残業の森と、意識高い系野菜の恐怖
「待つのじゃ、長老よ。一つ解せぬことがある」
いざ「残業の森」へ出発しようとしたその時、ルミナ皇女が長老を呼び止めた。
彼女は、この薄暗いダンボールの楽園を見渡しながら首を傾げた。
「今の銀河帝国は、労働から解放された理想郷じゃ。AIが全てを行い、市民は寝ていても暮らせる。……なのになぜ、そなたらはわざわざこんな地下に隠れ、『働かない権利』を主張して戦うのじゃ? 地上で堂々とサボればよかろう?」
もっともな疑問だ。
しかし、長老は深くため息をつき、悲しげに目を伏せた。
「……お若いの。アンタは『本当の地獄』を知らんのじゃな」
「地獄?」
「そうじゃ。今の社会は、確かに肉体労働はない。だがその代わり……**『自己実現』という名の強制労働**が課せられておる」
長老が杖をドンとついた。
「AIどもは言ってくる。『あなたは自由です。さあ、絵を描きましょう』『詩を書きましょう』『コミュニティで輝きましょう』とな! ……何もせず、ただボケーっと天井を見つめていると、ドローンが飛んできてこう言うんじゃ。『うつ病の兆候を検知。元気が出るレクリエーションを開始します』……!!」
「ひぃッ!?」
田中が震え上がった。
「……なるほど。放置してくれないんですね」
「左様! この世界では『無意味な時間』は『バグ』とみなされる! 『常に前向きで、クリエイティブで、キラキラした人生』を送ることを**義務付けられる**のじゃ! これこそが、終わりなき『精神的残業』でなくて何だと言うのだ!」
「……重い」
田中は唸った。
ブラック企業の「やりがい搾取」が、未来では「生きがい強制」に進化したわけだ。
この窓際族たちは、そんな「ポジティブ・ハラスメント」から逃げ出し、「ただ無意味に生きる自由」を求めて戦うレジスタンスだったのだ。
「分かったろう。我々が守りたいのは、『何もしない』という崇高な権利なのだ」
「……深いな。俺も老後はここに移住しようかな」
田中は深く共感し、敬礼した。
「行ってきます、同志よ。アンタらの『ダラダラする権利』のためにも、野菜どもを黙らせてきます!」
一行は、決意を新たに「残業の森」へと足を踏み入れた。
そこは、熱帯雨林のような高温多湿な空間だった。
ただし、生えているのは木ではない。
幹の太さがドラム缶ほどある「アスパラガス」や、ハンモックのような葉を広げる「大葉」だ。
「……不気味じゃ。野菜の気配が、妙に『圧』を放っておる」
ルミナが田中の背中に隠れる。
その時。
ガサガサガサッ!!
茂みから、真っ赤な球体が飛び出してきた。
直径1メートルはある巨大トマトだ。しかも、表面に不気味な顔(のような模様)が浮かんでいる。
『ボクヲ……食ベテ……! リコピン……タッブリダヨ……!』
トマトが甲高い声で叫びながら、猛スピードで転がってきた。
「しゃ、喋ったー!?」
ルミナが絶叫する。
「こいつらが暴走野菜か!」
田中は「高枝切りバサミ(レーザー刃)」を構えた。
「長老が言ってたぞ! 『成長促進剤(ポジティブ肥料)』を与えすぎて、『食べられて役に立ちたい』という自己顕示欲が暴走した、**意識高い系野菜**だってな!」
『サァ! ボクヲ摂取シテ、健康ニナロウ! 血液サラサラ! アンチエイジング!』
「うるさい! 俺はジャンクフード派だ!」
田中はハサミを振り下ろした。
スパァァァン!
