バイオ味噌の暴走と、禁断の毒薬
「できたぞ……。これが『究極の味噌汁・プロトタイプ』だ」
地下オフィス(兼・居酒屋タナカ)に、神々しい香りが充満していた。
田中が「バイオ味噌」を使って作った、具なしの味噌汁。
その湯気からは、生命の根源を揺さぶるような圧倒的なパワーが放出されている。
「ゴクリ……。なんと暴力的な香りじゃ」
ルミナ皇女が喉を鳴らす。
「では、毒見も兼ねて、まずは我々で試食といこう」
メンバーは、田中、ルミナ、エコー、そして海賊船長。
全員が震える手でお椀を持ち、一斉に口にした。
ズズズッ……。
静寂。
そして、数秒後。
カッッッ!!!!
全員の目が見開かれ、身体の内側から黄金のオーラが噴き出した。
「うおおおおおおッ!!!」
最初に変化したのは海賊船長だった。
「ち、力が……溢れてくるッ! 脳細胞が……活性化するッ!」
ビリビリビリッ!
彼の薄汚れたシャツが弾け飛ぶ。
貧相だった筋肉が風船のように膨張し、瞬く間にボディビルダーのような肉体へと変貌した。
さらに、その凶悪な顔つきが、スッと理知的な賢者の表情に変わる。
「……ふむ。アニキ。我々がこれまで行ってきた『略奪』という行為は、マクロ経済学的な富の再分配における非効率なアプローチだったかもしれませんね」
「誰だお前は!?」
田中がツッコミを入れる暇もなかった。
「あ、あつ……! 私も……身体が……!」
次はルミナ皇女だ。
彼女の小さな身体が光に包まれる。
バイオ味噌の超加速成長効果が、彼女の細胞を一気に「大人」へと進化させたのだ。
ボインッ!
「キャァッ!?」
光が収まると、そこには――。
ナノ着物の布面積が限界突破した、九頭身の超絶美女が立っていた。
幼い少女の面影はどこへやら、傾国の悪女のような色気を放っている。
「な、なんじゃこの視界の高さは……! 胸が重い! 腰がくびれておる! 服がハチ切れそうじゃ!」
「皇女様!? 成長期が急すぎます!」
「店長……私も……」
最後はエコーだ。
彼女の変化は、肉体ではなかった。
「……声が……抑えきれない……」
彼女のチョーカーが白く発光する。
「あー♪」
たった一音。
それだけで、オフィスの窓ガラスが粉々に砕け散り、机の上の書類が紙吹雪となって舞い上がった。
声帯の出力が、戦闘機のアフターバーナー並みに強化されている。
「マズい……! マズいぞこれ!」
田中は冷や汗を流した(彼だけは社畜耐性が強すぎて、肌がツヤツヤになった程度で済んでいた)。
「効果が強すぎる! これじゃ『料理』じゃなくて『ドーピング』だ! こんなの舞踏会に出したら、食べた貴族全員がマッスル化して会場が崩壊するぞ!」
「ど、どうすればいいのですか、アニキ……いや、タナカ氏」
ムキムキの船長が、流暢な敬語で尋ねる。
「中和するんだ! この過剰な細胞活性を抑え、興奮した神経を鎮める『何か』が必要だ!」
田中は叫んだ。
「ルミナ様! そのデバイスで検索してください! 『過剰な代謝の抑制』や『神経の鎮静化』に効く物質はないんですか!?」
「わ、分かった! 待ってろ!」
美女化したルミナが、慌てて虚空にキーボードを投影する。指が震えてうまく打てない。
「ええと……『ミトコンドリア暴走』……『細胞分裂抑制』……『中枢神経の麻痺』……検索ッ!」
ピピピピ……ピンッ!
