#004 お昼寝~北斎
はてさて…
今回の亀組の日常は…
満腹感が眠気を誘うのか、眠る為に食べるのか、そんな事を考えながら僕はお昼ね用タオルケットにくるまっていた。隣では北斎が寝息を立てている。残念ながら顔は反対側を向いてしまっているが、何やら北斎からは常人からは感じえないものを僕は確かに感じていた。
僕もそろそろ夢の中へ旅立とうとしていた時、ふと寝返りをうつと、そこには目を閉じてはいるが決して寝てはいない二人の姿があった。『待ちきれない思春期一号・二号』こと、宇佐美翔と今志乃ぶである。一号宇佐美翔は確かに顔立ちが良く、そして何より母性本能を極限にまで引き出すことができる「笑顔」という核兵器を兼ね備える事に成功していた。助教授はこれを『戦略的核武装』と公言していたが、まったくその通りである。二号今志乃ぶはただただ毎日が楽しくて仕方がない大学一年生のような女性である。顔立ちは良く、素直であるが、礼儀を知らないという一面がその魅力を地の底まで落とさせていた。二人は何回か目を開けては笑いを堪えながら昼寝という秘密の時間を楽しんでいた。
優しい静寂があたりを包んでいた。
「・・・・ぷすぅ~・・・・・」
風船から空気が漏れるような音がした直後に、この世のものとは思えない邪悪な空気が流れてきた。五感を完全に機能停止に追いやらんばかりのその放屁に僕は気を失いかけてしまった。
「せんせい・・・トイレいく・・・」
「うん、いこうね。」
そう言うと北斎の隣に寝ていた中村丈志はヒスパニックと歩いていった。中村丈志は双子の兄であり、弟の中村正志は鶴組である。この二人は瓜二つである。丈志と正志、二人はその場に並んだとしても識別は非常に困難な作業になってしまう。先日も、正志と丈志が入れ替わり無事に一日を終えるという完全犯罪が見事に成立していた。後日それは丈志からの告白によって初めて僕たちが知らされたものであった。
丈志がトイレに行った頃には毒ガスも弱まってきていた。意識もハッキリして正常な感覚が戻り始めていた。その時僕は大変な事実に気がついてしまった。【まてよ、僕の位置であの純度で被爆してしまったんだ、北斎はどうなってしまうんだ、直撃ではないか。あの威力を直撃ではひとたまりもない。生きているのか。いや、生きていてくれ。僕はまだ何も伝えられていない・・・】
「はい、みなさん。おきてくださぁい。」
何も知らないヒスパニックが優しい声でみんなを起こし始めていた。僕は気が気ではなかった。北斎の身に起こった惨劇を考えただけで生きた心地がしなかった。しかし、そんな僕の思いは無駄であるという事を北斎の優しい寝顔が教えてくれた。そう、北斎は完全睡眠という方法で被爆を免れていたのだ。ヒスパニックに起こされた北斎は、目を擦りながら立ち上がって自分の机の方へと歩いていった。
駆け足で戻ってきた丈志は、少し青ざめた様子で自分の席に座っていた。少しして同じようにお昼ねの終了した鶴組から正志がやってきた。正志は丈志の机の近くで笑いながら話している。少しでも目を離すと、どっちがどっちか分からなくなってしまう緊張感をよそに、大声が話しかけてきた。
「なぁ、みんなで鬼ごっこしようぜ!」
「やるやるぅー」
「そとでやろうぅー」
男子ほぼ全員がタナチョウの誘いを受け入れていた。二丁目の世界遺産も塗り絵をやめて、タナチョウのそばではしゃいでおり、丈志も正志もすでに靴をはいて外に出ようとしていた。
「やらないのかー宗っ。」
「そのうち行くよ。」
僕の気のない返事にも、タナチョウは親指を立ててウインクをして見せただけだった。
僕は何かが引っかかっていた。それは何だか分からないが、確かに何かが引っかかっていた。みんなが庭で楽しそうに鬼神に追いかけられている様子を眺めながらも、心はどこかに飛んでしまっているようだった。僕は焦るように塗り絵帳をひろげ、午前中のガンダムの次のページのリック・ドムに取り掛かった。赤や青ばかりが減ってしまったクレヨンを見て、ふと、全く使われていない紫と群青色を手にしていた。
思惑通りにリック・ドムの塗り絵に夢中になれた時に、北斎とその一番の友人の『レイチェル』こと皆川沙良が、僕の机のそばで僕の塗り絵を見ていた。
「むねのりくん、おにごっこしないのー」
「うん、ぬりえをしてるんだ。」
「ふぅん、ねえ、みせてみせて。」
「だめだよ、へたっぴなんだから・・・」
僕は恥ずかしかった、突然の訪問に驚いてしまっていたという事もあったが、それよりもあの北斎に絵を見られるという事だけは、なぜか許せなかった。
「ええーみせてよぉーガンダムゥー。」
北斎の口からガンダムという言葉を聞けただけでも嬉しかったが、それとこれとは話が違っていた。
「ちがうよ、リック・ドムだよ。ガンダムじゃないよっ。」
「どっちでもいいよーみせてー。」
「だめだよーぜったい。」
「ふん・・・けちーー。」
僕はなぜそこまでかたくなに拒んだのか分からない。レイチェルに言われたら難なく応じた気がした。しかし、見せてくれと言い続けたのは他でもない北斎であった。僕はさっきまで引っかかっていたものが、大きくなっているように感じた。今度はさらに少し苦しくなってきていた。【さてはあの毒ガスのせいだな、あれだけの純度で被爆したんだ、苦しくても当たり前だな。しかし、無意識下であるが僕以上の高純度で被爆した北斎はどうだ、全く問題なく外で鬼ごっこをしている。おかしい。では、原因は何だ。何なんだ・・・】
「にんげんにしてやるーにんげんにしてやるー」
庭から聞こえる鬼神の叫びに我に返った僕は、急いで立ち上がって開け放たれた窓の方に走っていった。そこには鬼神の手から逃れようと最期の抵抗をしているベム小林の痛々しい姿があった。一分と言わずに、あっという間に捕まえられ、人間を通り過ぎ鬼となってしまったベム小林は、一人でクルクル回ったかと思うと、急に走り出して女性ばかりを狙っていた。僕はいつしか笑顔になっていた。
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