歌姫の秘密メンテナンス
「……ん、あ……」
感動の抱擁から数秒後。
田中の腕の中で、エコーがガクンと力を失った。
彼女の喉元のチョーカーから、プシューッという不穏な音と共に、焦げ臭い黒煙が立ち上る。
「おい、エコー!? どうした!」
「……あつい……。身体が……燃えるみたい……」
彼女の肌が、服の上からでも分かるほど高熱を発していた。
先ほどの絶叫(物理攻撃)と号泣(感情爆発)で、彼女の制御システムが限界を超え、オーバーヒートを起こしたのだ。
「マズいぞ! このままじゃ熱暴走で脳が溶ける!」
田中は周囲を見渡した。
頼みの綱のゲノム博士は、白目を剥いて気絶している。ルミナ皇女も「サドー」の痺れで悶絶中だ。
誰も頼れない。
「……やるしかないか」
田中はエコーを抱きかかえ(お姫様抱っこ)、ペントハウスの奥にある「VIP用バスルーム」へと駆け込んだ。
そこは、大理石と金メッキで装飾された、無駄に広い空間だった。
田中はエコーを洗面台(キングサイズベッド並みに広い)に寝かせた。
「エコー、今から『応急処置』をするぞ。少し我慢してくれ」
「……なに……するの……?」
「排熱だ。チョーカーを外して、冷却する」
田中は、懐から愛用の「七つ道具」を取り出した。
ボールペン、クリップ、10円玉(ネジ回し用)、そして「湿布(激クールタイプ)」。
「待っ……! ダメ……!」
エコーが熱に浮かされた声で抵抗する。
「チョーカーを外したら……声が……制御できない……」
「大丈夫だ。俺が口を塞いででも止める。それより、このままじゃ死ぬぞ!」
田中は10円玉をチョーカーの留め具に差し込み、強引に回した。
ガチッ。
ロックが外れる。
「……んッ!」
エコーが背中を反らす。
チョーカーの下から現れたのは、生身の肌……ではなく、複雑な幾何学模様が刻まれた「生体インターフェース」だった。
彼女の声帯周辺は、精密な機械部品と神経が融合していたのだ。
「(うわ、すげぇ……。スマホの中身より複雑だ)」
田中は息を呑んだが、感心している場合ではない。
インターフェースの一部が真っ赤に発熱している。
田中はジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった。
「よし、ハッチを開けるぞ」
「……いやぁ……! 見ないで……! 中身……見ないでぇ……!」
エコーが涙目で首を振る。
サイボーグにとって、メンテナンスハッチの中身を見られるのは、生身の人間が裸を見られる以上に恥ずかしい「最上級の秘め事」なのだ。
「バカ言え! 見なきゃ直せねぇだろ!」
「えっち! 変態! 社畜!」
「なんとでも言え! お前を助けるためなら、俺は喜んで変態の汚名を着てやる!」
田中はクリップを伸ばし、慎重にハッチの隙間に差し込んだ。
昭和のテレビを叩いて直してきた勘と、コピー機の紙詰まりを直してきた指先の器用さが、今ここで火を吹く。
カチッ。
小さなパネルが開いた。
「……!」
田中は目を疑った。
そこにあったのは、最新鋭の量子チップ……ではなく、どこか古めかしい、真空管のような形をした「コア」だった。
それが心臓の鼓動に合わせて、ドクン、ドクンと脈動している。
そして、そのコアには小さな文字で刻印があった。
『Model: ORPHEUS - Legacy Type (Made in 20XX)』
「20XX年……? おい、これ……」
田中は驚愕した。
このコアは、田中が生きていた時代――つまり「過去の遺物」だ。
最新のサイボーグだと思っていた彼女の心臓部は、実は田中と同じ「時代の迷子」だったのだ。
「だからか……」
田中は合点がいった。
なぜ彼女が、田中の作る「昭和の味(味噌汁)」に惹かれ、田中の「古い価値観」に共鳴したのか。
彼女の魂の規格が、田中と互換性を持っていたからだ。
「……見ちゃ……イヤ……」
エコーが力なく田中の袖を掴む。
「……安心しろ。古い型だが、いい部品だ。俺の知ってる『一番頑丈なやつ』だよ」
田中は優しく囁き、持っていた「湿布(激クール)」を袋から取り出した。
強烈なメントールの香りがバスルームに広がる。
「よし、貼るぞ。……冷たいぞ」
ペタリ。
田中は熱を持ったコアの直上に、湿布を貼り付けた。
「ひゃうッ!!!!」
エコーが可愛らしい(そして高周波な)悲鳴を上げた。
「つ、冷めたぁぁい! !? 嘘、なにこれ!? スースーする! ジンジンするぅぅ!」
「暴れるな! ツボに効くんだよ!」
田中はさらに、洗面台の蛇口をひねり、タオルを冷水で濡らして首元を冷やした。
蒸気が上がり、エコーの体温が急速に下がっていく。
「はぁ……はぁ……ん……」
エコーの荒い呼吸が、次第に落ち着いてくる。
赤く点滅していたコアの光も、穏やかな青色に戻っていった。
数分後。
完全に熱が引いたエコーは、洗面台の上でぐったりとしていた。
チョーカーは元通りに装着されている。
「……助かった……」
田中が額の汗を拭う。
「まさか、上司の肩こり用の湿布が、サイボーグの修理に役立つとはな」
ふと見ると、エコーが真っ赤な顔で田中を睨んでいた。
「……見たわね」
「ああ、バッチリ見た」
「……触ったわね」
「ガッツリ触った」
「…………責任、とってよね」
エコーは布団を頭まで被り、ダンゴムシのように丸まってしまった。
その隙間から、蒸気機関車のような湯気が出ている。
「責任って言われてもなぁ……。とりあえず、肩こりは治ったか?」
「そういう問題じゃなーい!!」
バスルームにエコーの叫びが響いた。
その声には、もう破壊の力はなく、ただただ年頃の少女の「恥じらい」だけが満ちていた。
ガチャ。
その時、バスルームのドアが開いた。
痺れがとれたルミナ皇女が、キョトンとした顔で立っていた。
「……タナカよ。トイレを借りようと思ったのじゃが……」
ルミナは、濡れたタオルを持って汗だくの田中と、乱れた服で台の上で丸まっているエコーを交互に見た。
「……」
「……」
「……邪魔をしたな。続けてよいぞ」
「違います!! 誤解です皇女様!!」
バタン。
ドアが閉まる。
田中は天を仰いだ。
命は救ったが、社会的な信用はまた一つ死んだ気がした。
だが、丸まったタオルの下から伸びてきたエコーの手が、田中の指先をギュッと握りしめた時。
「……まあ、これも残業代の一部か」
田中はそう自分に言い聞かせ、握り返したのだった。




