就活の聖衣と、没個性の逆襲
「なんじゃこれは……! 目がチカチカするぞ!」
決戦(舞踏会)に向けた衣装を調達するため、一行は船内最大のファッション・エリア「プリズム・アベニュー」に来ていた。
そこは、田中の理解を遥かに超えた「多様性の地獄」だった。
行き交う人々は、一人として同じ格好をしていない。
全身がLEDで発光しメッセージを流し続ける男。
生きた植物がドレスと融合し、歩くたびに花粉を撒き散らす女。
重力を無視して、服のパーツが身体の周りを衛星のように浮遊している子供。
「ここでは『個性』こそが通貨だ!」
とあるショップのホログラム店員が叫ぶ。
「貴方のアイデンティティを爆発させましょう! 他人と同じ? それは『死』も同然です!」
「……クソが」
田中は吐き捨てるように言った。
「なんだここは。俺みたいな『ファッションセンス・ゼロ』の人間にとっては、公開処刑場じゃないか」
「アニキ、どうします?」
海賊船長が、ド派手な「蛍光ピンクのボンテージ(トゲ付き)」を手に取ってウズウズしている。
「俺としては、このくらいパンクなやつで攻めたいんですが」
「却下だ」
田中は即答した。
「いいかお前ら。……この多様性MAXの世界において、最も恐ろしい『武器』とは何か教えてやる」
田中は、エリアの隅にある「廃棄繊維のリサイクル・マシン」へと一行を誘導した。
そして、マシンの操作パネルに、恐るべきデータを入力し始めた。
「タナカよ、何を作る気じゃ? もっと華やかな、金糸雀のようなドレスが良いのじゃが」
「甘いですね、ルミナ様」
田中は鼻で笑った。
「ファッションとは『戦争』です。センスのある奴が、ない奴を見下し、マウントを取るための戦場です。……だが! 唯一、その戦場において『センスの有無』を無効化できる、最強の戦闘服が存在する!」
田中は叫んだ。
「それは……**『リクルート・スーツ』**だ!!」
「リクルート……スーツ?」
エコーが首を傾げる。
「そうだ。かつて極東の戦士たちが纏った、伝説の聖衣だ!」
田中はデタラメな歴史を語り始めた。
「この服は、あえて『個性』を完全に殺すことで機能する。着る者のセンス、趣味、思想……それら全てのノイズを漆黒の布で覆い隠し、ただの『機能』へと変える!」
「こ、個性を殺す……?」
ルミナが息を呑む。
「そんな……この世界では『没個性』は最大の罪ぞ!?」
「逆だよ、ルミナ様。この『個性過多』な世界で、全員が派手な格好をしている中で……たった一集団だけ、**『全く同じ、地味な黒い服』**を着ていたらどう思う?」
「……不気味じゃ。何を考えているか分からぬ。まるで……感情のない『闇の組織』のようで……怖い」
「それが狙いだ!」
田中はマシンのエンターキーをッターン!と叩いた。
「これを『ニンジャ・スタイル』と言う! 周囲の風景(派手な多様性)に逆らい、あえて虚無(黒)を纏うことで、敵に底知れぬ恐怖を与えるのだ!」
ウィィィィン……!
リサイクル・マシンが唸りを上げ、ナノファイバーを編み込んでいく。
『警告。デザインの多様性が著しく欠如しています。……エラー。もっと色を足してください』
マシンが抵抗する。
「黙れ! 黒だ! 色コード#000000! 装飾なし! ボタンはプラスチックの安物! これが『美学』だ!」
数分後。
そこには、四着の「漆黒の戦闘服」が完成していた。
「……着替え完了」
更衣室から出てきた四人の姿に、プリズム・アベニューの空気が凍りついた。
先頭は、田中ヒロシ。
着慣れた安物のスーツ。ネクタイは地味な紺色。その姿は、あまりにも「普通」すぎて、逆に異質なオーラを放っている。
その右腕、海賊船長。
黒いスーツにサングラス。巨体にパツパツのジャケット。どう見ても「反社会的勢力の若頭」か「要人警護のSP」。威圧感が半端ではない。
その左腕、ルミナ皇女。
子供用サイズのリクルートスーツ。だが、その醸し出す雰囲気は「財閥一族の冷徹な跡取り娘」。可愛らしさが消え失せ、冷酷な経営者のような迫力がある。
そして、殿、エコー。
黒のタイトスカートに、白のブラウス。髪は後ろでまとめ、伊達メガネ(田中の私物)を装着。
「……これ、動きにくい」
彼女がスカートの裾を気にしながら恥じらう姿は、完璧な「美人秘書」そのものだった。
「……行くぞ」
田中が短く号令をかける。
「本日の業務は『舞踏会への殴り込み』だ。隊列を乱すな。足並みを揃えろ」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
四人が歩き出すと、奇跡が起きた。
派手なファッションに身を包んだ未来人たちが、悲鳴を上げて道を空けたのだ。
「ヒィィッ! なんだあいつらは!?」
「全身真っ黒だ! 何の装飾もない!」
「個性が……個性がない! まるで『集団幻覚』みたいだ!」
「『エージェント』だ! 政府の秘密警察だ! 目を合わせたら消されるぞ!」
多様性が飽和した世界において、「統率された没個性」は、未知の恐怖だった。
誰一人として田中のファッションセンスを笑う者はいない。
そこにあるのは、圧倒的な「組織力」への畏怖のみ。
「見ろ。これが『スーツ』の力だ」
田中はニヤリと笑った。
「センスなんていらない。俺たちは今、最強の『会社組織』になったんだ」
「す、すごい……」
ルミナが震える。
「わらわを見る目が……『崇拝』ではなく『恐怖』に変わっておる……。これが……『ニンジャ』の隠密効果か!」
「店長……」
エコーが田中の袖を摘んだ。
「……私、変じゃない? 地味すぎない?」
「バカ言え」
田中はメガネ越しの彼女の瞳を見て、親指を立てた。
「最高だ。……どこの商社に出しても恥ずかしくない、100点満点の『内定フェイス』だぞ」
「……褒め言葉に聞こえないけど、ドキドキする」
こうして、最強の味噌、最強の酒、そして最強の戦闘服を手に入れた「株式会社タナカ(仮)」の一行。
準備は全て整った。
「時間は?」
田中が腕時計(千円の安物)を見る。
「舞踏会開始まで、あと30分」
SP風の船長が答える。
「よし。……出勤するぞ!」
一行は、黒い塊となって、煌びやかな上層階へと進撃を開始した。
その足音は、来たるべき革命のカウントダウンのように、正確無比なリズムを刻んでいた。




