窓際族の帝国と、伝説のサボり術
「重くないか? 店長」 「軽い軽い。今の俺は『重要案件』を背負ってるからな。火事場の馬鹿力ってやつだ」
コロニー船の最深部、廃棄区画「セクター・ダスト」。 薄暗く、埃っぽい通路を、田中はエコーをおんぶして歩いていた。 エコーは完全にガス欠状態で、田中の背中にぐったりと身を預けている。彼女の体温と、かすかな機械の駆動音が、背中越しに伝わってくる。
「……背中、汗臭い」 「悪かったな。こっちは冷や汗と脂汗のブレンドだ」 「……でも、嫌いじゃないかも。……柔軟剤の匂いがする」 エコーが仮面を田中のうなじに押し付ける。 「(この密着感……これが『おんぶ』……。乗り心地、最高評価(星5つ)よ……)」
その後ろを、ルミナ皇女がハンカチで鼻を押さえながらついてきていた。 「くさーい! 暗ーい! なんなのじゃここは! わらわの靴が汚れるではないか!」 「文句を言わない。新入社員研修の一環ですよ、ルミナ君」
さらに奥へと進むと、奇妙な空間に出た。 そこは、船のゴミ捨て場のはずなのに、妙に「整って」いた。 積み上げられたダンボールでできた家々。 広場には、古びたベンチや、壊れた自動販売機が並んでいる。
そして、そこには住人たちがいた。 くたびれたスーツ(のような皮膚)を着たエイリアンたちが、ベンチに座り、ただひたすらに「遠く」を見つめている。 誰も喋らない。誰も動かない。 まるで時間が止まったかのような、静寂と怠惰の楽園。
「な、なんじゃこ奴らは……?」 ルミナが怯える。 「死んでおるのか? ピクリとも動かんぞ」
「いいえ」 田中はゴクリと唾を飲んだ。 「……生きてますよ。しかも、高度な『擬態』をしている。……周りの風景に溶け込み、誰からも話しかけられないように気配を消しているんだ」
その時。 広場の中央にある一番大きなダンボールハウスから、仙人のように長い髭を生やした老エイリアンが現れた。 彼は手にした「スポーツ新聞(の化石)」をゆっくりと畳み、田中たちを見据えた。
「……何用だ。我らが楽園『マドギワ』を荒らす、意識高い系の侵入者たちよ」
「マドギワ……!?」 ルミナが叫ぶ。 「まさか、伝説の……! かつて熾烈な出世競争に敗れ、それでも会社にしがみつき続けた者たちが辿り着くという、幻のユートピアか!」
「いかにも」 長老は重々しく頷いた。 「我々は『働かないこと』を極めし者。ここでは『勤労』は重罪。『やる気』は猛毒だ。……貴様らからは、プンプンと『タスク』の匂いがする。直ちに立ち去れ。さもなくば……『定時退社(強制排除)』する!」
周囲のマドギワ族たちが、のっそりと立ち上がった。 彼らの手には武器――「丸めた週刊誌」や「熱すぎるお茶」が握られている。
「ヒィッ! 囲まれた!」 ルミナが田中の背後に隠れる。 エコーも田中の肩をギュッと掴む。 「店長……どうするの? 逃げる?」
「いいや」 田中はエコーをゆっくりと降ろし、ベンチに座らせた。 「ここは俺に任せろ。……彼らは『同類』だ。言葉で語り合えば分かる」
田中は長老の前に進み出た。 そして、おもむろにポケットから「ボールペン」を取り出した。
「……ほう。武器か?」 長老が身構える。
田中は無言で、ボールペンを指先で回転させ始めた。 クルクルクルクル……。 高速回転するペンは、指に吸い付くように回り続け、残像すら生み出している。 「ペン回し」――それは、会議中に暇を持て余した社畜だけが習得できる、無益にして至高の技。
「な、なんだその回転数は……!」 長老が目を見開く。 「あれほどの速度で回しているのに……『仕事をしている気配』が全くないだと!?」
「まだだ!」 田中は次に、スマホを取り出し、画面を見せた。 そこには「ソリティア」のクリア画面が表示されていた。
