花の島、礼文へ
地図の果てにある礼文島。
けれどそこは、旅の終わりではなかった。
北の海を越え、ようやくたどり着いた静かな港。
澄んだ空気と、足元に咲く名もなき花が、心にそっと語りかけてくる。
誰かと歩く旅路が、見慣れた風景を変えていく。
世界の端にある島で、僕らの物語はまたひとつ、新しい扉をひらいた。
フェリーが島影をとらえたのは、それからしばらくしてだった。
うっすらと朝もやに煙るその輪郭は、最果てという言葉の響きとは裏腹に、どこか柔らかく、静かにそこにあった。
「……あれが礼文島?」
僕が指さすと、彼女は静かにうなずいた。
「うん。花の浮かぶ島」
その横顔に、少しだけ誇らしさがにじんでいた。
礼文島香深港。
フェリーが桟橋に着岸し、タラップが下ろされる。
僕たちはゆっくりと船を降りた。
足元に感じる、揺れのない確かな大地。
旅の終わりではない。むしろ、新しい風が吹きはじめるようだった。
港の建物を抜けると、どこまでも広がる草地の緑と、低い山並みが迎えてくれた。
空気はひんやりとして澄んでいて、深呼吸するたび、体の奥まで満たされていく。
「ここに立つと、島って“世界の端”じゃなくて、始まりの場所みたいに思えるんだよね」
彼女は言った。
僕はその言葉がよくわかる気がした。
バスの時間まで、まだ少しあった。
僕たちは港から続く坂道を、歩いてのぼっていくことにした。
途中、小さな花が足元に咲いていた。
風に揺れながらも、しっかりと地に根を張っている姿が、どこか彼女に似ているような気がした。
「ここから見える海、ぜんぶ北の風を受けてるの」
そう言いながら、彼女はファインダー越しに風景をのぞいた。
僕は立ち止まり、彼女がシャッターを切る音をただ静かに聞いていた。
この瞬間が、忘れられないものになる予感がしていた。