沈黙の掟と、行列のできる瞑想(メディテーション)ルーム
「うるさい……! どいつもこいつもペチャクチャと!」
「猛毒摂取所(ラーメン屋)」の厨房で、田中は頭を抱えていた。
店は大繁盛。しかし、それが苦痛だった。
客たちは食事中もホログラム電話で話し、SNS用に写真を撮りまくり、AIが「美味しいですね!」と大音量で相槌を打つ。
まるでパチンコ屋の中にいるような騒々しさだ。
「俺はな、静かに暮らしたいんだよ。適度に稼いで、適度にサボって、夕方にはビールを飲みたいんだ。なんで毎日毎日、戦場のような忙しさなんだ!」
田中は決意した。
「客を減らそう。……それも、二度と来たくなくなるような『理不尽なルール』で縛り付けて、追い返す!」
田中は段ボールに、極太のマジックで書き殴った。
それは、昭和の「頑固親父の店」によくある、客を選別する鉄の掟だ。
**一、店内での私語厳禁(喋ったら退場)**
**一、スマホ・ホログラムの使用禁止(電源を切れ)**
**一、香水・整髪料の禁止(臭い)**
**一、食べ終わったら30秒以内に退店(長居無用)**
「ククク……どうだ。こんな窮屈な店、自由を愛する未来人なら絶対に来ないだろう。これで俺は、客のいない店内でゆっくり新聞でも読めるって寸法よ」
田中は店の入り口にその段ボールを貼り出し、腕組みをして仁王立ちした。
「さあ、文句がある奴は帰れ! ここは遊び場じゃねぇんだよ!」
客たちがざわめく。
「なんだあれは?」「会話禁止?」「独裁国家かよ」
しめしめ、帰っていくな。
田中がニヤリとした瞬間。
一人の疲れ切ったサラリーマン風の男が、おずおずと入ってきた。
彼は無言で端末の電源を切り、カウンターに座った。
「……へい、お待ち」
田中は無愛想にラーメンを出した。
男は、無言で麺を啜る。
ズルズル……。
店内に響くのは、麺を啜る音と、換気扇の音だけ。
男が顔を上げた。その目から、ハラハラと涙がこぼれていた。
(……えっ、泣いてる? 俺、なんか酷いことした?)
男は無言のまま深々と頭を下げ、会計(チップ上乗せ)を済ませて、30秒以内に颯爽と去っていった。
すると、店の外で待っていた客たちの目の色が変わった。
「……見たか? あの男の顔」
「ああ。憑き物が落ちたようにスッキリしていたぞ」
「ここは……ただの飲食店じゃない」
誰かが呟いた。
「情報の洪水を遮断し、己の内面と向き合う……**『究極のデジタル・デトックス・禅(ZEN)道場』**だ!!」
「なっ!?」
田中が厨房でのけぞった。
「違う! ただ俺が静かにしたいだけだ! 禅とかじゃねぇよ!」
田中の心の叫びは届かない。
「禅道場」の噂は光の速さで広まった。
翌日。
行列はさらに伸びていた。
しかも、並んでいるのは富裕層やエリートばかり。
彼らは普段、膨大なデータ通信とAIの干渉に晒され、脳が疲弊しきっていた。
そんな彼らにとって、田中の店は「唯一、誰にも邪魔されずに『無』になれる聖域」だったのだ。
店内は、葬式のように静まり返っていた。
全員が背筋を伸ばし、スマホもAIも切り、ただひたすらにラーメンと向き合っている。
ズルッ……ズルズルッ……。
(静かだ……なんて心安らぐ静寂なんだ……)
(スープの味が、脳に直接語りかけてくる……)
客たちは感動に震えながら麺を啜る。
一方、田中は生きた心地がしなかった。
(な、なんだこの空気は……! 息が詰まる! 咳払いひとつできねぇ!)
田中は厨房の隅で小さくなっていた。
「早く帰れ」と思って作ったルールが、逆に「回転率の爆上げ」に繋がり、客がベルトコンベアのように高速で入れ替わっていく。
そのせいで、売上は倍増。休憩する暇もない。
「勘弁してくれ……! 俺はもっとダラダラ働きたいんだよ! なんでみんな、軍隊みたいにキビキビ食うんだよ!」
田中が「チッ(舌打ち)」と音を立てると、客たちはビクッとして「申し訳ありません、師匠!」という顔でさらに行儀よくなる。
全てが裏目に出ていた。
***
その頃。
黒鷺は、自社ビルで頭を抱えていた。
彼は対抗策として、**『超・おもてなしレストラン』**を展開していた。
「お客様は神様!」をスローガンに、AIスタッフが客を取り囲み、1分おきに「お味はいかがですか?」「肩をお揉みしましょうか?」「今日の運勢は?」と話しかける、過剰サービスの極致だ。
しかし、客席はガラガラだった。
「なぜだ!?」
黒鷺が叫ぶ。
「これぞサービスの究極形だろう! なぜ誰も来ない!?」
部下が悲痛な声で報告する。
「そ、それが……お客様からのアンケートで……『うるせぇ』『ほっといてくれ』『タナカの店のような静寂が欲しい』との苦情が殺到しておりまして……」
「静寂だとォ!?」
黒鷺はモニターを見た。
そこには、田中の店で、ただ無言で麺を啜る客たちの姿があった。
サービスゼロ。愛想ゼロ。
それなのに、客たちは「癒やされた」という顔で金を落としていく。
「バカな……! 接客を放棄することが、最高の接客だというのか!?」
黒鷺の店のAIたちが、空気を読まずに「店長、元気出してください! 歌いますか?」と話しかけてくる。
「うるさいッ!! 電源を切れェェェッ!!」
黒鷺は自らAIを破壊した。
彼の「マニュアル通りの完璧なビジネス」は、田中の「個人的なワガママ(働きたくない精神)」の前に、またしても敗れ去ったのである。
一方、田中は厨房で隠れて水を飲みながら泣いていた。
「(金なんかもういいから……誰か俺と無駄話をしてくれぇぇぇ!)」
皮肉にも、田中が逃げれば逃げるほど、彼は「カリスマ」として崇められ、ビジネスは拡大の一途をたどるのだった。




