ツン……デレ?
朝、布団の中でぬくぬくしていると、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「ほら!起きなさい。なんで毎回毎回私があんたのこと起こさなきゃならないの!いい加減起きておいてよね!」
怒鳴る声の主、七瀬紗月――俺の幼馴染。両親公認で、毎朝こうして起こしに来るのが日課だ。
その声に反して、気配が近づいてくる。布団の中に冷たい手がスッと入ってきて、お腹をそっとなでる。
「全然起きないじゃないの!はぁー、嫌だけど……本当に嫌だけど!起きてる方、触りに行くしかないか。しょうがない……まったく」
手が、だんだんと下の方へ滑りかけ――
「やめんかボケ!」
さすがに俺も飛び起きた。
「ちょ、ちょっと!何よその言い方!べ、別にやましい気持ちとかないし!すっきり起こすための……正当な、そう、正当な手段なんだから!」
……朝からバッキバキで心臓に悪い。
「は、早く水でも浴びて、目を覚ましてきなさいよ!ちょ……変なもの見せないでよ!変態!はい、これ、シャツとパンツ!」
そう言いながら、紗月は自分のカバンから俺のシャツとパンツを取り出して渡してくる。顔を真っ赤にしながらもツンと澄ました表情を保ち、しかし視線はしっかりこちらをガン見している。いや、普通に目を外せ!マジで気まずいから!
俺は慌てて服を手に取り、シャワーを浴びて、部屋に戻ってきた。
すると、紗月は俺のベッドの上で枕をぎゅっと抱きしめていた。
「勘違いしないでよ?あんたがまた寝ちゃうかもしれないから仕方なくよ!ほら、早く制服に着替えなさい、別に見たくないけど……陽太が変だと、私まで笑われるでしょ!だから変なところがないか見ててあげる!それだけ!」
枕抱きしめパターンは初めてだが、まあ、いつものことなので諦めて制服を着る。
俺が着替え終わると、紗月は立ち上がり、ポンと手を叩いた。
「よし、出発よ!遅刻したらあんたのせいだからね!……一緒に行きたいとかじゃないけど!ただ……道端で倒れられたら困るから、見張ってるだけなんだから!……そ、それに……陽太が死んじゃったら、最悪、私も後を追わないといけないし!」
いやいや、最後の一言の重さおかしいだろ!?
俺はため息をつき、鞄を肩にかけると、部屋を後にした。
登校中、横を歩く紗月が、ちらちらとこっちを見上げてきた。
「あ、あんたさ……この前、明日香と二人で買い物に行ったんだって?」
恐る恐る、といった声色。表情はツンとした顔でそっぽを向いているが、耳がほんのり赤い。
「あぁ、行ったぞ。駅前の雑貨屋とか見て回った。そのあと、この間開店した喫茶店でお茶した」
途端に、紗月がピクッと肩を震わせた。
「べ、別に、気になってるわけじゃないから!勘違いしないで!……ただ、明日香がアホ陽太を好きになっちゃうような馬鹿だから、ちょっと入院してもらわないといけないなって思っただけ!」
ツンとした表情を保ちながら、頬がぷくっと膨れているのが妙に可愛い……が、言ってる内容がやっぱり怖い。
そして紗月は、ツンとした顔のまま、ちらっと横目で俺を見てくる。
「……で?それで?二人で何買ったの?何話したの?ひ、暇だから詳しく聞いてあげる、全部正直に話しなさい!」
目の奥がキラリと光った気がして、俺は思わず背筋を伸ばした。
「はぁーもうネタバレするけど、お前の誕プレ買ってたんだよ。サプライズしようと思ってな。だけどこのままだと明日香にサプライズが起きちまうから話すわ」
その言葉を聞いた瞬間、紗月の表情がぱっと明るくなる……と思いきや、すぐにツンとそっぽを向き、頬を赤らめた。
「へぇー、そういうことならいいけど!?でも、二人きりでお茶する必要あったのかなーって、思ったりするんですけど!……ば、バカ!次やったら監禁しちゃうんだからね!」
しばらく俺が沈黙していると……
「……ど、どう?うまくできる?」
俺は苦笑して肩をすくめる。
「根本的に間違ってるけど、雰囲気はばっちりだぞ。」
紗月はふんっとツンとした顔で腕を組む。
「ふん!そんなこと言ったって今さら変えるのは無理なんだから!でも……陽太に近づく女は半殺しにしてあげてもいいんだからね!」
「うん、だから、ところどころ物騒なんだよ!」
――この女、ノリノリである。
このくっそ重い幼馴染・紗月は、いわゆるヤンデレというやつだと思う。いや、正直わからん、変態要素もたっぷり混ざってるかもしれない。高校生になって、俺がクラスの女子とちょっと仲良くし始めたあたりから、だんだんと重たいやばめの発言が増え、変態チックになっていった。最初はやんわり謝ったり、軽く怒ったりしてやり過ごしてきたのだが、さすがにこのままだとまずいと思った。しかし下手に拒絶すると身の危険を感じたので、「実はツンデレが好きなんだ!」と苦し紛れに適当なことを言い、ツンデレっぽい感じで頼む!と懇願した。その結果がこれだ。