「あったぞ! 皇国医療データベースに一件だけヒットした!」
ルミナが叫んだ。
「物質名『エタノール(C2H5OH)』! これを摂取すれば、中枢神経系を抑制し、過剰な代謝活動を強制的にスローダウンさせることができるとある!」
「エタノール……?」
田中が眉をひそめた。その化学式、どこかで聞いたことがある。
「じゃあそれを手に入れましょう!」
エコーが叫ぶ。
「バカ言え!」
ルミナが顔面蒼白で首を振った。
「これは『猛毒』じゃ! データベースには『クラスA指定危険物』とある! 摂取すれば、意識混濁、嘔吐、最悪の場合は呼吸不全を引き起こす、恐ろしい工業用溶剤じゃぞ!?」
「……え?」
田中の中で、何かが繋がった。
エタノール。意識混濁。工業用溶剤。
そして、この世界には「酒」という文化が存在しないこと。
「……ちょっと待て。その『エタノール』って、別名『アルコール』って書いてないか?」
「書いてあるが……それがどうした?」
「それだァァァッ!!」 田中が指を鳴らした。 「それだよ! それは毒じゃない! ……いや、毒だけど毒じゃない! 俺たちの世界じゃ、それを『酒』って呼んでたんだ!」
「サケ……?」
「そうだ! 細胞が暴走してるなら、酔っ払って機能を鈍らせればいい! 毒(酒)を以て毒(味噌)を制す! それしか道はない!」
田中は力説した。
「ルミナ様、その危険物はどこにあるんですか!?」
「……この船の『第13危険物保管庫』じゃ。わらわの権限なら解錠できる」
一行は、ムキムキ、美女、音波兵器という異様なパーティー編成で、船の立入禁止区画へと向かった。
場所は「第13危険物保管庫」。
扉には『DANGER』『猛毒』のステッカーが貼られている。
「開け、ゴマ(パスワード入力)」
ルミナが震える指でパネルを操作する。
プシュゥゥゥ……。
重厚な扉が開くと、冷気と共に、鼻を刺すようなツンとした薬品臭が漂ってきた。
「あったぞ! あれじゃ!」
ルミナが指差したのは、部屋の中央にあるドラム缶だった。
ラベルには『工業用洗浄剤(エタノール含有)』とある。
「よし、これを飲めば……!」
賢者化した船長がドラム缶に手をかけようとした瞬間。
「待てェェェッ!!!」
田中が船長の腕をガシッと掴んだ。
「バカ野郎! それを飲んだら目が潰れるぞ! 最悪死ぬ!」
「え? でもエタノールですよね?」
「お前ら知らないのか!? 工業用のアルコールにはな、俺たちみたいなのが飲まないように、わざと『メタノール』とかの毒物が混ぜてあるんだよ!」
田中は脂汗を流して叫んだ。
「『変性アルコール』ってやつだ! そんなもん飲んだら、味噌の副作用が消える前にあの世行きだ!」
「ひぃッ!? 毒の中にさらに毒が!?」
ルミナが悲鳴を上げる。
「じゃあどうするのじゃ! 他にはこのドラム缶しかないぞ!」
「探せ! もっと純度の高い、混ぜ物のないやつがあるはずだ!」
田中は棚を必死に漁り始めた。
「医療用だ……。精密機器の洗浄や、DNA抽出に使われる『特級試薬』クラスのピュアなやつが……!」
棚の奥。厳重にロックされた小さなガラスケース。
その中に、小さな茶色の遮光瓶が鎮座していた。
ラベルには**『特級・無水エタノール(C2H5OH) 99.5%』**。
そして**『添加物なし』**の表記。
「これだ……!」
田中は瓶を取り出した。
「だが、まだ安心できない。ラベルが嘘かもしれない。……ルミナ様、そのデバイスで『成分分析』をしてください! メタノールやベンゼンが含まれていないか、徹底的にチェックするんだ!」
「わ、分かった!」
美女ルミナが、スキャナーを瓶にかざす。
ピピピピ……。
『分析完了。成分:エタノール99.5%、水分0.5%。……その他の毒性物質、検出されず』
「……ビンゴだ」
田中はその場にへたり込んだ。
「これなら飲める。……いや、このままだと度数が高すぎて食道が焼けるが、毒じゃない」
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
船長がおずおずと尋ねる。
「私の計算では、この純度はガソリンに近い引火性を持っていますが」
「だから『割る』んだよ!」
田中は、持参した「水」と、隠し味用の「レモン(の形をした合成香料)」を取り出した。
「いいか、これを水で2〜3倍に薄める。そうすれば度数は40〜30度……ウイスキーやウォッカと同じレベルになる」
田中は震える手で、無水エタノールをコップに注ぎ、水を足した。
シュワワワ……。
ただの薬品が、希釈熱でほんのりと温まり、昭和のサラリーマンを支えた「命の水」へと変わっていく。
「完成だ。……即席『ストロング・チューハイ(レモン風味)』だ」
シーン……。
誰も動かない。分析結果が出たとはいえ、彼らにとっては劇薬を飲めと言われているのと同じだ。
「……チッ。言い出しっぺの俺が見本を見せてやる」
田中はコップを手に取り、匂いを嗅いだ。
(……うん。消毒液の匂いだが、鼻を刺すようなメタノールの刺激臭はない)
「タナカッ! やめろ!」
田中は覚悟を決め、一気に煽った。
グビッ、グビッ、グビッ……プハーッ!!!
