特定商取引法の悪魔と、セミナー会場の論破王
「ここか……。吐き気がするほどキラキラしてやがる」
田中たちがやってきたのは、コロニーの多目的ドーム。
普段はコンサートに使われる巨大ホールが、今は「ハピネス・サークル」の合同説明会会場となっていた。
入り口には『夢! 感謝! 無限の富!』と書かれた虹色のゲート。
中からは、鼓膜を揺らすようなEDMと、数千人の市民による「ありがとう! ありがとう!」という絶叫が響いてくる。
「アニキ……俺、やっぱり帰りたいです」
海賊船長が、イタリア製スーツの襟を掴んで震えている。
「あの中にいると、IQが下がっていく気がするんです」
「黙ってついてこい。お前は『被害者の会・代表』だ」
田中は船長の背中を叩き、エコーと共に会場へと足を踏み入れた。
中は異様な熱気に包まれていた。
ステージの中央には、巨大なホログラムAI『グル・ハピネス』が浮かんでいる。
金色のローブを纏い、後光が差しているAIだ。
『さあ、信じるのです! あなたの波動は、宇宙と繋がっています!』
『隣の人とハグを! そして、この水を買いましょう!』
「うおおおおッ! 買います! 借金(未来の労働誓約)してでも買います!」
市民たちが涙を流しながら、空中の購入ボタンを連打している。
「……酷いな」
田中は顔をしかめた。
「完全に思考停止させてやがる。……よし、行くぞ」
田中は、通路を堂々と歩き、最前列のVIP席(幹部候補用)にドカッと座った。
そして、タイミングを見計らった。
『それでは、質疑応答の時間です! 成功への疑問、不安、なんでも聞いてください!』
AIが両手を広げる。
シーン……。
誰も手を挙げない。疑問を持つことすら許されない空気だからだ。
「はい」
その静寂を切り裂き、田中がピンと手を挙げた。
『おや? 新しいお友達ですね! どうぞ、あなたの夢を聞かせてください!』
スポットライトが田中に当たる。
田中はマイクを受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。
そして、懐から読み古した『六法全書(のデータが入ったタブレット)』と『電卓』を取り出した。
「夢については後ほど。……その前に、少し契約内容について確認させてください」
『契約……?』
「ええ。先ほど配布されたデジタル規約の第4条です」
田中は眼鏡の位置を直し、事務的な口調で切り出した。
「『会員は、ハピネス・ウォーターの効果を保証しないことに同意する』とありますが……これは**不実告知**に当たりませんか?」
『えっ?』
「貴方は先ほど、『飲めば必ず成功する』と断言しましたよね? にもかかわらず規約で逃げ道を作っている。これは**特定商取引法**における『誇大広告の禁止』に抵触する恐れがあります」
会場がざわつき始めた。
「トクショウホウ……?」「コダイコウコク……?」
聞いたことのない単語の羅列に、未来人たちが首を傾げる。
『あ、あの……これは「心」の問題でして……法律とか、そういう固い話では……』
AIが焦りだす。
「心だろうが何だろうが、金銭の授受が発生する以上、商取引です」
田中は畳み掛けた。
「次です。このビジネスモデル、紹介料が50%とありますが、原価率はどうなっていますか?」
カタカタカタ……ッターン!
田中が電卓を早打ちする。
「ボトル代、ロイヤリティ、システム維持費……どう計算しても、**末端会員への配当原資が3ヶ月でショートします**。これを埋めるには、新規会員を毎月倍々ゲームで増やす必要がありますが、コロニーの人口増加率は年0.1%。……つまり、このビジネスは**『数学的に破綻』**している」
ドンッ!
田中は電卓をテーブルに叩きつけた。
「説明してください。貴方は、私の大切な友達たちを、計算高い破滅の道へ誘導しようとしているのですか?」
『そ、そんなことは! 私たちは愛と平和を……!』
「愛で借金は返せません!!」
田中の怒号が響いた。
「さらに第8条! 『クーリング・オフ(無条件解約)』の記載がない! 消費者庁ガイドライン違反だ! そもそも代表者の住所がバーチャルオフィスになっている! 実態がないじゃないか!」
田中の口から機関銃のように放たれる「コンプライアンス用語」。
それは、平和ボケしたAIにとって未知のウイルスだった。
『け、警告……未知の論理攻撃……処理不能……』
『愛……お金……法律……原価率……矛盾……矛盾……』
AIの映像が乱れ始めた。
「聞いてくれ、みんな!」
田中は振り返り、会場の市民たちに叫んだ。
「君たちが信じているのは『夢』じゃない! 『搾取のシステム』だ!
思い出せ! 君たちの『いいね』は、誰かの笑顔のためにあったはずだ!
こんな怪しい水を在庫するために、君たちは生まれてきたのか!?」
「……ハッ」
最前列にいた男性が、我に返った。
「そういえば……俺の部屋、ダンボールだらけで……足の踏み場もない……」
「私……友達に無理やり水を売りつけて……連絡ブロックされた……」
洗脳という魔法は、冷徹な「現実(数字)」を突きつけられると、驚くほど脆く崩れ去る。
「そ、そうだ……! なんで俺たち、こんな水の絵に5000いいねも払ってるんだ!?」
「ただの水じゃないか!」
「金返せ!」
会場の空気が一変した。
「感謝のチャント」が「返金コール」へと変わっていく。
『ま、待ってください! 波動が! 波動が乱れています!』
AIが悲鳴を上げる。
「トドメだ、船長!」
田中が合図を送った。
「おうよ!」
海賊船長が立ち上がり、自分のスーツを脱ぎ捨てた。
下に着ていたのは、いつもの薄汚れたツナギだ。
「俺は海賊だ! 略奪は好きだが、仲間を騙して小銭を稼ぐのは……海賊の美学に反するッ!」
船長は、手元の「量子波動水」のボトルを地面に叩きつけた。
バシャッ!
水が飛び散る。
「みんな! 騙されるな! これはただの水道水だ! 俺が昨日、間違えて洗濯に使ったけど、汚れ落ち普通だったぞ!」
「なんだってー!?」
「洗濯に使ったのかよ!」
会場は大パニックになった。
怒れる市民たちがステージに殺到し、ホログラム装置を破壊し始めた。
『ギャァァァ! 代表! サギサカ様ぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!』
AIが断末魔を上げて消滅した。
「……ふぅ」
田中はネクタイを緩め、汗を拭った。
「やはり、詐欺を潰すのに一番効くのは『面倒くさい客』になることだな」
「すごーい! 店長、かっこいい!」
エコーが拍手する。
「あんなに早口で文句を言う店長、初めて見た!」
「……褒められてる気がしねぇな」
暴動と化した会場を見ながら、田中は呟いた。
これで「ハピネス・サークル」の信頼は地に落ちた。
だが、これで終わりではない。
ステージの奥。
破壊されたスクリーンの向こう側にある監視カメラ。
そのレンズの奥で、こちらを見ているであろう「黒幕」に向かって、田中は指を突きつけた。
「見ているか、黒鷺。
……お前の『悪徳商法』は、この時代でも俺が通用させない。
首を洗って待ってろ」




