戦慄のカラオケと、魂の再生
「まだだ! まだ終わらんぞタナカ!」
ラーメンの汁を飲み干し、レモンサワーで赤くなったシリウス皇子が、テーブルに仁王立ちして叫んだ。
「私はまだ帰りたくない! ……もっとこう、胸の奥にあるドロドロしたものを吐き出したいのだ!」
「なるほど、二次会をご所望ですね」
田中は手際よくテーブルを片付けながら頷いた。
「では、場所を変えましょう。……この会場の音響設備をジャックして、特設『カラオケ・ボックス』を開店します」
「カラオケ? なんだそれは。古代の拷問器具か?」
「似たようなものです。……『魂の叫び』をマイクに乗せて、他人に強制的に聞かせる儀式ですから」
田中は船のメインシステムに、自前のスマホを接続した。
そこに入っているのは、彼が愛した「昭和・平成のヒットソング」のデータだ。
「いいですか、この時代の音楽はAIが作った『数学的に完璧な和音』しかありません。ですが、これから流すのは『人間の、人間による、人間のための歌』です」
田中はマイク(演説用の拡声器を調整したもの)をシリウスに渡した。
「さあ皇子。まずは一曲、ストレス発散にどうぞ」
「よかろう! 帝王学で鍛えた発声法を見せてやる!」
シリウスがマイクを握りしめる。
流れてきたのは、激しいビートの曲(AIが即興で作ったデスメタル風の伴奏)。
『ウオオオオオオオッ!!! 父上のバカヤロォォォォッ!!!』
『予算が足りないんだよォォォッ!! 承認欲求を満たせェェェッ!!!』
ギュイィィィィン!!(ハウリング音)
「ぐはぁっ!?」
「鼓膜が……!」
会場の貴族たちが耳を押さえてのたうち回った。
皇子の歌は、音程もリズムも滅茶苦茶な、ただの「絶叫」だった。だが、その破壊力だけは凄まじい。
『判定:SSランク(破壊規模)』
AIが謎の高得点を叩き出す。
「ハァ、ハァ……! どうだ! スッキリしたぞ!」
シリウスは満足げに肩で息をした。
「これがカラオケか……。音波兵器によるストレス解消とは、野蛮だが効果的だ」
「……あー、まあ、ある意味正解です」
田中は苦笑いしながら、耳栓を外した。
「ですが皇子、カラオケにはもう一つの側面があるのです。……『聴かせる』という側面が」
田中は、部屋の隅で待機していたエコーを手招きした。
彼女は、リクルートスーツ姿で少し緊張している。
「エコー。……準備はいいか?」
「……うん。店長に教えてもらった『あのデータ』、インストール済みよ」
「よし。見せてやれ。……AIには作れない、『不完全な歌』の凄さを」
田中が再生ボタンを押した。
流れてきたのは、ピアノ一本の、静かで物悲しいイントロだった。
それは、現代の複雑怪奇な電子音とは違う、シンプルで、どこか懐かしい旋律。
エコーがマイクを両手で包み込む。
彼女の喉元のチョーカーが、青く、優しく明滅を始めた。
『……♪』
歌い出し。
その瞬間、ざわついていた会場が水を打ったように静まり返った。
エコーの歌声。
それは、かつて彼女が兵器として放っていた「破壊の歌」ではなかった。
音程は、AIのように完璧ではない。
微妙に揺らぎ、震え、時に掠れる。
だが、その「掠れ」の中に、膨大な感情情報が圧縮されていた。
悲しみ。喜び。孤独。愛。
人間が泥臭く生き、悩み、それでも明日を信じて歩いていく……そんな「魂の叫び」が、歌詞に乗って空間を満たしていく。
『……見上げてごらん……夜の星を……』
「……な、なんだ……?」
シリウス皇子が、呆然と立ち尽くした。
AIグラスが、エラーを吐き出し続けている。
『警告。警告。音声波形に多数の「ノイズ(ゆらぎ)」を検知。
……しかし、解析不能。このノイズは……「心地よい」?
定義矛盾。不完全なのに、美しい……?』
「……おかしい」
ムキムキの海賊船長が、サングラスを外した。
「俺は……完璧な音楽しか聴いたことがないはずだ。なのに、なぜだ……胸が、締め付けられる……」
彼の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……あたたかい」
美女化したルミナ皇女も、涙を拭おうともせず聞き入っていた。
「ママの子守唄よりも……もっと深く、心臓を直接撫でられているような……」
会場のあちこちですすり泣く声が聞こえ始めた。
この時代の人々は、AIが作った「感情を操作するための最適な周波数」には慣れている。
だが、人間の情念がこもった「生の歌」には免疫がなかった。
「コブシ」や「ビブラート」、そして歌詞に込められた「切なさ」が、彼らの乾いた魂に染み渡っていく。
エコーは歌い続けた。
店長(田中)への感謝。
自分を受け入れてくれた喜び。
そして、この世界で生きていく決意。
それら全てを、借り物の「古い歌」に乗せて。
最後のフレーズが消え入り、静寂が訪れた。
シーン……。
誰も拍手すらできなかった。
ただ、全員がボロボロと泣いていた。
「……うぅッ……うぅぅッ……!」
一番激しく泣いていたのは、シリウス皇子だった。
彼はテーブルに突っ伏し、子供のように号泣していた。
「分かった……分かったぞタナカ……!」
シリウスはしゃくりあげながら言った。
「我々の文明は……何か大事なものを置いてきてしまったのだな……。効率化の中で、この『不便な痛み(エモさ)』を切り捨ててしまった……!」
「皇子……」
「負けた……完敗だ……!」
シリウスは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「こんな歌を聴かされたら……もう、怒る気力など残っていない……」
彼は、近くにあった紙ナプキンをひっつかみ、懐からペンを取り出した。
「書くぞ! 書いてやる! ルミナの就職活動でも、味噌の独占販売権でも、なんでも承認してやる! だから……だからもう一曲、聴かせてくれぇぇぇ!!」
「……ありがとうございます、毎度あり」
田中は深々と頭を下げた。
その横で、エコーがはにかみながらVサインをする。
「それでは、リクエストにお応えして!」
田中は涙目の観衆に向かって叫んだ。
「二次会はまだまだ終わらない! 朝まで歌って泣いて、心をデトックスしましょう! ミュージック、スタート!」
こうして、銀河の歴史に残る「涙のカラオケ大会」は、夜明けまで続いた。
AIが支配する冷徹な未来世界に、かつて人間が持っていた「熱い血」が、再び通い始めた夜だった。




