大沼公園、そして遠い君の輪郭
旅は、動くことだけがすべてじゃない。
立ち止まり、空と湖を見つめる時間もまた、大切な風景になる。
北海道の大沼公園で過ごす午後。
湖面に映る曇り空のように、心も静かに揺れている。
遠く離れた誰かのことを思いながら、ただひとり、自然の中で呼吸をする。
それは、忘れかけていた何かを取り戻す時間でもあった。
いかめしの余韻を残したまま、僕は再び列車に揺られていた。
森駅を出て、次に降りたのは大沼公園駅。
名前のとおり、駅を出てすぐに広がるのは、湖と山と森――まるで絵のような風景だった。
人の少ない平日の午後、空は少しだけ曇っていた。
風が湖面をさざめかせ、雲の影が水の上に漂っている。
どこか時間が止まったような、不思議な静けさがそこにあった。
湖のほとりを、僕はひとりで歩く。
カモがのんびりと泳ぎ、遠くでは釣り人が竿を垂らしている。
観光地であることを忘れてしまうような、穏やかすぎる午後。
ふと、あの少女のことを思い出した。
ベイエリアで、カメラを構えていた彼女。
風のように現れて、名前も告げずに去っていったあの子。
どうして今、ここで思い出したのだろう。
彼女の撮っていた“旅”の風景は、こういう時間だったんじゃないか――そんな気がした。
「……たぶん、こういうのを撮ってたんだろうな」
誰に言うでもなく、口の中でつぶやく。
木のベンチに腰を下ろし、湖を眺める。
何かを考えるわけでも、何かを決めるわけでもない。
ただ、静かに呼吸する時間。
旅って、派手なことばかりじゃない。
むしろ、こういう“なにもしない時間”こそが、あとになって強く記憶に残る気がする。
しばらくすると、雲が流れて、太陽が湖面を照らしはじめた。
水の上がきらきらと光って、小さな波紋が星のように揺れている。
僕は立ち上がり、もう一度、ゆっくりと歩き出した。
心が少しだけ、軽くなっていた。
――また、どこかで会えるだろうか。
そう思った瞬間、自分でも驚くくらい自然に、微笑んでいた。