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森の中の小さな孤児院


チュン……チュン……。

小鳥のさえずりが、澄み切った朝の空気をやさしく震わせる。雲ひとつない青空の下、まだ冷たさを残す風が、森を静かに撫でていた。


朝露をまとってきらめくのは、森の奥に佇む古びた洋館。

長い年月を経た石壁と蔦に覆われたその建物こそが、この物語の舞台――「森の孤児院」だった。


その庭先を、軽やかな足音が駆け抜ける。

早起きのワーウルフの少年が、耳をぴんと立て、ふさふさの尻尾を揺らしながら年上の少女へと走り寄ってきた。


「エーレ! おはよう!」


弾けるような声に呼ばれ、少女――エーレは一瞬だけ目を細める。

朝日を背に受けながら、穏やかな微笑みを浮かべて振り返った。


「おはよう、ギア」


その一言だけで、朝の空気が少しあたたかくなる。



孤児院の朝は、いつだって早い。

白い光が窓から差し込み、静けさとぬくもりが同居する時間。

その中で響く二人の声は、まるでこの場所が“家”であることを証明するように、ひときわ明るく、やさしく響いていた。





「おはようございます、みなさん」


広間の入口に立った人魚の少女――ジーラが、澄んだ声で挨拶を投げかけた。

朝の光を受けて、淡い髪がきらりと揺れる。


「ジーラ、おはよう!」

「今日も朝早いのね!」


すでに起きていた子どもたちが、口々に声を返す。

そのやり取りは、まるで森に集まった小鳥たちの合唱のように賑やかで、楽しげだった。


広間いっぱいに広がる声と笑顔。

それは、この孤児院の朝が“今日も変わらず始まった”ことを告げる、ささやかな合図でもあった。




「日の出で起きるのは決まりだよ。院長先生が起きる前に、朝の仕事を終わらせなくちゃ!」


そう言って、誰かがカーテンに手をかけた。

しゃっ、と軽やかな音とともに布が引かれる。


次の瞬間――

冷えた朝の空気を押しのけるように、温かな光が一気に雪崩れ込んできた。


広間はぱあっと明るさを増し、

その光に照らされて、子どもたちの笑顔もまた、きらきらと輝いて見える。



まるで、この場所そのものが目を覚ましたかのように。

「今日」もまた、森の孤児院の一日が、こうして始まったのだった。




「テンペリスとラグはいいよなぁ。早起きしなくても怒られないんだもん」


少年は頬をぷくっと膨らませ、不満をそのまま吐き出す。


「仕方ないでしょ。あの二人、日光を浴びたら灰になっちゃうんだから」


隣の少女が肩をすくめて言うと、周囲からくすくすと小さな笑い声がこぼれた。


「でもさ、その代わり――」

少し年上の子がやわらかく言葉を継ぐ。

「みんなが眠ってる間に、ちゃんと見回りしてくれてるし。服だって、ほら。破れたところ、直してくれてたでしょ?」


「……まぁ、そうだけどさ」


拗ねていた少年は、気まずそうに頭をかきながら視線を逸らす。


――ここにいるのは、まだ少年少女ばかりだ。

深い森の奥にひっそりと建つこの孤児院は、種族も、性格も、生まれも違う子どもたちを分け隔てなく包み込む。



静かで、あたたかくて。

それぞれの「居場所」をそっと守る、かけがえのない拠り所だった。




ヒューマンの少女エーレ


ワーウルフの少年ギア


アラクネの少女オーフィン


ハーピーの少女オルギー


人魚の少女ジーラ


ヴァンパイアの少女テンペリス


ヴァンパイアの男の子ラグ



七人は、物心ついた頃からずっと一緒だった。

血のつながりはない。けれど、それを意識することは誰もない。

兄弟のように笑い、喧嘩して、また笑って――そんな日々を、院長ビンスフェルトのもとで重ねてきた。


掃除や洗濯、料理に修繕。

子どもたちは家事を分担しながら、それぞれの役割を当たり前のようにこなしている。


「今日は町から荷物が届くんだっけ?」


「倉庫、片づけとけよ。また院長先生にどやされるぞ」


