし、沈黙を破ったのは、一人の老婆だった。
「……なんて……なんて『潔い』の」
「えっ?」
田中が顔を上げる。
「未来の政治家もCEOも、みんな嘘ばかりつく。でも、この人は……言い訳ひとつせず、たった一人で頭を下げたわ……」
「これが……失われた古代の美徳、**『SEII(誠意)』**なのか!?」
ざわめきが感動の波へと変わっていく。
『おい、見たかあの汗! 演技じゃないぞ!』
『(※冷や汗です)』
『あそこまで頭を下げるなんて、よほどの覚悟がないとできない!』
『逆に怪しいぞ! ボルトが入ってたのが嘘なんじゃないか!?』
「……へ?」
誰かが叫んだ。
「そうだ! こんな誠実な男が、異物混入なんてするはずがない!」
「タナカをハメようとした奴がいるはずだ!」
世論が180度反転した。
「叩く対象」は田中ではなく、「田中を陥れようとした見えない悪」へと向かった。
『タナカ! タナカ!』
『店を辞めないで! あなたの作るラーメンなら、ボルトが入ってても食べるわ!』
『むしろ鉄分補給よ!』
田中は呆然とした。
「い、いや、閉店……閉店させて……」
その弱々しい姿が、さらに同情を呼んだ。
「かわいそうに……あんなに憔悴して……」
「俺たちが支えなきゃ!」
***
「……マキャヴェッリ先生」
黒鷺のアジトは、お通夜のような雰囲気だった。
「説明してください。なぜ、タナカの支持率が爆上がりしているのですか?」
マキャヴェッリは、モニターを凝視しながら脂汗を流していた。
「……読めない。全く読めない」
彼は震える声で分析した。
「彼は知っていたのだ。この時代、誰もが『責任転嫁』を行うことを。
あえて『全責任を負う』という自殺行為に出ることで、逆説的に『潔白』を証明し、民衆の情緒に訴えかけ、敵(我々)の攻撃を無効化する……。
これは……**『肉を切らせて骨を断つ』**、究極の政治的パフォーマンスだ!」
「そ、そんな高度な計算を!?」
黒鷺が驚愕する。
「恐ろしい男だ……。ニッコロ・マキャヴェッリの『君主論』を超える、新たな統治論を持っているとでもいうのか……!」
松永久秀が爆笑した。
「ギャハハ! 傑作だ! 嘘をつかずに人を騙すとはな! ワシも勉強し直さねばならんのう!」
***
その頃。
店は「応援消費」という名の大行列で、過去最高の売上を記録していた。
厨房の裏で、田中は膝を抱えていた。
「なんでだよぉぉぉ……」
「どうして謝っただけで、英雄扱いされるんだよぉぉぉ……」
「俺はただ、責任取って辞めたかっただけなのにぃぃぃ……」
日本のサラリーマンが培ってきた「処世術(土下座)」は、未来のアメリカナイズされた社会において、「高潔なる騎士道精神」として誤解され、またしても田中の首を(忙しさで)締めることになったのである。