数秒の沈黙。
全員が固唾を飲んで田中を見守る。倒れるか? 泡を吹くか?
「……カーッ! 五臓六腑に染み渡る! 雑味がねぇ! クリアすぎて逆に効くわ!」
田中の顔がほんのり赤くなる。
「大丈夫だ、目は見えるし、呼吸もできる! ……ただ、空きっ腹に99%希釈はキツイな……!」
「……生きておる」
ルミナがゴクリと喉を鳴らした。
「あの猛毒を飲んで、逆に顔色が良くなった……?」
「さあ、お前らも飲め! 味噌の暴走を止めるには、これしかない!」
ルミナたちは、意を決してコップに口をつけた。
チビリ。
「……ん?」
ルミナの目が丸くなる。
「……熱い。喉が焼けるようじゃ。……でも、不快ではない?」
グイッ。
彼女は一気に飲み干した。
その瞬間。
ボンッ!
「ああん……♪」
美女化していた身体から力が抜け、元の「幼女ルミナ」に戻った(ただし、服はブカブカのまま)。
さらに、顔は真っ赤で、目がトロンとしている。
「……ふにゃあ……。なんか……世界が回っておる……。タナカぁ……」
ルミナはへにゃへにゃと田中に抱きついた。
「……いい気分じゃ。フワフワする……」
「成功だ!」
田中がガッツポーズをする。
「エタノールの中枢神経抑制作用が、バイオ味噌の細胞活性化を相殺したんだ! 医療用グレードだから悪酔いもしないぞ!」
船長も飲んだ。
ボンッ!
筋肉がしぼみ、いつもの小汚いおっさんに戻った。
「ヒック……。うぃ〜、アニキぃ〜。難しいことは忘れましたぜ〜。今夜は飲み明かしましょうや〜」
エコーも飲んだ。
彼女のチョーカーの光が消え、いつもの静かな少女に戻る。
「……店長。これ、美味しい。……なんか、楽しくなってきた」
彼女はケラケラと笑い出した。
「よし! これで方程式は完成した!」
田中は、茶色の遮光瓶を宝物のように抱きかかえた。
「『バイオ味噌』×『純生アルコール』=『最強の宴会料理』だ!
これでシリウス皇子も、ガチガチの理性ごと溶かしてやる!」
その時、警備ドローンが飛んできた。
『警告! 危険物保管庫への侵入を確認! 直ちに投降……』
「うるせぇ! 飲み会に遅れるぞ!」
酔っ払った船長が、空き瓶を投げつけてドローンを撃墜した。
「野郎ども! 撤収だ! 舞踏会までに、最高の『割り材』も調達するぞ!」
「「「オォーッ!!!」」」
こうして、科学的に安全が証明された(?)禁断の液体を手に入れた一行は、千鳥足で夜の通路を駆け抜けていった。
最強の味噌と、最強の酒。
二つの武器を携え、いよいよ決戦の舞台「帝国大舞踏会」への殴り込みが始まろうとしていた。




