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友達

その頃、ビンスフェルトが戻ってきた。


「売れ行きはどうだ、ジーラ」


「いつもと同じくらいですね。火つけ用の乾燥草が少し残りました、院長先生」


「そうか。余っても次回に回せるからな。……エーレの薬を買うのに手間取ってしまった。そろそろ帰ろう」


「はい! 片づけますね」


ジーラは嬉しそうに荷物をまとめ始めた。

その背後で、野盗の一人がニヤリと笑う。


「兄貴、あいつら帰るみたいですぜ」


「街を出るのを待て。人気のない所で……」


「デカいしのぎになりますぜ!」


「ボスに報告だ。行け」




街を出て数時間。

馬車は森の入り口手前の、誰も通らない山道へ差し掛かった。


ガタンッ!


「む……?」


馬車が急に止まる。

道の真ん中に、大きな岩が置かれていた。


「むぅ、どうしたものか……」


ビンスフェルトが馬車を降りようとした、その時。


「爺さん! ちょっと待ちな!」


「野盗か! ここには大したものは積んでおらんぞ。立ち去れ!」


ビンスフェルトは素早く剣を抜く。

元軍人の構えは鋭く、隙がない。


だが――。


ジリジリと近づいてくる野盗の手には、水の入ったバケツがあった。


「おーっと、爺さんそこまでだ。剣を捨てな! この女の子がどうなっても知らねぇぞ!」


「ジーラ!」


野盗はジーラの腕を掴み、バケツを高く掲げた。


「ほらよ、正体を見せてもらおうか!」


ザバァッ!