「つーか、どうして俺が明日香と買い物行ったの知ってたんだ?」
「言ったでしょ!あんたが事故にあわないかどうか見張ってるって!それに私はあんたのお母さんから頼まれてるの!『陽太、ぼんやりしてるから、見ててくれると助かるな』って!……べ、別に私が気になって追いかけ回してたとか、そういうんじゃないんだから!何度も同じこと言わせないで、陽太のことが好きとかそういうんじゃないから!変態!」
「紗月、だからそれ幼稚園の時の話だろ……それに嫌ならしなくてもいいんだぞ」
「べ、嫌だなんて言ってないでしょ!それとも見られたらまずいことでもする気なの!?……私を怒らせたら、知らないんだからね?私、陽太のためなら何だってするんだから……たとえ捕まるようなことでも、ためらわないんだからね!」
最後に『ね!』ってつければいいと思ってる絶対に。俺は確信した。
学校に着くと、授業中はさすがに大人しいが、休み時間になると番犬のように俺のところに引っ付いてくる。
「あれ、紗月ちゃん今日はポニーテールなんだ!かわいいね!」
最近俺たちと仲がいい明日香が、にこっと笑いながら話しかけてくる。
「ふ、ふーん、ありがと。でも、これは陽太の希望だから、仕方なくよ!」と紗月が照れたように顔をそむける。
俺はそんなこと頼んでいないが、ツンデレといえばポニーテール、という自己解釈らしい。ちなみに言い忘れていたが、紗月はとんでもなく美人である。正直、おかしくなる前は、告白する寸前だった――いまは保留中だ、ただこのまま告白して、大人しくなるならそれでもいいかとも思っている。多少束縛されても、お釣りがくるくらいのポテンシャルがあるからだ。
昼食は6人くらいの男友達と購買で買って食べている。紗月もこういうのは邪魔してはいけないとわかっているようで、特に何もしてこない。むしろ女子グループの中で談笑しながら、楽しそうに笑っている。けれど、たまにこちらをチラッと見てくるのがわかる。
俺がそっと視線を向けると、必ず目が合う。しかし、その瞬間、紗月はぷいっと顔をそむけ、頬を赤らめる。さすがだなと、思わず笑いそうになる。
「なあ、次の試合のメンバー決まった?」
「おう、先輩たち戻ってくるからポジション微妙なんだよな」
「昼練どうする?前回ボロ負けだったし」
「それなー。あと課題やった?明日提出だろ」
「マジか!?やっべ、全然手つけてねえ!」
「お前また徹夜じゃん。もう慣れたろ」
俺は笑いながら相槌を打ちつつ、つい横目で紗月の様子をうかがう。やっぱりまた目が合った。けれど彼女は、ぷいっとそっぽを向く。……変なとこで徹底しすぎだろ、ちょっと怖くなる。
授業が終わり、チャイムが鳴ると、教室内は一気にざわめき始めた。友人たちはそれぞれ帰り支度を始め、机の周りで次の遊びの予定を立てている。俺も鞄に教科書をしまいながら、何気なく横目で紗月の方を見ると、女子たちと楽しそうに笑い合っていた。席を立つとき、ちらりとこちらを盗み見る紗月の視線に気づく。目が合うと、彼女はぷいっと顔をそむける。その仕草が新鮮なようで、懐かしいような感覚で、だんだんと癖になってきていた。
教室を出て、昇降口で靴を履き替え、一歩外に出たところで気配を感じる。後ろを振り返ると、案の定、紗月が少し離れたところで立っていた。やれやれ、と少し笑って手招きする。
「へぇー私と帰りたいんだ?べ、別にいいけど!?」と近くに寄ってくる。
「……それにしても、昨日の今日でよくそんなツンデレっぽいセリフ覚えてきたな」
「陽太のお願いだから頑張ったんだもん……あーあ、今日は慣れないことして疲れちゃったなー。誰かに手を握ってもらわないと転んじゃうかもなー。で、できれば陽太がいいかも」
放課後、校門を出たところ。まだ陽は高く、柔らかな光が通学路に差し込んでいる。制服のスカートがそよ風にふわりと揺れ、彼女の髪がきらきらと光を受けてきれいに輝いていた。
顔を真っ赤にしながら、そっとちらちらこちらを見上げてくる紗月。その恥ずかしさ混じりの仕草に、思わず胸がきゅっとなる。
本当に、とてつもなくかわいかった。
ヤンデレもツンデレでもない、ただのおねだり。
なんだかんだ、ずっと好きだったのだと実感する。好きという気持ちが胸の奥からうねるように湧き上がり、気づけば全身を熱くさせていく。多分俺も、顔が真っ赤になってるんだろうな。
「……毎回そんな感じで頼む、あんまり怖いこと言うな。エッチなのは……まぁ悪くない。ほら、いくぞ」
指を絡めて握ると、紗月はびくっと肩を震わせ、照れたように顔を俯ける。
「う、うん。頑張ってみる」
どうやら伝わってくれたようだ。
ヤンデレ系は、サッと読めてグッとくる感じを目指しています。
読んだついでに感想とか意見とか投げてもらえると、とても嬉しいです。