名刺交換の死闘
帝国大舞踏会の会場、クリスタル・タワーのエントランス。
そこは、銀河中のVIPが集う、光と音の奔流だった。
きらびやかなドレス、反重力タキシード、宝石でできた身体を持つ貴族たち。
その華やかな列の中に、異様な集団がいた。
全身漆黒。無駄な装飾ゼロ。表情筋が死滅したかのような無表情。
田中率いる「リクルート・スーツ部隊」である。
「止まれ」
巨大な門の前に立ちはだかったのは、三つの首を持つ巨大AIロボット、守護神『ケルベロス・オメガ』だった。
『招待状の提示を。……持たざる者は、この場で原子分解する』
ケルベロスの目が赤く光る。
並んでいた貴族たちが「ヒィッ」と後ずさる中、田中は一歩前に出た。
「お疲れ様です。……お世話になっております」
田中は、流れるような動作で内ポケットに手を突っ込んだ。
武器か!?
ケルベロスがガチャンと機銃を構える。
だが、田中が取り出したのは、薄汚れた長方形の紙片だった。
船内のゴミ箱から拾ったボール紙に、手書きで『株式会社タナカ 代表取締役 田中ヒロシ』と書かれた、即席の名刺である。
「ご挨拶が遅れました。私、こういうモノです」
田中は、腰を45度に折り、両手で恭しくその紙片を差し出した。
その切っ先は、相手の胸より低く、しかし視線は相手のセンサーを射抜く。
日本サラリーマンの奥義**『名刺交換』**である。
『……解析中』
ケルベロスのセンサーが唸る。
『物体:セルロース(紙)。……希少な古代有機素材を使用。
形状:長方形。……これは、古の暗殺武器「カード・シュリケン」か?
動作:防御姿勢を取りつつ、相手の懐に飛び込む「捨て身の構え」……』
AIが混乱し始めた。
未来世界において「紙の名刺」など存在しない。
故にAIは、この未知の儀式を「高度な攻撃、あるいは最上級の外交プロトコル」と誤認したのだ。
『警告。貴様のデータは招待者リストにない。立ち去れ』
「まあまあ、そう仰らず」
田中は引かない。ここからが「テレアポ営業」で鍛えた粘りの見せ所だ。
「本日は、シリウス皇子に『極上のソリューション(宴会)』をご提案に参りました。アポ? ……アポという概念を超越した『緊急案件』でしてね」
田中は言葉のドッジボールを開始した。
「もし我々を通さず、本日の舞踏会が『盛り上がりに欠ける』結果に終わったら……その責任、貴方のスペックで処理しきれますか? サーバーが飛びますよ?」
『……リスク計算中。……責任問題……損害賠償……エラー』
「我々は『現場のプロ』です。リスクヘッジのために来たんです。さあ、これをお受け取りください!」
田中がさらに名刺を押し込む。
AIの三つの首が激しく議論を始めた。
『通すべきだ! リスク回避!』
『通すな! 規則違反!』
『でもあの黒い服……「特務機関」の制服に見えるぞ! 下手に断ると消されるかも!』
田中の背後で、SP役の海賊船長がサングラス越しに「ニヤリ」と笑った(ただ単に歯に挟まったスルメを取ろうとしただけ)。
『ヒィッ! 殺気!』
ケルベロスが怯んだ。
「今です! 畳み掛けるぞ!」
田中はここぞとばかりに、必殺のコンボを放った。
「さあ! 頂戴いたします! 頂戴いたします!」
(※相手の名刺がないのに、エア名刺交換をする狂気の儀式)
『解析不能! 解析不能! 論理回路がオーバーヒート!
この男……「お世話になっております」と言いながら、物理的接触なしにこちらの精神的ファイアウォールを突破してくる! これが伝説の……サイコ・ハッキングか!?』
プシューッ!!!
ケルベロスの頭部から煙が上がった。
田中の「営業トーク(意味のない言葉の羅列)」と「謎のマナー(圧)」に、AIの処理能力が限界を迎えたのだ。
「はぁ、はぁ……どうだ……!」
田中も汗だくだった。
ワイシャツの背中はびしょ濡れだ。だが、相手は確実に揺らいでいる。あと一押しだ。
「よし、トドメの『誠意(土下座の構え)』を……!」
田中が膝を曲げかけた、その時だった。
「……遅い」
田中の後ろで、貧乏ゆすりをしていた子供サイズのスーツ姿――ルミナ皇女が、溜息をついて前に出てきた。
「タナカよ。話が長いのじゃ。日が暮れるぞ」
「えっ、ルミナ様!? 今いいところなのに!」
「もうよい。どけ」
ルミナは、煙を吹いているケルベロスの目の前にスタスタと歩み寄った。
そして、無言でセンサーの前に顔を晒した。
ピピッ。
『……認証完了。
対象:第2皇女、ルミナ・スターライト様。
アクセス権限:レベル・インフィニティ(ロイヤル・ファミリー)。
……「実家への帰省」を確認』
ガコン、ガコン、ガコン。
重厚なゲートが、あっけなく左右に開いた。
『おかえりなさいませ、ルミナ様。……および、その随行員の皆様』
ケルベロスが急に平身低頭モードになり、道を開けた。
「……え?」
田中は名刺を構えたまま固まった。
「……え?」
「行くぞ、タナカ」
ルミナはスーツのポケットに手を突っ込み、悠々とゲートをくぐった。
「最初からこうすればよかったのじゃ。わらわは兄上に会いに来ただけじゃからな。顔パスに決まっておろう」
「……」
エコーが、固まっている田中の肩をポンと叩いた。
「……店長。ドンマイ」
「いや、違うんだエコー君……」
田中は震える手で名刺をしまった。
「これは……その……『露払い』だ! 俺がAIを混乱させてセキュリティ・ホールを作ったから、ルミナ様の認証がスムーズに通ったんだ! そういうことにしてくれ!」
「はいはい。流石です、社長」
エコーはクスクス笑いながら、田中の背中を押した。
「さあ、行こう。……私たちの『お仕事』の時間よ」
田中はネクタイを締め直し、気を取り直して叫んだ。
「よーし! 入場だ! 野郎ども、気合入れろ! これより『宴会芸』という名の戦争を開始する!」
一行は、呆気にとられるAIと貴族たちを尻目に、堂々とレッドカーペット(黒い靴で踏み荒らす)を歩いていった。
こうして、名刺交換の死闘(無駄な努力)を経て、ついに彼らは舞踏会の中心へと躍り出たのである。




