五稜郭と、消えた鼓動のあと
旅先で触れる“過去”は、教科書で習ったものとは少し違って見える。
ただの史跡が、歩いた距離のぶんだけ、ゆっくりと心に語りかけてくる。
五稜郭――星のかたちをした、静かな城。
かつて、時代の終わりと始まりの狭間で、命が燃え尽きた場所。
僕は、夏の朝にその地を歩いた。
誰の声も届かない静けさの中で、風だけが鼓動のように響いていた。
これは、旅の途中で出会った“歴史”と“自分”の、ひとときの対話。
ベイエリアから市電に揺られ、終点の「五稜郭公園前」で降りる。
そこから10分ほど歩いた先、木立の向こうにそれは姿を現した。
星の形をした城――五稜郭。
空から見なければ分からないはずのその構造が、園内を歩くだけでもなんとなく伝わってくる。
西洋式の要塞、そして幕末の戦いの舞台。歴史の授業で名前は知っていたけど、今こうして実際に歩くと、ただの“跡地”ではない空気が、確かにそこにある。
土の匂い。緑の濃さ。
石垣のすき間を通り抜ける風にさえ、なにかを語ろうとする気配がある。
かつてここで銃声が響き、命が散り、誇りが残った。
箱館戦争――最後の武士たちの戦い。
僕の足もとに続くこの道の下には、まだ何かが眠っている気がして、自然と歩幅が小さくなる。
展望台に上り、五角形の全景を見下ろす。
整いすぎたその形が、逆に痛々しくも美しい。
「……こんなに綺麗な場所で、戦争してたんだな」
誰に言うでもなく、呟いた。
声はガラスに反射して、僕の耳だけに届いた。
星形の城の真ん中に立っていたのは、榎本武揚、土方歳三、そして名もなき若者たちだった。
彼らは何を思って、ここで最後の戦を選んだのだろう。
未来か、誇りか、それとも意地だったのか――。
そして、そんな彼らの「最期」を眺めるように、この場所は今日も残っている。
観光客が笑いながら記念撮影をし、子どもたちが走り回る芝生の上に、そんな静かな記憶が積もっている。
僕は、展望台をあとにして、城郭内の道をゆっくりと歩いた。
風がそっと吹いて、木々を揺らす。
歴史というのは、教科書にあることじゃない。
それは、こうして「立ち止まったときに染みてくるもの」なんだと、少しだけわかった気がした。
ポケットの中で、朝市のメロンジュースのレシートがしわくちゃになっていた。
さっきまでの旅の軽やかさと、この場所の静けさ。
両方が、僕の中に今、確かにあった。