冷たい水がジーラに浴びせられる。

瞬間、腰から下に鱗が浮かび上がり、足先は大きな“ひれ”へと変わった。


「やっぱりだ! 大当たりだぜ!」


「ヒャッホウ! ボスも喜ぶぞ、こりゃ!」


「貴様ら……どこでこの事を!」


「ギャーギャー喚くな、じじい!」


ビンスフェルトは剣を弾き飛ばされ、縄で縛られ、馬車の柱に押し付けられた。


ジーラは震えながら、必死に足を隠そうとする。


だが、もう遅かった。





後続の馬車に助けられたビンスフェルトが振り返った時、

ジーラを担いで逃げた野盗の姿は、もうどこにもなかった。


残されていたのは、ジーラの財布と――

孤児たちへの小さなお土産だけ。


「なぜ……こんな大金をジーラが……」


ビンスフェルトは眉をひそめ、しばし考え込む。

そして、はっと目を見開いた。


「……涙を売ったのか。それで……」


エーレの熱も気がかりだ。

ビンスフェルトは一度孤児院へ戻るしかなかった。




孤児院に戻ると、皆が不安げに集まってきた。

ビンスフェルトは深く息を吸い、告げる。


「ジーラが……さらわれた。恐らく、人魚の涙を狙った宝石商の仕業だろう」


沈黙が落ちた。

そして――


「ジーラが! 助けに行かなきゃ!」


真っ先に叫んだのは、熱で顔を赤くしたエーレだった。


「どうやって行くのさ。君が一人で行ったら、一緒に捕まって終わりだよ。そんな本末転倒、いくらでもある話だ。もっと本を読みなよ」


ラグが冷静に言い放つ。


「すべて儂が悪い……ジーラから目を離していなければ……」


ビンスフェルトは拳を握りしめた。


「助けに行こう! 院長先生!」


「しかし……儂はこの通り、剣を振るうこともできん」


「ただの人間相手なら、私の敵はいませんわ」


オーフィンが胸を張る。


「オーフィン……確かに強いが、目立ちすぎる」


「君の下半身は真っ黒だから、夜なら闇に紛れられるかもしれないね」


ラグが淡々と補足する。


「私は孤児院から離れるなんてまっぴらよ。ジーラは心配だけれど」


テンペリスはそっぽを向いた。


エーレは一歩前に出る。


「行こう、みんな! 院長先生、構いませんね?」


ビンスフェルトは自責の念に押され、静かに頷いた。


「……約束じゃ。一晩、一回だけだ。助けられなかったら、何があろうと戻ってこい。ここまでは賊もわからんだろう」




馬車が襲われたのは、街道の分岐点。

東西南北に道が分かれ、森へ続く道はほとんど使われない。


「賊は北か南へ逃げたと考えるのが自然だ。ジーラを連れ帰れば、こちらのものだ」


ビンスフェルトは続ける。


「儂は顔が割れておるし、馬車も見られている。移動中に賊に報告が入るかもしれん。馬で行け」


「あら、私は大丈夫よ。馬より早いもの」


オーフィンは蜘蛛脚を軽く動かしてみせた。

その速さは、全力疾走のギアにも匹敵する。


「よし、行こう!」


エーレが拳を握る。


「やれやれ……僕の貴重な読書時間が……。でもジーラが心配だからね。さっさと行こう、エーレお姉ちゃん」


ラグは本を閉じ、立ち上がった。


「私はここで待っているわ。面倒だけど……助けられるなら助けてきてね」


テンペリスはため息をつく。


「頼んだよ、テンペリス。我が妹。待っている間に院長先生の書庫から僕の部屋に本を移してくれても構わないよ。全部読み終わってしまったんだ」


「絶対にご免こうむるわ、お兄様。面倒くさい」


「ハハハ、それじゃあ行ってくるよ」


ラグは軽く笑い、外套を羽織る。


「ラグ、日光は大丈夫? 馬でも2日はかかるわよ」


「問題ないさ。君たちは昼間走るんだろう? 僕は夜に走る。目標はわかっている。いずれ合流できるさ。昼間はどこかに隠れているよ」




こうして――

孤児院の仲間たちは、ジーラ救出のために動き出した。




「どちらかがジーラを助けたらあの町には噴水があるのだろう?ナンシーの枝を刺しておこうよ、目印だ」


「わかった、時間が無いから急ごう!」

こうしてエーレ、オーフィン、ラグの3人は街の宝石屋に捕まっているであろうジーラの救出の為孤児院を出た。


ジーラが捕まってから3日が経過している。


その間、男達に囲まれてジーラはひたすら涙を流す事を強要された。


しかし、いつまでも涙が流せるものでもなくはじめは脅しや平手位のものであったが次第に拷問と呼んでも差し支えない位にまでエスカレートしていった。


「オラ泣けぇ!もっと大粒の涙を流せ!」

ジュウウウウウウ

焼けた火箸を人魚化した下半身に押し付ける。


「キャアアアアア!」

「サカナの焼けたいい匂いがすんなあ!いっそソースをかけて喰っちまおうか!」

「それもいいですね、兄貴!」


「ハァハァ・・・」

苦痛で流した涙は大きく、「上物」と呼ばれる「人魚の涙」がコロコロと転がった。

「いいじゃねえか!やればできるじゃねえか!このクソアマ!手間取らせるんじゃねえ!」

「う・・うううう」


「痛てえか?ならこんな手間取らせる前にもっと涙を流せ!」

「痛い!イタイ・・・痛い・・・」

「わーはっはっは!たまんねえな!泣かせるだけでポロポロと宝石が生まれるなんてよ!」




ジーラが攫われてから3日目。

深夜の宝石商に忍びこむ2つの影。


「見張りがいますね、やはりここで間違いないですわ」

「ジーラ、無事でいて!」




ガン!


オーフィンの足は人間のそれとは比べ物にならない位の力を持っている。


外骨格のそれは鉄のような硬度を持ち、一振りで見張りを失神させた。

「全くもう、どれだけ見張りがいるんですの?糸が無くなっちゃうわ」

アラクネの糸は粘着力があり、見張りの顔と手にぐるぐる巻く事で賊の行動を無力化できた。


最後の扉に立ちふさがる「兄貴」を失神させ、地下の最下層にたどり着いた2人の目にしたものは信じられない光景だった。




ゼー・・・ゼー・・・




呼吸とも何とも言えない音がかすかに聞こえている、これがジーラのできる精一杯の生命活動だった。


長く美しい亜麻色の髪は燃やされ、顔は火傷だらけ。

「……っ!」


エーレは息を呑み、思わず目を閉じた。

足元には、用途のわからない金属器具が散乱している。



それらがすべてジーラに向けられたものだと気づいた瞬間、

胸の奥が冷たく沈んでいき――やがて限界を迎えたエーレは部屋の隅で吐いた。




猫足のバスタブには、黒く濁った水が張られていた。

その中に沈むジーラの姿はどう見ても――




死にかけていた。


「ジーラ!」

「ジーラぁぁぁ……! どうして……どうしてこんな……!」


エーレはバスタブに身を沈めたジーラに駆け寄り、その身体をそっと抱きしめた。

ジーラはもう首を動かす力も残っていない。

けれど、かすかに動く瞳だけがエーレを追っていた。


「……エーレ……あれ……つけてくれて……よかった……」


途切れ途切れの声。

それでも、ジーラは微笑もうとしていた。


エーレとオーフィンが身につけているのは、ジーラが“お土産に”と選んでくれた小さなアクセサリー。

そのことに気づいた瞬間、エーレの胸がぎゅっと締めつけられる。


「うん……うん! ありがとう、ジーラ……!

