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鉄の女と禁断の出汁

地下30階の「カスタマー・ハピネス・センター」は、異様な熱気に包まれていた。

即席のおでん(スポンジ製)を囲み、海賊とエリート職員が肩を組み、涙ながらに上司の悪口を叫んでいる。


「そうだ! 俺の課長なんて、まばたきの回数まで管理してくるんだ!」

「分かるぜ兄弟! 俺の船長も、略奪品のリストをエクセルで提出しろってうるせぇんだ!」


「ウオオオ! 飲もう! この黒い汁(出汁)を!」


まさに世紀末の宴会。

田中はひたすら給湯器のボタンを連打し、お湯を補給し続けていた。


その時だった。

入り口の自動ドアが、暴力的な速度で開いた。


バンッ!


「……あなたたち、何をしているの?」


一瞬にして、地下室が凍りついた。

喧騒が消え、全員が入り口を直視する。

そこに立っていたのは、トーン・ポリスの武装部隊を引き連れた、カレン・オメガ局長だった。

彼女の美しい顔が、怒りで歪んでいる。


「臭い……。ここから漏れ出す『有機的な腐敗臭(出汁の香り)』が、上層階の空気清浄機を詰まらせたのよ。説明しなさい」


カレンが部屋を見渡す。

地獄絵図だ。

指名手配中の歌姫エコーがちくわ(書類)を齧り、隔離したはずの海賊が職員と抱き合い、そして部下の田中がネクタイ鉢巻で指揮を執っている。


「これは……『暴動』ね?」

カレンの声が低く響く。

「直ちに全員を拘束し、感情矯正施設へ送りなさい。この不潔な部屋は、火炎放射で『浄化』します」


「ヒィッ! 局長、お許しを!」

職員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げようとする。海賊たちも武器スポンジを構える。

修羅場だ。


だが、田中だけは動じなかった。

彼は洗面器を置き、ゆっくりとカレンに歩み寄った。

そして、営業スマイル全開で言った。


「いらっしゃいませ! 局長、お待ちしておりましたよ!」


「は?」

カレンが毒気を抜かれたように眉をひそめる。

「いらっしゃいませ? あなた、自分が何を言っているのか分かってるの? これは重大な規律違反で……」


「いえいえ、誤解です局長」

田中は滑らかに嘘をついた。

「これは暴動ではありません。私が考案した、最新の『チームビルディング研修』です」


「研修?」


「はい。異文化(海賊)と交流し、温かい液体おでんを共有することで、従業員のストレス値を下げる。名付けて『裸の付き合い・メソッド』です!」


「裸の……付き合い……? 野蛮な響きね……」

カレンは疑わしげに鼻を鳴らした。

「でも、データ(職員の笑顔)を見る限り、確かにストレス値は下がっているようね……。それに、海賊たちも驚くほど大人しいわ」


「でしょう? さあ局長も、視察ついでに『体験』していってください。特別席をご用意しました」


田中は強引にカレンを誘導し、積み上げられたダンボール箱(特等席)に座らせた。

そして、湯気の立つ紙コップを差し出した。


「さあ、どうぞ。当研修のキーアイテム、『魔法のスープ』です」


「……この茶色い液体が?」

カレンは恐る恐るコップの中を覗き込んだ。

「見た目は汚水に近いけど……香りは……不思議と、懐かしいような……」


彼女は警戒しながらも、一口飲んだ。


ズズッ……。


「……ッ!?」


カレンの動きが止まった。

カツオと昆布の合わせ出汁。そして醤油の塩分。

完璧に計算されたアミノ酸の奔流が、彼女の疲労困憊した脳に直撃した。


「な、なによこれ……!」

カレンが震える声で呟く。

「しょっぱい……。でも……温かい……。胃袋が……解けていくみたい……」


彼女はこの数十年間、完全栄養食とサプリメントだけで生きてきた。

「熱い汁物」を飲むという行為自体が、生まれて初めての体験だったのだ。


「あ……あぁ……」

カレンの鉄仮面が崩れ、とろんとした表情になる。

「身体の芯が……ポカポカする……。私……こんなに冷えていたの……?」


「お気に召しましたか?」

田中がニヤリと笑い、追加の具材(大根風消しゴム)を差し出す。

「これもどうぞ。味が染みてますよ」


カレンは無言でそれを受け取り、夢中で口に運んだ。

ハフハフと息を吐きながら、熱さと戦い、そして飲み込む。


「……美味しい」

小さな、しかしはっきりとした声だった。

カレンはハッと我に返り、慌てて口元を拭った。


「こ、今回だけよ! 今回だけは『実験的な試み』として認めてあげるわ!」

彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。

「でも! 定期的な衛生検査と、私への……その、『試食報告』は義務付けます! 分かったわね!」


「承知いたしました。毎晩、一番出汁をお届けします」


「……ふん。ならよろしい」

カレンは紙コップを大切そうに持ち、逃げるように部屋を出て行こうとした。


その時。

部屋の隅でちくわを食べていたエコーが、ふらふらとカレンに近づいた。


「……ねえ、オバサン」


「オ、オバサン!?」

カレンが振り返る。未来社会には存在しない「エイジ・ハラスメント」な単語だ。


「そのスープ、美味しいでしょ?」

エコーはニシシと笑った。

「それ、私たちが『共犯』になった味よ。……あんたも、こっち側(不良)に来なさいよ」


「な……無礼な!」

カレンは激昂しかけたが、手の中の温かいコップを見て、言葉を飲み込んだ。

「……検討しておくわ。この『不衛生な味』の分析が終わるまでね」


カレンはヒールを鳴らして去っていった。

その後ろ姿は、来た時よりも少しだけ肩の力が抜けているように見えた。


「やったなアニキ! 局長を陥落させたぞ!」

「これが『カイユウ』ってやつか!」


海賊たちが歓声を上げる。

田中は深く息を吐き、ドカリと椅子に座り込んだ。


「……疲れた」


海賊、歌姫、そして局長。

この船の三大厄介者を、すべて「出汁」で手懐けてしまった。

だが、田中の「胃袋支配計画」は、ここで終わらなかった。

この地下居酒屋の噂は、やがて船内の「AIシステム」自身の耳にも届き、とんでもない事態を引き起こすことになる。


「あ、田中さん。醤油が切れました」

「マジか。……じゃあ次は『味噌』を開封するか」


田中が懐から茶色いペーストを取り出した瞬間。

船内の全モニターが明滅し、機械的な音声が響き渡った。


『警告。警告。未知の有機化合物ミソを検知。……ワタシモ、タベタイ』


「え?」


田中が天井を見上げた。

今、喋ったのは誰だ?

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