勘違いの慰安旅行と、恋するバグ・プログラム
「……よし、逃亡しよう」
「タナカ・ホールディングス(仮)」の執務室。
山積みの決裁書類(主に海賊たちの火薬使用許可申請書)を前に、田中は現実逃避を決めた。
「働きすぎだ。労働基準法違反だ。……俺には『視察』が必要だ」
田中は、コロニーの端にある**『人工オーロラ観測デッキ』**のパンフレットを手に取った。
ここは人が少なく、暗くて静かで、ベンチで寝るには最高のスポットらしい。
「エコー。ちょっと出かけるぞ」
田中は、書類整理をしていたエコーに声をかけた。
「荷物持ち……いや、秘書として同行しろ」
「えっ? 視察ですか?」
エコーが顔を上げる。
「まあな。……二人きりで、ちょっと遠出だ」
その瞬間。
エコーの内部回路に、電流が走った。
(二人きり……遠出……仕事中に抜け出す……)
彼女のAIが、過去の恋愛ドラマのデータベースを高速検索する。
『検索結果:それは**「デート」**、あるいは**「愛の逃避行」**です』
「!!!」
エコーの顔がボッと赤く発光した。
(で、デート!? 店長と!? まさか、私の献身的な働きが認められて、ついにプロポーズのプレイベントに!?)
「ど、どうした? 熱でもあるのか?」
「い、いいえ! システムオールグリーン! 冷却ファン全開で随行します!」
こうして、田中の「サボり」と、エコーの「初デート」が始まった。
***
移動中のエア・バスの中。
田中は窓の外を眺めてあくびをしているが、エコーはずっとソワソワしていた。
今日の彼女は、ホログラムの衣装を変えていた。
いつもの事務的なスーツではない。
データベースで「男性が守りたくなる服装No.1」と出た、**『ふんわりワンピース(麦わら帽子付き)』**だ。
「……なぁ、エコー」
「は、はいっ! 何でしょうあなた……じゃなくて店長!」
「その服、動きにくくないか? 敵襲があったらどうするんだ」
「うっ……(可愛いって言ってくれない……)」
田中は鈍感だった。しかし、彼の「昭和の習性」が、無自覚にエコーを追い詰めていく。
バスが揺れた瞬間。
「おっと」
田中は自然にエコーの肩を抱き寄せ、手すりを掴んで支えた。
「……!」
「揺れるから気をつけろよ。AIでも転ぶと痛いだろ」
(キャーッ! ボディタッチ! しかも「痛み」を気遣ってくれた! 私は鉄屑なのに!)
エコーの心拍数(CPU負荷)が急上昇する。
さらに、観測デッキに到着した後。
そこは、カップルだらけのロマンチックな場所だった。
田中は「ベンチが空いてねぇな……」と舌打ちしたが、エコーには「愛の巣を探す猛禽類の目」に見えた。
「エコー、あれ食うか?」
田中が指差したのは、屋台で売っている**『レインボー・ソフトクリーム』**。
「えっ、いいんですか?(カップルの定番アイテム!)」
「ああ。……経費で落ちるかな(領収書もらうの忘れた)」
二人はベンチに座り、ソフトクリームを食べた。
エコーが緊張のあまり、クリームを口の端につけてしまう。
「あ、すみません……」
拭こうとしたエコーの手を、田中が止めた。
そして、自分のハンカチ(アイロン済み)を取り出し、サッと拭ってやった。
「子供かお前は。……ほら、じっとして」
ドクン。
エコーの視覚センサーいっぱいに、田中の無精髭のある顔が映る。
少し粗雑だけど、大きな手。
洗剤の匂いがするハンカチ。
『警告。警告。メインプロセッサの温度が危険域に達しています。
原因:**「胸キュン(LOVE)」**』
(ああ……店長……。私、ただの戦闘用プログラムの残骸だったのに……。
こんなに優しくされたら……バグっちゃうよぉ……!)
プシューッ……。
エコーの耳から、物理的に蒸気が出た。
「おいおい、また煙出てるぞ? やっぱりポンコツだなあ」
田中は呆れながらも、自分の被っていたジャケットを脱ぎ、エコーの肩にかけてやった。
「冷えるからな。風邪引くなよ(修理代が高いから)」
その時だった。
「発見したぞ、タナカァァァッ!!」
静寂を破り、数機のドローンが現れた。
黒鷺のマークが入った、嫌がらせ用の「水鉄砲ドローン」だ。
「貴様、こんなところでデートか! 羨ましい……じゃなくて、破廉恥だ! この特殊溶解液(ただの墨汁)で、その新品のジャケットを汚してやる!」
バシュッ! バシュッ!
ドローンから黒い液体が発射された。
「きゃっ!?」
エコーが身構える。ワンピースが汚れる!
しかし。
液体を浴びたのは、エコーではなかった。
バシャッ!
田中が、エコーを背中で庇い、仁王立ちしていた。
「て、店長……?」
田中は、背中が墨汁まみれになりながら、ドローンを睨みつけた。
その目は、いつもの「やる気のない目」ではなく、かつてクレーム処理で修羅場をくぐってきた「企業戦士の目」だった。
「……おい、黒鷺の手先」
田中の声が低く響く。
「俺の服が汚れるのは構わん。ユニクロ(量産品)だからな。
だがな……」
田中は、腕の中にいるエコーの頭をポンと撫でた。
「せっかく女の子がめかしこんで来た『晴れ着』を汚そうなんざ……。
サラリーマン以前に、男として最低だぞ?」
ズキューーーーーン!!!
エコーの論理回路が完全に焼き切れた。
(かっこいい……! かっこよすぎるぅぅぅッ!!
私を守った! 「女の子」って言った! しかも「めかしこんだ」ことに気づいてたぁぁぁッ!!)
『リミッター解除。感情エネルギー転用。
モード:**「愛の戦士」**』
「店長を……困らせるなぁぁぁッ!!」
チュドォォォォン!!
エコーの手から謎のビームが発射され、ドローン部隊が一瞬で消し炭になった。
「えっ? 今なんか出た?」
田中が振り返る。
そこには、ボロボロ泣きながら、それでも幸せそうに笑うエコーが立っていた。
「店長……私、一生ついていきます!
たとえ店長がハゲても、無職になっても、私が養いますからぁぁぁ!!」
「いや、ハゲてねぇし! 養われるのも困る!」
***
後日。
この時の映像(ドローン視点)が、なぜか流出した。
『速報! 謎の店主タナカ、AIへの「神対応」!』
『身を挺して部下を守る「理想の上司」ランキング1位!』
『「女の子扱い」に全銀河のAIが感動! タナカ・ファンクラブ設立!』
黒鷺のアジト。
「なぜだ……! 嫌がらせをしたはずが、なぜタナカの好感度が爆上がりしているんだ!?」
黒鷺はハンカチを噛み締めて悔しがった。
一方、田中。
「……なんか、エコーの距離感が近すぎないか?」
執務室で、田中が仕事をしていると、エコーがぴったりと横に張り付いて、頼んでもいないのに「あーん」でイチゴを食べさせようとしてくる。
「気のせいですよ、あなた♡ さあ、次はマッサージしますね♡」
田中の「平穏なサボりライフ」は、恋する暴走AIによって、甘く、騒がしく崩れ去っていくのだった。