だから、帰ろう……孤児院に帰ろうよ……一緒に……!」


エーレは必死に言葉を重ねる。

まるで、その声だけでジーラを繋ぎ止められると信じるように。


ジーラのまつげが、ゆっくりと震えた。



「……エーレ……あたし……みんなに会えて……しあわせだったよ……ほんとうに……ありがとう……」


ジーラの声は、風が消えていくみたいに弱かった。

それでも、エーレの名前を呼ぶ時だけは、少しだけ力がこもっていた。




「そんな……そんなこと言わないでよ! ジーラ! 一緒に帰ろうよ!!」


エーレは必死にジーラの手を握る。

その手はもう、力を返してくれなかった。




「……ううん……あたしは……もう……無理……

でも……最後に……会えて……よかった……」


ジーラは微笑もうとした。



その笑顔があまりにも優しくて、エーレの胸が張り裂けそうになる。


「そんな……そんなの嫌だよ……ジーラぁぁぁぁぁ……!」


エーレはわかっていた。

ジーラが助からないことなんて、見ればすぐにわかる。

頭では理解している。

でも――心がどうしても受け入れてくれなかった。




「帰ろうよ……ジーラ……みんな待ってるんだよ……」


震える声でそう言うエーレの頬を、ジーラの視線がそっとなでた。



「……エーレ……お願いが、あるの……」

かすれた声で、ジーラが手を伸ばす。

その指先は震えているのに、瞳だけはまっすぐだった。


「何? 何でも言って! 何でもするから!」


エーレは必死に身を乗り出す。

ジーラは小さく息を吸い――




「……わたしを……殺して……楽にさせて」




その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。


エーレは息を呑む。

ジーラの目は、涙も枯れたはずなのに、不思議と澄んでいた。

覚悟を決めた人の目だった。



「!!!!!!」


「嫌だよ!一緒に帰るんだ!また二人で食事と洗濯を・・手伝ってよ!」

ニッコリ笑うジーラ。


「おねがい・・痛いの・・・とっても・・・もう涙もでない・・・私を友達だと思うなら・・ね?」


死の淵に追い込まれながらも、ジーラはかすかに微笑んでいた。

その笑顔は、弱々しいのに――どこまでも優しかった。


「でも……でもっ……!」


エーレの喉が震える。

胸の奥が張り裂けそうで、息がうまく吸えない。


ジーラを救いたい。

でも、ジーラを“自分の手で終わらせる”なんて――


そんなこと、できるはずがなかった。





シュン




一陣の風と共にラグが部屋に到着する。


「憲兵が来る、早くここを出た方が良いかもね」














「おねがい・・エーレ・・・お願い・・・」

「ジーラはもう助からないよ、わかるだろう?エーレ。せめて一番の友人である君の手で」

「わかってるよ、でも!でも!生きてるんだよ!」


「君ができないなら僕がやる、いいかい?でないとここで3人とも捕まるよ。

オーフィンだってここに来るまでに何人も殺しているだろう?奴らに捕まったら終わりなんだ」




「ラグはいつもそうやって!まともぶって!」




「・・え・・れー・・いいよぉ・・・」



ジーラはそっと目を閉じた。

次第に呼吸が荒くなっていく。


「ホラ、いつまでもジーラを苦しませないで」




「う・・・・うわあああああああああああ!」


エーレは半狂乱になりながら手にしていた短剣をジーラの胸に突き刺す、血がほとばしりエーレの全身にビシャっと返り血が付いた。


「・・・あ・・・・り・・・・が・・・とう・・・エ・・・・レ・・」


その時流した涙はそれまで流したよりも最も大きな人魚の涙を生み、エーレの手に落ちた。


こと切れたジーラの目を閉じると




「逃げよう!二人とも!」


「僕は先に行っているよ、表は兵隊でいっぱいだ。捕まらないでね」

「エーレは私が絶対に護ってみせますわ!ジーラの為にも!」


「キシャアアアアア!」


オーフィンの下半身の蜘蛛が吼えた。

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