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猛毒の烙印と、決死のサクラ作戦

「警告。警告。この区域は、深刻なバイオハザードにより封鎖されています」


記念すべき「屋台ラーメン・タナカ」の開店日。

店の前には、行列ではなく、黄色い規制線(KEEP OUT)が張り巡らされ、全身防護服に身を包んだ「危険物処理班」のドローンが飛び交っていた。


「……どういうことだ」

田中は、店のシャッターを少しだけ開けて、外の惨状を睨みつけた。


「店長、これを見て」

エコーが真っ青な顔でニュース画面を見せる。


『緊急報道。コロニー内の違法飲食店で、致死性の高い化学物質が大量に使用されていることが判明しました』


画面には、田中の店のロゴと共に、おどろおどろしいテロップが流れている。


『その物質名は……**「一酸化二水素(DHMO)」**』

『吸引すると窒息死の恐れがあり、重度の火傷の原因にもなり、酸性雨の主成分でもあります!』

『さらに、**「塩化ナトリウム」**という結晶体も検出! これを摂取し続けると、血管が破裂して死に至ります!』


「……水と、塩じゃねーか!!」

田中は厨房の壁を蹴り飛ばした。


「典型的な『DHMOジョーク』だ! 水を化学名で呼んで恐怖を煽る、20世紀の古典的なネガティブ・キャンペーンだぞ!」


「でも店長、未来の人たちは化学式なんて知らないわ! みんなパニックになってる!」


外を見ると、市民たちが「キャー! DHMOですって!」「空気が汚染される!」と口元を押さえて逃げ惑っている。

黒鷺め。

ネズミ講を潰された腹いせに、今度はメディアを操作して、俺のラーメンを「産業廃棄物」扱いしやがったな。


「……参ったな。弁解しようにも、誰も聞いてくれないぞ」


「どうしますか、アニキ。……いや、タナカさん」


店の裏口から、海賊船長たちがコソコソと入ってきた。

彼らはネズミ講から足を洗い、今日は「開店祝いのバイト」として雇われていたのだ。

「このままじゃ、店を開ける前に強制撤去ですよ」


「……いや」


田中は、逃げ惑う市民たちの背中を見つめた。

彼らは怯えている。だが同時に、何度も振り返って店を見ている。

「怖いもの見たさ」。

安全すぎるこの世界で、彼らは無意識に「致死性の刺激」に惹かれているのだ。


「……逆手さかてに取るぞ」


田中はニヤリと笑った。

「誤解を解く必要はない。……この店は、今日から『ラーメン屋』じゃない」


田中はペンキ缶を取り出し、看板の『中華そば』の文字を塗りつぶした。

そして、赤字で殴り書きした。


**【猛毒摂取所ポイズン・ステーション】**

**【死ぬ覚悟のある奴だけが入ってこい】**


「なっ!? アニキ、正気ですか!?」

「いいからお前ら、仕事だ!」


田中は海賊たちに指示を飛ばした。

「お前らの役割は『サクラ』だ! 今から全員で、店の前でラーメンを食え!」


「えっ、ここで!?」

「ああ。ただし普通に食うな! 『毒を食らって悶絶する』ようなリアクションをしつつ……『それでも食わずにはいられない中毒性』を演出しろ!」


「……難易度高いな!」


数分後。

シャッターが全開になった。


「いらっしゃいませぇぇぇッ!! 地獄へようこそォォォッ!!」


田中の怒号と共に、店頭に長机が並べられた。

そこには、湯気を立てる真っ黒なスープ(焦がしニンニク増量)のラーメンがズラリ。


「うおおおおッ! 俺は食うぞ! 命を捨てて食うぞ!」


海賊船長(サクラ1号)が、悲壮な覚悟で叫んだ。

遠巻きに見ている市民たちが息を呑む。

「あいつ、死ぬ気か!?」「DHMOスープを直接口に!?」


ズズズッ……!!

船長が麺を勢いよく啜り込む。


「ぐあああああッ!!!」


船長が絶叫した。

「あ、熱い! 熱いぞ! 食道が焼けるようだ! これが……これが一酸化二水素(熱湯)の威力かァァァッ!!」


「ヒィッ! 苦しんでる!」

市民が悲鳴を上げる。


「だが……ッ! 止まらないッ! 身体が……身体が毒(塩分)を求めているッ!」


船長は滝のような汗を流しながら、獣のように麺を貪り食う。

隣の部下たちも同様だ。

「グフェェッ! うめぇ!」「毒が五臓六腑に染み渡るぅぅ!」とのたうち回りながら完食していく。


ドンッ!

船長が空の丼をテーブルに叩きつけた。


「……ハァ、ハァ……。い、生き残った……!」


船長は立ち上がった。

その顔は、脂汗でテカテカに輝き、血行が良くなってバラ色になっている。

死ぬどころか、食べる前より明らかに元気になっていた。


「……生きている?」

遠くで見ていた若者の一人が呟いた。

「あんなに危険な毒物を摂取したのに……むしろ、生命力が溢れている?」


「おい見ろよ、あの恍惚とした表情……」

「合法ドラッグか? いや、それ以上の『背徳感』があるぞ……」


安全に飼い慣らされた未来の若者たちにとって、「命がけの食事」というパフォーマンスは、何よりも魅力的なエンターテインメントだった。


「……あ、あの」


一人の少年が、恐る恐る規制線を越えて近づいてきた。

「ぼ、僕も……その『猛毒』、試せますか? 生きて帰れる保証はないんですよね?」


田中は、おたまでスープをかき混ぜながら、不敵に笑った。


「ああ、保証はしない。塩分過多で喉が渇くし、ニンニク臭で明日までキスはできなくなるぞ。……それでもいいなら、座りな」


「……クールだ」

少年は震えながら席についた。


それを見て、他の市民たちも雪崩を打って押し寄せた。

「私にも毒をくれ!」「俺は『死の辛さ(激辛)』に挑戦する!」


行列は瞬く間に伸び、規制線は意味をなさなくなった。

メディアのドローンが慌てて報道を変える。

『訂正! これは毒ではありません! ……い、いや、ある意味毒です! 若者たちが次々と中毒症状おかわりを訴えています!』


厨房の中で、田中はエコーとハイタッチを交わした。


「見たか黒鷺!

お前は『安全』を盾に俺を潰そうとしたが……残念だったな!

人間ってのはな、『禁止されたこと』ほどやりたくなる生き物なんだよ!」


こうして、「屋台ラーメン・タナカ」は、開店初日にして「銀河で最も危険で、最もクールな店」としての地位を確立したのである。

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