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エーレ

その日からしばらく、エーレとビンスフェルトは二人きりで暮らした。

吸血鬼の兄妹がこの世から姿を消した日から、ちょうど一年後。

ビンスフェルトは病に伏し、あまりにも静かに旅立っていった。


「院長先生……」


街外れの墓地で土をかけながら、エーレのポケットには小さな気配が潜んでいた。


馬車に揺られ孤児院へ戻る途中、エーレはそっと囁く。




「もう……だめじゃないの。ポケットから出ようとしたでしょう? オーフィン」


ひょこりと顔を出したのは、手のひらほどの小さな蜘蛛。



オーフィンが託した糸の束に隠されていた卵から、生まれたばかりの命だった。


「帰ったら、オルギーとジーラにもご飯をあげなきゃね。

街で美味しい燻製肉も買ったし……ちゃんとお留守番してるかな?」


ビンスフェルトは、ラグとオルギー、オーフィン、ジーラの関係を知っていた。

彼は余命を悟ると、温めていた卵や幼生たちのことをすべてエーレに託したのだ。


どうあれ、ラグは世代交代という方法で仲間たちの命をつないでいたのだ。




「ねぇ、ラグ、テンペリス……あなたたちも、そう思う?」


二人の吸血鬼が燃え尽きた跡には灰が残り、

その下からは真紅の宝石――魔血玉が現れた。

吸血鬼は死して魂を宝石に宿し、十年の眠りを経て蘇るという。

エーレはその二つを首飾りにして、肌身離さず持ち歩いていた。


「全く退屈だよ。ここには本も何もないし、僕を満たしてくれる女の子もいない。

十年後はちゃんと責任取ってくれるよね、エーレ?」




「私はここが一番気が楽なの。あと九年? しばらくは静かにしていてね」

「うん。私が守ってあげるから。ラグ、テンペリス」


不思議と、宝石たちと会話ができているような気がした。




関所に着くと、門番が声をかけてくる。


「エーレ、この度は院長先生が……大変だったな」


「ありがとうございます、門番さん」


「女の子一人で森の中は危ないぞ。街に来る気はないのか?」


エーレは明るく笑った。


「大丈夫です。あそこが、私の家ですから」


「そうか……何かあったらいつでも相談しなよ」


「はい!」


森へ続く道を進む途中、馬車のわだちに小さな影が倒れているのを見つけた。

それは傷ついたワーウルフの少年だった。


孤児院へ連れ帰り、看病を続けるうちに、少年は少しずつ心を開いていった。

エーレは彼に“ギア”と名付けた。




「ギア、絶対にヒューマンの村には近づいちゃだめよ。

それと、落ちてるものを食べないこと!」


「わかった! お姉ちゃん!」




オルギーもジーラも、やがて人の姿を取れるようになるだろう。

小さなオーフィンも、蜘蛛の身体から少しずつ人間の上半身が形作られてきている。

きっと母親のように、ちょっと小憎らしくて可愛い女の子になる。



春の風が吹き抜ける孤児院は、

一人のヒューマンと四人の異種族、そして二つの宝石が集う賑やかな家になっていた。


農作業を終え、エーレはギアとオーフィンの頭を撫でる。

「今度こそ……私がこの子たちを守り切ってみせる」


そして小さく呟く。

「……私がそんなことを考えるのは、傲慢かしら?」

「エーレ院長先生! 遊ぼう!」




ギアがじゃれつき、小さなオーフィンが頭の上で跳ねる。

エーレは優しく微笑んだ。




「それじゃあ、お家で本を読みましょうか。紅茶を入れて、クッキーも焼いて」

「やった! 本のお話大好き!」

「しっかり読んでくれたまえよ、本当に退屈で仕方ないんだ。エーレ君」

風の中にラグの声が聞こえてきたような気がした。




柔らかな日差しが降り注ぎ、

笑い声が森の孤児院を包み込んでいた。

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