猛毒ポエム大会と、ガラスのハートたち
「それでは、第一回・チキチキ猛毒ポエム大会、開始です!」
ゲノム博士が高らかに宣言した。
ペントハウスの中央に、巨大なホログラムの「ストレス・メーター」が出現する。
ルールは簡単。交互に相手を罵倒し、メーターが振り切れて心が折れた方が負け。「感情去勢」行きだ。
「先攻は、歌姫エコー・404! さあ、その男の心をえぐるような罵詈雑言を浴びせたまえ!」
「えっ、ええっ!?」
エコーがモップを握りしめて震え上がった。
彼女はこの管理社会で育った。「他者を不快にさせる言葉」は、そもそも語彙のデータベースに存在しないのだ。
「田中の欠点……欠点……」
エコーは必死に考えた。田中の顔をじっと見つめ、脂汗をかき、そして意を決して叫んだ。
「あなたの……ネクタイの柄! 少し右にズレてるわよ! この……非対称男!」
シーン……。
ルミナ皇女が扇子で口元を隠した。「プッ……なんと可愛い悪口じゃ」
ゲノム博士がメーターを確認する。「……ダメージ、0.01%。蚊に刺された程度ですね」
「えぇっ!?」エコーが愕然とする。「あんなに酷いこと言ったのに!?」
田中はキョトンとしていた。
「え? 今のが攻撃? ……いやいや、うちの部長の『お前は会社の癌だ』『息をするな、酸素の無駄だ』に比べたら、朝の挨拶みたいなもんですよ」
現代日本のブラック企業で鍛えられた田中のメンタル装甲は、未来人の貧弱な語彙力では傷一つ付かなかった。
「な、なんて頑丈な精神構造なの……」エコーが後ずさりする。
「では後攻、タナカ・ヒロシ!」ゲノム博士が指差した。「彼女を罵倒したまえ!」
田中は腕組みをした。
「断る。俺は部下を傷つける趣味はない」
「ほう? ならば不戦敗で、二人まとめて感情去勢ですが?」
「……チッ」
田中は舌打ちした。仕方ない。この場を切り抜けるには、未来人が知らない「本物の毒」を見せてやるしかない。
「分かりましたよ。……ただし、ターゲットは彼女じゃない」
田中はネクタイを緩め、天を仰いだ。そして、自分自身に向かって咆哮した。
「聞けェ! 田中ヒロシ! この役立たずの給料泥棒がァァッ!!」
「!?」
全員が驚愕した。自分で自分を罵倒し始めたのだ。
田中の「一人パワハラ会議」が始まった。
「お前なァ! 今月のノルマ未達だぞ!? やる気あんのか! なんであの時、取引先にもっと深く頭を下げなかった! 土下座の角度が2度浅いんだよ! 反省文50枚書いてこい! もちろん残業代は出ねぇからな! 当たり前だろ、お前みたいな『代わりはいくらでもいる歯車』が、休めると思うなよォォォッ!!」
田中は汗だくになりながら、かつて浴びせられた罵声の数々を、自分自身に叩きつけた。
それは、このクリーンな未来社会には存在しない、ドス黒い「自己否定の猛毒」だった。
その効果は覿面だった。
「ぐはぁッ!?」
まず、ルミナ皇女が胸を押さえて倒れた(まだ正座で痺れていたが)。
「な、なんじゃその呪詛の言葉は……! 聞いているだけで、胃に穴が空きそうじゃ……! お、おのれタナカ……貴様、自分のことをそんな風に思っていたのか……!?」
「け、計測不能! 計測不能ォォォ!」
ゲノム博士のストレス・メーターが、真っ赤に発光して火花を散らした。
「バカな! 自分自身に対して、これほどの精神的圧力をかけ続けるなど……! 脳が焼き切れるぞ! やめろ、死ぬ気かァァァ!」
博士自身が、田中の発する「ネガティブ・オーラ」に当てられて泡を吹いて倒れた。
未来人たちのガラスのハートは、昭和の社畜根性の前では無力だった。
勝負あり。田中の圧勝だ。
田中は肩で息をしながら、ネクタイを締め直した。
「ふぅ……。久しぶりに『部長ごっこ』をやったら疲れたな」
しかし、一人だけ、違う反応をしている人物がいた。
エコーだ。
彼女は、田中が自分自身を傷つける姿を見て、仮面の下でボロボロと涙を流していた。
「……やめて」
「ん?」
「やめてよぉぉぉッ!!」
エコーがモップを投げ捨て、田中にタックルした。
そのまま彼の胸に顔を埋め、子供のように泣き叫んだ。
「そんなこと言わないで! あなたは役立たずなんかじゃない!」
「給料泥棒でもないわ! あなたの作るおでんは世界一だし、あなたの土下座は銀河一かっこいいし……私を、私を守ってくれた、最高の店長じゃない!」
彼女のチョーカーが、壊れたように「ポロン、ポロン」と切ない音色を奏で続ける。
「だから……お願いだから、自分をいじめないでよぉ……!」
田中のシャツが、彼女の涙で濡れていく。
田中は驚いて硬直していたが、やがて苦笑し、そっと彼女の背中に手を回した。
「……悪い悪い。ちょっと演技に熱が入りすぎたな」
田中は彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ。俺はしぶといんだよ。これくらいじゃ壊れない」
「……ほんと?」
エコーが涙目で上目遣いに見上げる。
「ああ。明日は有給とって、うまいもんでも食いに行くか」
「……うん。……絶対よ」
二人は瓦礫と化したペントハウスの中心で、強く抱きしめ合った。
その様子を、泡を吹いて倒れていたゲノム博士が、薄目を開けて見ていた。
「……信じられん。あの『自己否定の猛毒』を、『愛の抱擁』で中和しただと……? なんという未知の化学反応……。こ、これは学会で発表せねば……ガクッ」
博士は再び気絶した。
こうして、第一回猛毒ポエム大会は、勝者なし(全員ダメージ過多)という結果に終わった。
だが、田中の「鋼の社畜メンタル」と、エコーの「献身的な愛」は、この日、間違いなく証明されたのだった。




