稚内港の出会い、そして別れ
北の港町、稚内。
旅の途中で出会った二人は、かつて旅人だった店主の言葉に心を動かされる。
そして、それぞれの帰路につく朝。
別れの寂しさと、新たな決意が静かに胸に灯る。
人生の旅路はまだ続く——そんな、短くも鮮やかな一瞬を描く物語。
フェリーがゆっくりと稚内港に滑り込み、潮の香りが冷たく頬を撫でる。
朝の澄んだ空気の中、僕たちは港町の細い路地を歩きながら、彼女が聞いたという喫茶店のことを思い出した。
「昔、ここに旅人だった人が店を開いているらしいんだ」
彼女の声に僕は小さく頷いた。
古びた木の看板が揺れる喫茶店の扉を開けると、落ち着いた風貌のマスターが静かに迎え入れてくれた。
カウンターの奥から放たれる温かな空気に、僕たちは自然と肩の力を抜いた。
「旅は目的地じゃない。旅先での偶然の出会い、そこから得る気づきが本当の宝なんだ」
マスターの穏やかな声が耳に染みる。
「心を開いて感じること。そうすれば旅は単なる移動じゃなく、人生の彩りになるんだよ」
二人はその言葉を胸に刻み、店を出た。
やがて駅に着く頃、別れの時間が近づいていた。
彼女の帰る先は、長い旅の終着点である家だった。
ホームのベンチに並んで座り、言葉少なに視線を交わす。
互いの手のぬくもりを感じながら、どこか寂しさが胸を締めつける。
「また、会えるよね?」
彼女が小さく問いかける。
僕は少し迷ってから、やさしく答えた。
「きっと。旅は終わらないから」
列車の発車ベルが響き、ドアがゆっくり閉まる。
彼女は振り返らずに席に着き、窓の外に視線を落とした。
僕はその背中を見送りながら、胸の奥にぽっかりと空いた穴を感じた。
けれど同時に、この旅での出会いがこれからの自分を支えてくれるという確かな想いも胸にあった。
汽笛が鳴り響き、列車は静かに動き出す。
僕は重い荷物を背負い、宗谷岬へと続く北の道へ歩みを進めた。
離れていても、心は繋がっている――そう信じて。