最終兵器ハラキリと、勘違いされた交渉
「カウントダウン開始。……残り3分で、この船を蒸発させる」
第1皇子シリウスの宣言と共に、浮遊ビット(砲台)が眩い光を放ち始めた。
冗談ではない。彼のエリート特有の「冷たい目」は、本気でここを更地にするつもりだ。
「兄上! 待つのじゃ! ここにはわらわの大事な『職場』が……!」
インクまみれのルミナ皇女が叫ぶが、シリウスは眉一つ動かさない。
「黙れ、愚妹よ。皇族が下民の真似事をして遊ぶなど、帝国の恥だ。その汚点ごと消し去ってやる」
「……ッ!」
ルミナが悔しげに唇を噛む。
エコーがモップを構え、喉のチョーカーに手をかける。
「店長……私が歌って、あいつの鼓膜を……!」
「やめろ、エコー」
田中が彼女の手を制した。
「相手は皇族だ。手を出せば、今度こそ全銀河を敵に回すぞ」
「でも、このままじゃ……!」
「任せろ。……俺にはまだ、『最後の手段』が残っている」
田中はゆっくりと前に進み出た。
シリウス皇子の真正面。距離、約3メートル。
田中はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩め、そして大きく息を吸い込んだ。
(……本来なら、土の上でやるのが礼儀だが……今は緊急事態だ。許せ、膝小僧!)
「タナカ・ヒロシ……何の真似だ? 命乞いか?」
シリウスが冷笑する。
「いいえ。……『責任』を取るのです」
田中は叫ぶと同時に、空高く跳躍した。
そして、重力制御されたペントハウスの床に向かって、全身全霊のダイブを敢行した。
「誠に!! 申し訳ございませんでしたァァァッ!!!!」
ズドォォォォン!!!
美しいフォームでの着地。
膝、手、そして額が、コンマ1秒の狂いもなく同時に床に叩きつけられる。
ジャンピング・土下座。
その衝撃で、ペントハウスの床(高級大理石)に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「……なッ!?」
シリウス皇子の表情が凍りついた。
彼のARグラス(超高度情報検索システム)が、田中のこの「ポーズ」を解析し、検索結果を弾き出したのだ。
《検索中……キーワード:膝、額、自己犠牲、責任……》
《検索結果:古代極東の最終兵器『HARAKIRI』の予備動作を確認》
「ハ……ハラキリだと……!?」
シリウスが後ずさりした。
「バカな……! あれは伝説上の『自爆兵器』のはず……!」
彼の脳内に、銀河帝国で教えられている(間違った)歴史教科書の内容がフラッシュバックする。
――『HARAKIRI』とは。
古代の戦闘部族「サムライ」が用いた、肉体そのものを熱核爆弾へと変換する禁断の秘儀。
その威力は凄まじく、かつて「メイジ・イシン」と呼ばれる大戦では、たった一人のサムライが腹を切り裂くことで発生したエネルギー波が、敵軍の「クロフネ艦隊」と、味方の「ショーグン幕府」を同時に消滅させ、時代を強制的に終わらせたと言われている――。
「き、貴様……! ここで自爆する気か!?」
シリウスの声が裏返った。
「責任を取る、とはそういうことでしょう!」
田中は床に額を擦り付けたまま叫んだ。
(※田中にとっての「責任を取る」=「とにかく謝って場を収める」)
(※シリウスにとっての「責任を取る」=「己の命をエネルギーに変換して心中する」)
「や、やめろ! 早まるな!」
シリウスが慌ててビットのチャージを解除した。
「わ、分かった! 攻撃は中止する! だからその『起爆スイッチ(額)』を床から離せ!」
「いいえ! お許しいただけるまで、私はここを動きません!」
田中はさらに額をめり込ませた。
「ぐぬぬぬ……!」
「ヒィィッ! エネルギー充填率が上がっている!(気がする)」
シリウスはパニックに陥った。
ここでハラキリが発動すれば、この船はおろか、彼自身の艦隊も巻き込まれて「新しい時代」が始まってしまう。
「ま、待てタナカ! 交渉だ! 話し合おう!」
「……交渉?」
田中がチラリと顔を上げた。額が真っ赤に腫れている。
「そ、そうだ。……今ここで爆発されては困る。貴様の……その『覚悟』に免じて、一度だけチャンスをやろう」
シリウスは冷や汗を拭いながら、震える声で提案した。
「……貴様がルミナをたぶらかしたのではないことは認める。だが、皇族が下民と共にいることは認められん」
彼は一呼吸置き、精一杯の虚勢を張って言った。
「貴様らには……『猶予』を与える。一週間だ。一週間後に、帝国主催の『大舞踏会』がある。そこで貴様らが、皇族にふさわしい『品格』と『成果』を示せるなら……ルミナの『職場体験』とやらを黙認してやろう」
「本当ですか!?」
田中がガバッと起き上がった。
「ああっ! 急に動くな! 誤爆するだろ!」
シリウスが腰を抜かしてへたり込んだ。
「ありがとうございます! さすが皇子、話が分かる!」
田中はニカっと笑い、パンパンと膝の埃を払った。
「いやー、よかった。久しぶりに全力で謝ったら、首がむち打ちになりそうだ」
シリウスは呆然と田中を見つめた。
(こいつ……笑っている。自らの腹に小型核弾頭を抱えながら、なんと余裕のある男だ……)
「……タナカ・ヒロシ。底知れぬ男よ」
シリウスは捨て台詞を残し、逃げるようにペントハウスを去っていった。
「覚えておれ! 一週間後の舞踏会で恥をかけば、その時は遠隔操作で貴様を宇宙の彼方へ射出するからな!」
静寂が戻った部屋。
「……ふぅ。なんとかなったな」
田中がネクタイを締め直すと、ルミナ皇女がキラキラした目で駆け寄ってきた。
「すごいぞタナカ! あの兄上を脅迫して追い返すとは!」
「脅迫じゃありません。誠意ある謝罪です」
「いや、あれは脅迫じゃった。……『ハラキリ』の構え、初めて生で見たぞ。なんと禍々しく、美しいフォルムじゃ……!」
ルミナは田中の赤くなった額を、うっとりと撫でた。
一方、エコーは呆れた顔でモップを片付けていた。
「……バカみたい。未来の歴史教育、どうなってるのよ」
彼女は田中の元へ歩み寄り、ため息混じりに言った。
「でも……助かったわ。ありがとう、店長」
「おう。……って、ん?」
田中はエコーの顔を見て違和感を覚えた。
「エコー、お前……顔色が悪いぞ?」
「え?」
エコーがふらりとよろめく。
「……なんか、お腹が空いたような……力が……」
グゥゥゥゥ……。
彼女のお腹から、可愛らしくない音が響いた。
「あ、そういえば」
田中が思い出した。
「お前、昨日から何も食べてないだろ。……それに、あの『味噌』も海賊に食い尽くされたんだった」
「……うぅ」
エコーがその場にへたり込む。
「エネルギー切れ……。味噌……味噌がないと……歌えない……」
危機は去ったが、新たな問題が発生した。
一週間後の舞踏会までに、ルミナを一人前のOLに育て上げ、さらにエコーのエネルギー(日本食)を確保しなければならない。
「……買い出しだ」
田中は立ち上がった。
「この船の最深部、廃棄区画に行こう。そこなら、味噌の原料になる『大豆』の種が、まだ眠っているかもしれない」
「ダイズ……?」
ルミナが首を傾げる。
「それは、ハラキリの起爆剤か?」
「ある意味ではな。……行くぞ、野郎ども(女子二人)! 残業の始まりだ!」