「こ、これは……! 勤務時間中に、画面を隠しながら行われる禁断の遊戯……!」
「トドメだ!」 田中は虚空を見つめ、キーボードを叩く真似を始めた。 タタターンッ! (エンターキー強打)
「見よ! この『忙しそうに見えて、実は一文字も打っていない』タイピングを!」
「……ッ!!!」
長老が膝から崩れ落ちた。 周囲のマドギワ族たちも、次々と新聞紙を取り落とす。
「み、見事だ……。貴様、ただの社畜ではないな? その『サボり』の技術……まさか伝説の称号『プロ・ウィンドウ・ゲイザー(窓際族の王)』を持つ者か!?」
「……日本では、ただの『係長』と呼ばれていましたがね」 田中はペンを胸ポケットにしまい、ニヒルに笑った。
「素晴らしい……。我々の負けだ」 長老は涙を流しながら立ち上がった。 「貴様ほどの『ヒマ潰しの達人』に会えるとは……。歓迎しよう、同志よ」
緊張が解け、広場は一転して歓迎ムード(といっても、全員が茶を啜るだけだが)になった。 ルミナは呆然としていた。 「……タナカよ。今のバトル、何が凄かったのじゃ? わらわには、ただペンを回していただけにしか見えなかったが」 「それが『奥義』なんですよ」
田中は長老に向き直った。 「長老。実は、あるものを探してここに来たんです」 「言ってみろ。同志の頼みなら聞こう」 「『ダイズ』です。この区画に、その種があると聞いて」
「ダイズ……だと?」 長老の顔色がサッと変わった。 「……ついて参れ」
案内されたのは、ダンボール神殿の最奥部。 そこには、ガラスケースに入った一粒の「豆」が、神々しく祀られていた。 それは化石ではなく、奇跡的に保存されていた「節分の豆(炒り大豆)」だった。
「これぞ我らの御神体」 長老が拝む。 「言い伝えによれば、この豆を撒くことで『オニ(過酷な労働)』を追い払い、『フク(不労所得)』を呼び込むことができるという……」
「(……まあ、当たらずとも遠からずだな)」 田中は心の中でツッコミを入れたが、今はそれを手に入れるしかない。
「長老。その豆を……一粒だけ譲っていただけませんか? 私の大事な部下が、それを必要としているんです」
「……ふむ」 長老はエコーを見た。彼女はベンチでぐったりしているが、その顔には「空腹」という名の切実さがあった。 「……よかろう。ただし、条件がある」
長老はニヤリと笑った(あまり笑わない顔筋がピクついた)。
「この豆は『炒り豆』だ。このままでは芽が出ない。……この区画のさらに奥、『有機培養プラント』にある『蘇生の泉』に浸せば、発芽するかもしれん」 「蘇生の泉?」 「ああ。だがそこは……今や『暴走した野菜たち』が支配する魔境となっておる」
「……暴走した野菜?」 田中とルミナが顔を見合わせる。
「そうだ。かつて我々が手慰みに家庭菜園をしようとして、栄養剤をやり過ぎた結果……トマトやキュウリが凶暴化し、人間を襲うようになったのだ」
「何やってんですかアンタら!」
「豆をやるから、ついでにあの野菜どもを『収穫』してきてくれんか? 最近、サラダが食いたくてのう」
長老は悪びれもせず、田中の手に巨大な「高枝切りバサミ(レーザー刃付き)」を握らせた。
「……マジかよ」 田中はハサミを見つめ、ため息をついた。 窓際族に認められたと思ったら、今度は農作業(命がけ)だ。
「店長……」 エコーが力なく呼ぶ。 「……私、サラダバーなら……手伝えるかも……」 彼女の目が、獲物を狙う肉食獣のように妖しく光った。
「よし、行くぞ!」 田中はハサミを担いだ。 「業務内容変更! これより『害獣(野菜)駆除』および『収穫作業』を開始する! ルミナ君、カゴを持て!」 「は、はいッ! ……って、わらわは皇女ぞ!? なぜカゴ係なんじゃ!」
一行は、さらに深く、緑が生い茂る「残業の森」へと足を踏み入れようとしていた。




