#006 お帰り、人間模様01
はてさて…
今回の亀組の日常は…
夏を思い出したかのような太陽が、母親にたしなめられるように我に返り始めると、お迎えのママ達が自慢の自転車をとめる音をさせ始めた。そして、様々な出来事や、新しい塾や英会話学校の話を咲かせ始めるのだ。
「はい、では、きょうもたのしかったですかー? しっかり、おかあさんと、おとうさんに、きょうのおはなしをしましょうねー。 おゆうぎかいのおはなしも、しましょうねー! よろしいですかあー?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ~いっ」
「では、おむかえにこられたみなさんから、かえりましょう~」
常に先頭をきって帰っていくのは、助教授である。14時30分過ぎにお帰りとなるところ、助教授の母は14時10分には近くのスーパーにボルボS70を駐車し、その日の夕食の食材を購入し、14時21分には幼稚園の玄関でスタンバイしている。助教授の母、木之下喜代子はとても上品な女性である。助教授同様頭脳明晰であったが、慶応義塾大学卒業を決して表に出さない素晴らしい女性である。
「のぼる。帰りましょうね。」
「はい」
何とも古風で少し厳しさも感じるが、助教授を見つめる母喜代子の笑顔からは、愛情しか感じることができない。何とも清清しい場面である。
そんな助教授の後ろ姿の先には次々とお迎えの方々の姿が現れてくる。そこには様々な人間模様が表れている、それは僕の密かな楽しみであり、何よりの学びの場となっていた。
「はぁ~い、さらちゃ~ん。おかぁさんよ~」
レイチェルの母、皆川タミは豪快である。いや、豪傑である。それには様々な事情が存在した。レイチェルの父親である皆川稔は海外出張が多く、常に留守にしていた。特に最近の世界情勢からも推測できるように、東南アジア(中華人民共和国・・)が皆川稔の第二の故郷となっていた。であるからこそ、レイチェルの母皆川タエは強くならざるを得なくなり、またそれを見事に体現していた。
「さらっ!お弁当食べた~?美味しかった? ほいっ、帰るよっ!」
「ママーにんじんたべれないって~」
「ニンジンじゃないって言ったでしょ~!ゴボウよ~!おいしいじゃん」
「ええぇ~たべれない~」
「ほら行くよっ」
そう言って豪快にレイチェルを背負って帰っていく。その姿からは母親というものの強さと暖かさを感じてしまう。レイチェルは背負われながら靴をブラブラさせて、母タエの豪快な笑い声とともに角を曲がっていった。
「じゃあな~、ムネノリ。」
タナチョウはお爺ちゃんの留蔵とすでに手をつないでいた。祖父留蔵の頭髪は少なからず地球温暖化の被害を受けてしまっているようであり、さらにそのズボンからは、常に罰ゲームの薫りがしていた。
「せんせい~またねぇ~」
「こらっ。ちゃんと、さようならって言いなさい」
「はぁい。さぁようなぁらぁ~」
世界遺産の母、高畑容子は一見普通である。常識も礼儀もある。しかし、よくよく観察をしてみると、確かに世界遺産の母である。眼鏡はマルブチ(ジョン・レノン)であり、ウエストポーチとバンダナ(ともにAddax)は標準装備である。しかし、靴には確かにNikeと書いてあるが、スウェットの背中には缶コーヒー(Boss)の渋い親父に良く似た顔がプリントされており、その下には小さく「 Buss ! 」と書いてある。包容力と愛情の塊のような親父に言わせるセリフとしては、あまりにも右よりである。
「また・・・明日・・・」
大物はゆるぎない。竹中はカバンを斜めにかけると、母親の竹中寿子のもとへとゆっくり歩いていった。親子そろってヒスパニックに丁寧にお辞儀をすると、僕に少しウインクをして座布団を敷かれた自転車の荷台にまたがり、滑るようになめらかに進んでいった。
僕の母好江は少し遅れてやってきた。
「むねのりく~ん。おかあさんがこられたわよ~」
「はぁ~い」
しかしキンキン声である。
「せんせい、さようなら」
「ありがとうございます。失礼します。」
「はい、お気をつけて。じゃあね~むねのりくん」
「はい」
僕の母好江は、本当に良くできた母であり妻である。好江の実の母である織田初恵は好江を本当に厳しく躾けたのであろう。
「今日は楽しかった?むね君っ」
「うん。今日はお庭でお昼を食べたんだ。サンドイッチもおいしかった。」
「そっか~今日はあったかかったもんね」
「ねぇ、今日はお父さんは何時に帰るの~?」
「今日は遅くならないって言ってたわよ~。でも、今は忙しいからわからないわね~。早く帰ってくるといいね~!今日は・・・」
「カレーでしょ!」
「そうっ!何でわかったの~? 匂いした~?」
「ううん、なんとなく。」
親子とは面白いものである。考えている事が伝わっていたり、感じたりする事が決して少なくないのである。以心伝心とでもいうようなものであろうか。特に僕は母好江とのニュータイプ的意思伝達の相性が良いようである。
「よしっ! じゃあお家に帰ったら、お父さんにメールしようっ!」
僕と母好江は手を強く握りなおして少しスキップをした。
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