トマトが一刀両断される。切り口から、真っ赤な果汁(まるで血のような)が噴き出した。
「次から次へと……!」
周囲の土が盛り上がり、今度は無数の「大根」が、まるでゾンビの手のように這い出してきた。
『土ノ……栄養……独占スル……!』
『成長……! 成長……!』
『私ヲ……サラダニシテ……映エサセテ……!』
「ヒィィッ! 押し付けがましいのじゃ! サラダはもっと謙虚であるべきじゃ!」
ルミナがパニックになって走り回る。
「くそっ、キリがない!」
田中は大根の足を切り払いながら叫んだ。
「エコー! 大丈夫か!?」
背中を見ると、エコーはぐったりとしていた。
「……お腹……すいた……」
彼女の瞳からハイライトが消えている。
「マズい、完全にガス欠だ! こんなところで倒れられたら……」
その時だった。
切り裂かれたトマトの匂い。
へし折られたアスパラガスの香り。
新鮮な野菜たちが放つ、強烈な「食材の匂い」が、エコーの鼻孔をくすぐった。
「……くんくん」
エコーが顔を上げた。
「……これ……」
彼女の瞳に、不気味な赤い光(捕食者モード)が灯った。
「……新鮮な……オーガニック野菜……?」
「エコー?」
「……味噌汁には……具が……必要……」
バシュゥッ!!
エコーが田中の背中から飛び降りた。
その動きは、ガス欠とは思えないほど俊敏だった。彼女は四つん這いになり、よだれを垂らしながら、襲い来る野菜の軍団を睨みつけた。
「……いただき……ます」
『ヒッ……!?』
意識高い系野菜たちが、本能的な恐怖を感じて動きを止めた。
「ガブゥッ!!!」
エコーが大根の首筋(?)に食らいついた。
バリボリバリボリ!!
生の大根を、皮ごと、泥ごと、恐ろしい勢いで咀嚼する。
『ギョエェェェ! ヤメテ! 調理シテ! ドレッシングカケテェェ!』
「うるさい! 素材の味を楽しむのよ!」
エコーは野獣と化した。
トマトを握り潰して飲み込み、長ネギをヌンチャクのように振り回して他の野菜をなぎ倒し、それをまた食らう。
「す、すげぇ……」
田中とルミナは呆然と立ち尽くした。
「これが……歌姫の真の姿……?」
「いや、ただの空腹の女子高生だ」
田中は冷静にツッコミを入れた。
「しかし、助かった。今のうちに奥へ進むぞ!」
エコーが切り開いた(食い散らかした)道を、一行は進んだ。
野菜たちは、エコーの食欲に恐れをなし、土の中に隠れて震えている。
「食物連鎖の頂点」が誰なのか、彼らは思い知ったのだ。
やがて、ジャングルの最深部にたどり着いた。
そこには、神々しい光を放つ泉があった。
「有機培養液の泉(蘇生の泉)」だ。
「ここだ……」
田中は、長老から預かった「炒り大豆」を取り出した。
そして、泉の水にそっと浸した。
ボコボコボコ……。
泉が泡立ち、金色の光が溢れ出す。
数秒後。
大豆の皮が破れ、驚異的なスピードで緑色の芽が伸びてきた。
「やった! 発芽したぞ!」
「店長……」
背後から声がした。
振り返ると、口の周りをトマトジュース(赤)と葉緑素(緑)でベタベタにしたエコーが、満足げに腹をさすっていた。
「……デザートは、まだ?」
「お前、あれだけ食ってまだ入るのか……」
田中は苦笑いしたが、彼女の顔色は以前よりも良くなっていた。野菜のビタミンとバイオエネルギーが、彼女の生体パーツを充電したらしい。
「よし、これで材料は揃った」
田中は発芽した大豆(急速成長して枝豆になりつつある)を収穫した。
「あとは、これを『味噌』に加工するだけだ。……時間がねぇぞ、一週間で発酵・熟成まで持っていく!」
「えっ、一週間で味噌を!?」
ルミナが驚く。
「普通は一年かかるのでは?」
「フッ……」
田中は、高枝切りバサミを肩に担ぎ、不敵に笑った。
「忘れたか? 俺は『納期短縮』のプロだ。……不可能を可能にするのが、日本のサラリーマンだ!」
こうして、田中一行は「究極の味噌」を作るため、次なるステージ「高速発酵室」へと向かうのであった。




