#008 ガンダム、合掌
はてさて…
今回の亀組の日常は…
「成敗っ!?」 You got a mail…You got a mail…
上様の決めセリフと同時に母好江の携帯電話に父宗郎から返事のメールが届いた。僕はそのメールの内容も気になったが、しかし、上様の切なくも猛々しい表情に釘付けになっていた。
「あら、{今日は遅くなるから、先にご飯を食べていなさい}だって!」
「ふうん」
僕は上様の余韻に浸りながら気のない返事をしてしまっていた。しかし時代劇というものは素晴らしいものである。幼児期にこのように分かりやすく善悪を見せられるという事は非常に大切な事である。上下の人間関係を示したり、人を敬うという事、人情と言うものを映像で見るという事は本当に大切な事である。
良いは事良い。悪い事は悪い。その思考回路があって初めて、善の中の悪や、悪の中の善を理解できるのである。まずは人間的な善悪の基準を明確に持つ事である。その後で自分なりの幅を持たせれば良いだろう。
「ねぇー今日は何カレーなの~?」
「何だと思う~?」【出てしまった・・・質問返し】
「このまえが魚だったから~こんどは肉~でしょ~?」
「ざぁ~んねぇ~ん!」
「えぇ~なになに~?なんなの~?」
「 何でしょう?三択です。①野菜いっぱいカレー ②スープカレー ③具無しカレー(ご飯大盛り)さて、どれでしょうかっ?」
「③はイヤだから~、①でしょ~?」
「正解はっ・・・・・②のスープカレーでした~、残念っ」
「スープカレーってなに~?シチュー?カレー?」
「お楽しみにぃ~!」
そう言うと母好江はキッチンに向かって歩いていった。そこは母好江の城であり、完全に統治されていた。最近は静子もそこで手伝う事が多くなってきていた。
半年前に彼氏の存在が表沙汰になってから、母好江は何かと静子を城に呼ぶようになった。それはお説教でも小言でもなく、母の娘に対する必要不可欠な教育(躾と嗜み)のためであった。それまでは料理といえばスクランブル・エッグか電子レンジ(チン・健一)かといった末期的な症状であった静子も、母好江の教育によって見違える程の料理の腕前になっていた。【愛の力は本当に凄いな。彼氏に対する静子の愛、静子に対する母好江の愛。これ程までに人は進歩するんだな。】
僕は二階の自分の部屋にカバンを持って行った。そういえばまだ着替えてもいなかった。鬼ごっこはしていないから汗はかいていないが、このままでは何だか気持ちの切り替えが難しい。僕は小さなタンスの下から二番目の引き出しを引き出して、二番目にお気に入りのズボンを出し、その上の引き出しからNikeのシャツを出した。
「むね君っ、着替えましょっ・・・あら、ごめんなさい。もう出してたのね~。」
そう言って母好江はエプロン姿でカンプ・ノウに入場してきた。僕は自分ひとりでズボンを履き、シャツを着替えた。母好江は僕が脱いだ服を持って行った。
「じゃあ、下で夕ご飯作ってるわね~」
「はぁぁ~い」
僕はベッドの上に無造作に体を投げ出すと、昨日の夜に読み始めたガンダムの本を開いてみた。そこには様々なモビルスーツとそれらの細かい部品の名前、ジオン公国の歴史から、一年戦争の流れまで事細かに書かれていた。僕が初めてこのアニメーションに出会ったのは2年前のお正月であった。父宗郎の実家に行った時にそこのお兄ちゃんに見せてもらった時に、僕は取り立てて衝撃も何もなかったが、印象にだけはしっかり残っていた。父宗郎も懐かしがって見ていたが、それがファーストではないと分かると
「いいかい。ガンダムはまずファーストを見るんだよ!」
そう言って笑顔で、見つからないようにお兄ちゃんにお小遣いをあげていた。その次の日の夜、父宗郎はひとつの紙袋とともに帰宅をして、夕食後に僕をソファーに呼んだ。
「いいか、宗則。これは大切にするんだぞ!小学校に入ったら、DVDを買おう。」
僕は目の前の本の厚さに驚いたと同時に
「ありがとう、お父さん。これ、ガンダム?」
「そうだよ。ファーストガンダムだ。まずはここからだ。」
そう言うと父宗郎は新しい缶ビールを開け、満足そうにそれをのどに流し込んだ。
「ムネ君わかるの~?ガンダム。」
姉静子が中途半端な興味を持ってソファにやってきた。確かに女性にとってガンダムは、ある時期まであまり意味を持ち得ない。何冊もある本を一つ一つ僕と姉静子の二人で手にとって見ていると、父宗郎がある一冊を手にとって嬉しそうにビールをのんでいた。
「やっぱり、シャアかな~?アムロかな~?」
「えっ?安室ってガンダムからきてるの?」
姉静子も若かったのである。卵が先か鶏が先か、そんな事ではないが、とにかく若かったのである。
「ちがうよ!アムロ・レイだよ!波平の方じゃない。」
父宗郎は真面目である。それゆえか、お酒が体内に注入されると一気に細胞たちが暴動を起こし始めるようである。この一人体内酔拳は時にどんなお笑いよりも面白く、時にどんな芸術家よりも前衛的であった。しかし父宗郎のこのアバンギャルドな側面は、異性には理解されにくいもののようであった。・・・合掌っ・・・
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エピソードに続きます