「はぁ……仕方ないわね。で、朝ごはんの当番は誰?」


そんな他愛もないやり取りが、広間を行き交う。


「テンペリスがもう野菜の下ごしらえしてくれてるわ。だから、あとは私が作る」


その一言に、「助かるー」「さすが!」と声が重なった。


その時――


パン、パン、と軽く手を叩いたのは、年上であり、みんなのまとめ役でもあるエーレだった。

一瞬で視線が集まり、空気が自然と引き締まる。


「よし、話は後。まずは今日の仕事を片づけましょ」


その声には、不思議と逆らえない落ち着きがあった。




「はーい! それじゃあ――」


エーレは腰に手を当て、てきぱきと指示を飛ばす。


「私とオルギーは倉庫の掃除と整理。ギアとジーラ、それからオーフィンは朝ごはんの支度ね! 院長先生が起きる前に、全部終わらせるわよ!」


その一声で、広間の空気が弾けた。


「わかったー!」

「了解!」


返事は元気いっぱい。

誰一人として文句を言う者はいない。

それぞれが自分の役割を理解し、当然のように動き出す。


足音がぱたぱたと響き、扉が開閉する音が重なる。

朝の森に溶け込むように、孤児院は一気に賑わいを増していった。



――森の孤児院の一日は、いつだってこんなふうに始まる。

少し慌ただしくて、少し騒がしくて。

けれど確かに、温かい。


「よし、今日もやるぞー!」


誰かの掛け声を合図に、子どもたちは一斉に動き出した。

まるで合図を待っていたかのように、それぞれが迷いなく自分の持ち場へと散っていく。


何年も、同じ仲間と同じ朝を繰り返してきた。

今さら指示はいらない。役割分担は、もう体が覚えている。


ギアは小脇に薪を抱え、軽い足取りで庭から食堂へと向かう。

その顔には、屈託のない笑顔。早朝の冷たい空気すら、彼には心地よいらしい。


一方、厨房ではアラクネのオーフィンと人魚のジーラが肩を並べて作業していた。

肉と野菜を手際よく切り分けるたび、トントン、と小気味よい包丁の音が響く。


無駄のない動き。

視線を交わさずとも分かり合える呼吸。


二人の連携は見事で、見ているだけで不思議と胸が落ち着く。




一方、エーレとオルギーは倉庫へと向かい、乱雑に積み上げられていた薪や食糧を手分けして整理していた。

 今日、町から届く物資を迎え入れるための準備だ。二人は声を掛け合いながら、少しずつ空間を作っていく。


 無駄のない動き。

 長年一緒に暮らしてきたからこそ生まれる、自然な連携。


 みんなの働きぶりは、まるで最初から決められていたかのような流れるチームプレイだった。


 そうして小一時間が過ぎ――

 院長ビンスフェルトが眠りから目を覚ます頃には、倉庫は見違えるほど整えられ、食堂にはすでに朝食の準備が整っていた。


 焼き立てのパンからは香ばしい匂いが漂い、鍋の中ではシチューが湯気を立てている。

 彩り豊かなサラダに、ミルク、バター、ヨーグルト。質素ながらも、心と体を満たすには十分すぎる食卓だった。


「みんな、おはよう。今日もいい天気だね」


 その穏やかな声に応えるように――


「「院長先生、おはようございまーす!」」


 元気いっぱいの声が食堂いっぱいに響き渡り、朝の静けさを一気に押し流した。


「院長先生、今日は町から荷物が届く日ですよね?

 倉庫の整理は、もう済ませてあります」


 エーレが胸を張ってそう告げると、ビンスフェルトは感心したように目を細め、ゆっくりと頷いた。


「そうかそうか。エーレは本当に気が利くね。ありがとう」


 その声には、飾りのない労いと温かさが滲んでいる。


「さあ――冷めないうちに、いただこうじゃないか」


 柔らかな言葉に導かれるように、子どもたちは席に着く。

 食堂に漂う湯気と香り、交わされる何気ない笑顔。



 こうして、森の孤児院の一日は、今日も変わらぬ穏やかさの中で幕を開けた。

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