「いいね!」と、牙を抜かれた海賊たち
「よし、昨日の『舞踏会ジャック』は大成功だった」
翌朝。
ペントハウスのリビングで、田中はダンボール製のホワイトボードを叩いていた。
目は充血しているが、アドレナリンが出ているので元気だ。
「この勢いに乗じて、我々『株式会社タナカ(仮)』の事業を一気に拡大する。シリウス皇子とのコネもできた。次は『バイオ味噌』と『レモンサワー』の独占販売権を確立し、市場シェアを奪取するぞ」
田中はペンを回しながら、ルミナと船長に向き直った。
「そこで質問だ。……この世界の『通貨』はどうなってる? 昨日の売上(感謝)をどうやって『現金』化する? レートは? 為替は?」
「……ゲンキン?」
ルミナがキョトンとして首を傾げた。
「タナカよ、何を言っておるのじゃ? 『カネ』とはなんだ?」
「え?」
田中が固まる。
「店長」
エコーがタブレットを操作しながら補足した。
「この時代に、物理的な『通貨』は存在しないわ。生活に必要な衣食住、エネルギー、医療……すべてはグランド・エンパス(基幹AI)が、市民全員に無料で最適配給しているもの」
「……は?」
田中は口をあんぐりと開けた。
「無料で……配給? じゃあ、働かなくても食っていけるのか?」
「当然じゃ」
ルミナが頷く。
「労働は『義務』ではない。『趣味』じゃ。人間がやるべきことは、AIにはできない『創造的な活動』をして、他者と繋がり、人生を豊かにすることのみ」
「な……なんという……」
田中は膝から崩れ落ちた。
「なんて『ぬるい』世界だ……! 生活残業も、ローンの返済も、老後の不安もないだと!? それでどうやって『ハングリー精神』を維持するんだ!」
「ですから、みんな『飢えて』いるんですよ」
船長が、プロテイン入りの健康ドリンクを飲みながら言った。
「物質的な不安がない代わりに、みんな『承認』に飢えているんです。……この世界の経済圏は、**『感謝スコア(通称:いいね!)』**で回っています」
「いいね……だと?」
「ええ。他人に親切にしたり、面白い芸を見せたりすると、相手から『いいね!』が送られます。そのスコアが高いほど、『徳の高い市民』として尊敬され、優先的に良い席に座れたり、レアなアバターが貰えたりします」
「バカな……」
田中は頭を抱えた。
「給料が『やりがい(いいね)』で支払われるだと!? ……これじゃあ、全人類が『SNS中毒の承認欲求モンスター』じゃないか! ブラック企業よりタチが悪いぞ!」
田中は、このユートピアの裏にある「虚無」を垣間見た気がした。
生きるか死ぬかの瀬戸際がない。あるのは、ふわふわとした「人気取り」のゲームだけ。
「待てよ……」
田中はふと、海賊船長を見た。
「じゃあ、お前ら海賊は何を奪ってるんだ? 金がないなら、財宝もないだろう?」
「ええ、そうですとも」
船長はニヤリと笑った。
「我々『スペース・パイレーツ』は、銀河で最も恐れられている無法者……。我々の生業は、**『押し売り善意』**です!」
「……はい?」
「我々は、ターゲットの宇宙船を捕捉すると、強制的にドッキングします! そして乗り込み……」
船長はドヤ顔で続けた。
「散らかった部屋を勝手に掃除し!
壊れた配管を勝手に修理し!
肩が凝っている乗員を無理やりマッサージして!
……去り際に『感謝の言葉』を強要するのです!」
「……」
田中は絶句した。
「もし相手が『ありがとう』と言わなければ? ……フフフ、その時は、相手の船のレビューサイトに『星1つ』をつけてやりますよ。『この船のオーナーは礼儀知らずだ』とね!」
「……ちっさ」
田中は本音を漏らした。
「なんだそれ。ただの『お節介な家政婦』じゃねーか。犯罪ですらないぞ」
「失敬な! これでも『迷惑防止条例(過干渉の罪)』で指名手配されてるんですよ!」
船長は誇らしげに手配書(ただの注意喚起ポスター)を見せた。
罪状:『頼まれてもいないのに窓を拭いた罪』。
「ハァ……」
田中は深い深いため息をついた。
ホワイトすぎる。
この世界は、あまりにも清潔で、安全で、そして退屈だ。
「法律もひどいもんじゃぞ」
ルミナが付け加えた。
「わらわも一度、『門限を3分破った』罪で、AIから『反省文』を3行書かされたことがある。……あれは屈辱じゃった」
「3行……」
田中は遠い目をした。
(俺の世界じゃ、始末書は手書きで50枚だったな……)
田中は立ち上がり、窓の外に広がる美しい銀河を見下ろした。
争いもなく、飢えもない。
誰もが笑顔で「いいね!」を送り合う、完璧な世界。
「……つまらん」
田中はボソリと言った。
「こんな張り合いのない世界で、俺は何を武器に戦えばいいんだ? 『命がけの土下座』も、『胃に穴が空く接待』も、ここではただの『大道芸』扱いじゃないか」
「店長……」
エコーが心配そうに田中の背中を見つめていた。




