眠れる獅子ならぬ、眠れる詐欺師
「……なるほどな。よく分かった」
ペントハウスのリビング。
田中は、ルミナや船長から聞いた「この世界の常識」を噛み締めていた。
通貨は「感謝」。
犯罪は「お節介」。
人々は性善説で動き、AIが全てを管理する安全地帯。
「ここは天国だ。……だが、同時に『巨大な隙』だらけだ」
田中は窓の外、平和ボケした銀河の夜景を見下ろして呟いた。
「ここの連中は『悪意』を知らない。人を疑うことを知らない。契約書の裏の小さい文字も読まないし、『うまい話』には裏があるとも思わない」
田中は、自分の手のひらを見つめた。
営業マンとして、泥水をすすりながら培ってきたスキル。
「心理誘導」「謝罪という名の責任転嫁」「笑顔の裏の計算」。
それらは、この世界ではスーパーパワーになり得る。
「俺がその気になれば、この船の全権限を奪うことだって簡単だろうな」
「て、店長……? 悪い顔になってるよ?」
エコーが不安げに覗き込む。
「安心しろ、やらないさ。俺はただのサラリーマンだ。ルールの中で戦うのが信条だ」
田中は苦笑してネクタイを緩めた。
「ただ……もしも、『ルール無用』で『人の心』を操るプロが、この時代にいたら……この世界は一瞬で食い尽くされるだろうな」
田中のその予言は、恐ろしいことに、船の最深部ですでに現実になろうとしていた。
***
場所は変わり、コロニー船の最下層。
「廃棄区画」よりもさらに深く、地図にも載っていない「封印区画」。
そこには、旧文明の遺物を保管する冷凍倉庫があった。
何千もの冷凍カプセルが並ぶ中、ひときわ厳重な鎖で巻かれた、黒いカプセルが一つ。
『警告。警告。』
『システム再起動。……外部エネルギー(バイオ味噌による船全体の活性化)の影響により、封印システムの電圧が低下』
プシューッ……。
カプセルの霜が解け、赤いランプが点滅を始めた。
『解凍シーケンス、開始』
『対象者:ID不明。21世紀末期の最重要指名手配犯』
『罪状:国家規模のマルチ商法、霊感商法、および電子計算機使用詐欺の首謀者』
ガゴンッ!
重い金属音が響き、ハッチが開いた。
冷気の中から、ゆっくりと身を起こす人影があった。
仕立ての良い(しかし古臭い)ダブルのスーツ。
ギラギラと光る金の腕時計。
そして、整えられたオールバックの髪。
男は、深く息を吸い込んだ。
「……ふぅ。……空気の味が違うな」
男は、カプセルの横にあった端末を、慣れた手つき(というよりハッキング)で操作した。
画面に流れる、現在の銀河帝国の情報。
「いいね!」経済。平和。性善説。
男の口角が、三日月のように吊り上がった。
「クク……ハハハ……!」
哄笑が、暗い倉庫に響き渡る。
「金がない? 感謝が通貨? ……最高じゃないか」
男は立ち上がり、埃を払った。
その目は、海賊のような「単純な暴力」ではなく、もっと粘着質で、底知れぬ「欲望」に満ちていた。
「人を疑わないカモが、何億人もいる牧場……。ここは俺にとっての『約束の地』だ」
男は、懐から一枚のコイン(旧時代の500円玉)を取り出し、指で弾いた。
チンッ。
「さて、まずは手始めに……この船の『権利』でも騙し取ってみるか」
男――**伝説の詐欺師・黒鷺**は、静かに歩き出した。
その背中は、田中と似ているようで、決定的に違う「悪のオーラ」を放っていた。
平和ボケした未来世界に、
「真面目な社畜(田中)」と、
「邪悪な詐欺師(黒鷺)」。
二人の「過去の遺物」が揃ってしまった。
それは、この船を……いや、銀河帝国全体を揺るがす、新たな「企業戦争」の幕開けだった。




