#005 おやつ、パイナップルジュース
はてさて…
今回の亀組の日常は…
月・水・金はミカンジュース、火・木はリンゴジュースと決まっていた。純国産果汁100%の美味しいジュースだ。そこにカルシウムや各ビタミン満載のウエハースが付いてくる。成長期に不可欠な栄養素を補い、さらに栄養のバランスを考えたものである。
素晴らしいおやつの時間になるはずであった・・・鬼ごっこを終え、汗ばんで帰ってきたみんなは先生に着替えさせられ、さっぱりして席についていた。タナチョウも本日の仕事は終了と言わんばかりに、疲労の表情に満足を見て取れた。
「はぁい、おやつですよー」
そう言いながら配られたのは、他ならぬパイナップルジュースであった。これは健康面から考えても素晴らしい飲み物であり、おやつの飲み物をみんなが飽きないようにするための、サプライズジュースであった。以前、同じようなサプライズでグレープジュースが出された時は好評であったが、ミロが出された時は革命前夜の静寂感が教室を支配した。
「えぇー なにこれー」
「なんか へんなにおいー」
革命とはいかないまでも、飲む前から様々な疑念が渦巻いていた。僕もまじまじとコップを見ながら、ウエハースの袋を破いていた。隣の北斎はもうゴクゴクと飲んでいる。よほど鬼ごっこでノドが渇いたのだろう。確かにあれだけベム小林に執拗に追い回されてはノドも渇くだろう。
「せんせい、これ なんていうジュウスなのー?」
「パインアップルだよー」
先生よりも早くベム小林の質問に答えたのは、「八百屋の三男坊」こと森浩太であった。彼はフルーツに関して異常なほどの熱意と知識を持っていた。しかし、父親はネジ会社のサラリーマンであり、母親は近所のスーパーのレジでパートをしていた。その身長の低さから三男坊となっていたが、略して「八百三」と呼ばれるのが通例となっていた。
「からだにいいんだよー」
「ふぅーん・・・んぐっ・・・まずいよー」
「そんなことないよー」
確かにベム小林の感想は正しいのかもしれない。みかん。リンゴにくらべてパイナップルは大人びた味であるのかもしれない。そこにはあの伝説の回復アイテム「桃の缶詰」ほどの甘さも魅力もない。「缶詰界の吉永小百合」と言われる桃の缶詰には全てが備わっている。もっちりした桃はもちろん、開発者、生産者が国家、国連、EUなどから表彰されるべきなであると思わせるのは、あの汁の存在である。あの汁、時代を間違えて生み出されていたならば、国家間の戦争の要因にもなりえる存在感である。
「だめだーのめないよーまずーい」
「だいじょぶだよー」
「のめるよー」
生理的にパイナップルの味になじめないベム小林のまわりにはいつしか何人かが集まり、励ましていた。【社会がすさんできている事は確かなのかもしれない、しかし、優しさもまだ決して失われてはいない】
「うえーまずかったぁー」
僕もその味を確かめながら飲み干して、コップを洗って所定の位置に戻そうと洗面台にむかった。隣でコップを洗う丈志を少し強く見つめながら、被爆体験の被害報告と賠償問題についての会談の席を申し込もうとしたが、落ち着いた声によってその愚行は未然に防がれた。
「いい青空だったな・・・それでいいじゃないか・・・」
大物は戦いを求めない。どこまでも続くような青空、暖かく包み込んでくれる緑の大地、絶えることのない笑顔、揺るぎない愛情。許すという事は何よりの学びであり、それは自分自身の中の弱さとの戦いなのかもしれない。
「あぁ・・・」
僕は我に返ってコップの水をきって、棚の奥にしまった。差し込んでくる傾き始めた陽光の中で、何だか清清しい気持ちになっていった。竹中の姿はもうそこにはなく、丈志がコップを拭きながら無垢な笑顔をこちらにむけていた。
「まずかったねー!のんだー?むねのりくん」
「うん。でも、おいしかったよ」
「すごいねー」
超宇宙的な評価を与えてくれた丈志のTシャツの胸にはBad Boyという文字が刻まれていた。自白なのか、それとも確信犯なのか、僕は複雑な思いに包まれていた。
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