#021 倉敷保夫・金子達仁
はてさて…
今回の亀組の日常は…
「ねえ、お母さぁん。」
「なぁに?むね君。」
「おりがみっておもしろいよね!」
「そうだね~!でも、急にどうしたの~?今日折ったの~?」
「うん・・・瑞希ちゃんとつるをおったんだ~!」
「そっか~じょうずに折れた~?」
「うん・・・ねぇ、お母さん、もっと教えて~いろんなおりがみ~」
「オッケ~!いいよ~!帰ってお茶飲んだら、折り紙しようっ!」
「うんっ!」
僕はいつにもまして母好江の手を強く握り、スキップに近い競歩でうす曇のゴミステーションを後にした。
郵便受けには手紙が二通入っており、珍しくピッツアのチラシはひとつもなかった。
「まぁ、陽子ちゃんからだわ!」
「えっ!陽子お姉~から~?」
「うん、ほら」
桶狭間家の遠い遠い親戚でありながら、絆はもはや家族以上のところまで固くなっている乾陽子は、現在イングランドに留学中である。語学はすでに堪能であり留学する必要はないのだが、彼女はイングランドのスピリチュアルな世界に魅了され、5年も前からイングランド中をてんてんとしていた。
「今は、ヨークにいるのかと思っていたら、この消印だと・・・マドリードね・・・」
「すご~い、陽子姉~!サッカーも好きだもんね~!」
「そうね~今度はマドリディスタなのかしらね~」
そうなのである。確かに市の趣味・教養講座の一つとしてスピリチュアル講座もあるくらい、国民に広く認知されている霊的なものへの興味も強いのだが、それ以上にサッカー、いやフットボールには並々でない情熱の入れ方なのである。
「あれ~マドリーじゃないみたいよ~」
「え?」
「・・・あのね~、マドリーが次のチャンピョンズの対戦相手だから、偵察に来たんだって~!」
「さすが~陽子姉~だね~」
「やっぱりそう簡単に好きなチームは変わらないわよね~!」
「だってずっとスティーブンは最高なんだよって言ってるもんね!」
「うん、ビートルズだけじゃないんだぞ~ってね~!」
「マドリーの試合見たのかな~?」
「うん、あっ!・・・・」
「どうしたの!?」
「むね君、聞かないほうが良いかも・・・」
母好江は半笑いで手紙を読み進めてしまっている。
「何ぃ~?何ぃ~?」
「聞きたい~?ぜったい怒らない~?」
「・・・・う、うん・・・・」
「あのね~、陽子ちゃんこの前マドリーの試合観たんだって~、ベルナベウで・・・それが~」
「・・・・あっ!」
「・・・・・・・」
「ク、ク・・・・・・」
「・・・そう」
「・・・・・・・・・・」
僕の家族は僕が生まれる前からスペインリーグを中心として、スカイでパーフェクトを楽しんでいた。特に父宗郎は根っからの戦略家であり、パソコンで全試合のメンバー、天候、フォーメーション、交代、タルヘタ・アマリージャ、タルヘタ・ロハ、アルビトロなど細かく記録していた。最近のバルサ熱にも冷静に対処できているところが、イニエスタをひいきにしているところからも伺えていた。そのバルサとマドリーの試合は「クラシコ」と呼ばれ、世界中のフットボールファンが釘付けとなる。それは、フランコ将軍の時代にカタルーニャの人々が迫害を受けた事に始まり、現在でもグリーンのピッチがその代理戦争の舞台となっているのである。その「クラシコ」を目撃するという事は、歴史の一ページに立ち会うという事であり、最上の芸術という激しくも美しい経験が約束されるのである。
「・・・ク~ラ~シ~コ~!・・・」
「うん、ベルナベウでクラシコだって~」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
僕はその試合を母好江と父宗郎とテレビで観ていた。5.1チャンネルの大型テレビではあるが、そういう事ではない。画面には映らないチャビの動きも、バルサを罵倒するマドリディスタの汚い言葉も、ライカールトの背中も、ベルナベウの屋根の裏に付いているストーブの微妙な温かさも、決して感じる事は出来ない。
「・・・いいなぁ・・・」
僕も、母好江も決して落ち込んでいるわけではなく、笑顔で倉敷保雄・金子達彦を大画面に大音量で流し始めていた。
次の
エピソードに続きます
たぶん…きっと…いつの日か…w




