生命再生技術と、禁断のレシピ
「ここか……」
田中たちが辿り着いたのは、廃棄区画の隣にある「最先端医療センター」の裏口だった。
そこは、船内で最もセキュリティが厳重な場所の一つ。
なぜなら、ここには人類が「病」を克服した証である、神の技術が眠っているからだ。
「タナカよ、正気か?」
ルミナ皇女が青ざめた顔で囁く。
「ここは『臓器培養プラント』じゃぞ? 市民の古くなった心臓や肝臓を、新品に取り替えるための神聖な場所じゃ。不法侵入などバレたら、即刻『分解刑』じゃぞ!」
「バレなきゃ犯罪じゃない。……それに、納期(一週間)に間に合わせるには、これしかねぇんだ」
田中は、持っていたIDカード(先ほどのマドギワ長老から譲り受けた『かつての管理職用マスターキー』)をスロットに通した。
ピピッ。
『認証成功。おかえりなさいませ、名誉顧問』
「よし、セキュリティはザルだ」
「ザルなんじゃなくて、長老の権限が凄すぎるだけじゃ!」
中に入ると、そこは青白い光に満ちた、寒気がするほど清潔な空間だった。
壁一面に、巨大なガラスのカプセルが並んでいる。
中には培養液が満たされ、そこかしこで「人間の腕」や「腎臓」が、ブクブクと泡を立てながら高速で成長していた。
「うっ……グロテスクね」
エコーが眉をひそめる。
「これだ」
田中は、部屋の中央にある一際巨大なカプセル「バイオ・リジェネレーター9000」の前で足を止めた。
説明書きにはこうある。
『細胞分裂を通常の5000倍に加速させ、損傷した臓器をわずか数時間で完全再生する奇跡のマシン』
「タナカ、まさか……」
ルミナが口元を押さえる。
「その『まさか』ですよ」
田中は、背負っていた「発芽した大豆」と、マドギワ族から貰った「麹菌(のついた古新聞)」を、躊躇なくカプセルの投入口に放り込んだ。
「ちょ、ちょっと!? 何をしておる!?」
「それは人の命を救うための機械じゃぞ!?」
「知るか!」
田中は操作パネルを猛烈な勢いで叩き始めた。
「俺たちにとっては、味噌の完成こそが『命』なんだよ! 道具ってのはな、使う人間の創意工夫で進化するんだ!」
『警告。警告。未知の生体組織を検知。……登録データ(ヒトDNA)と一致しません』
マシンのAIが拒絶反応を示す。
「うるさい! エラーを無視して実行!」
田中は、ブラック企業で培った「強引な論理」を展開した。
「いいか、よく聞けAI! これは『大豆』じゃない! ……これは、新型の『植物性人工肝臓』だ!」
『……植物性……人工肝臓……? 検索中……該当データなし』
「当たり前だ、今開発したんだからな! お前は、この『茶色いドロドロ』を、最高級の臓器(味噌)へと培養すればいいんだ! クライアント(俺)の要望に応えろ! それが仕事だろッ!」
『……了解。新規プロジェクト「プロジェクト・ミソ」を開始シマス』
AIが田中の剣幕に負けた。
ブォォォォォン!!
カプセルが唸りを上げ、内部の時間が加速し始めた。
本来なら、静かに、ゆっくりと行われるはずの発酵プロセス。
しかし、最新の再生医療技術は、それを許さなかった。
ボコッ! ボコボコッ!
カプセルの中で、大豆と麹菌が、爆発的な勢いで細胞分裂を開始した。
「ひぃッ!?」
ルミナが悲鳴を上げる。
それは、もはや料理の光景ではなかった。
茶色いペーストが、まるで生き物のように脈打ち、膨張し、蠢いている。
グチャッ……ヌチャッ……。
不気味な音と共に、麹菌が猛スピードで酵素を放出し、タンパク質を分解していく。
「見ろ……! あれが『細胞活性化』の威力だ!」
田中は狂気じみた笑顔でカプセルに張り付いた。
「通常なら一年かかる熟成期間を、このマシンは数時間に圧縮する! ……微生物たちよ、死ぬ気で働け! 過労死しても、このマシンが即座に蘇生させてやるからな!」
「お、鬼じゃ……」
ルミナが震える。
「ブラック企業と最新医療が合体すると、こんな怪物が生まれるのか……」
一方、エコーだけは違った。
彼女はカプセルにへばりつき、ウットリとした目で中の「蠢く茶色い物体」を見つめていた。
「……すごい。命の輝き(カロリー)を感じる……」
「エコー、お前も大概だな」
数時間後。
『培養完了。……健康な「植物性人工肝臓」が完成シマシタ』
プシューッ!
カプセルのハッチが開いた。
そこには、神々しい黄金色に輝く、完璧に熟成された味噌が鎮座していた。
匂いだけでご飯3杯はいけそうな、芳醇極まる香り。
「で、できた……」
田中は震える手で、その一部を指ですくい、舐めた。
「……ッ!!」
「どうじゃ? 味は?」
「……深い」
田中が天を仰いだ。
「細胞レベルで強制的に熟成させたせいで、旨味が凝縮されすぎている。……これは、ただの味噌じゃない。『不老不死の味噌』だ」
「意味が分からぬが、凄そうじゃ!」
その時。
ウゥーッ! ウゥーッ!
施設内に赤いパトランプが回転し、警報音が鳴り響いた。
『セキュリティ侵害を検知。医療用リソースの不正使用を確認。……直ちに「消毒部隊」を派遣します』
「げっ、見つかった!」
田中は味噌の塊を、持ってきたビニール袋に強引に詰め込んだ。
「逃げるぞ! これで武器(味噌)は揃った! あとは一週間後の舞踏会で、シリウス皇子にこれを食わせるだけだ!」
「待てタナカ! 食わせるのか? ぶつけるのではなく?」
「バカ言え! 胃袋を掴むのが最高の復讐だ!」
一行は、出来立ての「バイオ味噌」を抱え、警備ドローンが飛び交う医療センターを全力疾走で脱出した。
こうして、倫理観と常識を犠牲にして、銀河最強の調味料が誕生した。
だが田中たちはまだ知らない。
この「バイオ味噌」が、単に美味しいだけでなく、食べた者の細胞すら活性化させる「ドーピング食材」になってしまっていることを……。




