#001 おはよう、むね君
表町にある幼稚園の亀組の日常が
はじまります
そろそろ街路樹も色づいてきて、朝日あふれるゴミステーションの前では、散歩の犬の吐く息も白くなってきているようだ。
宗則は朝一番に起き、朝食前のいつもの儀式を始めようとしていた。二十分ほどたった後、母親の好江が部屋に入ってきた。
「むね君っ! 朝よっ! 起きなさいっ!」
宗則はこの瞬間が好きであった。母親が起こしに来る前に完全に覚醒しておいて、パジャマを後ろ前逆に着なおし、しかも布団の中で枕の方に足を向けるように寝なおして待っているのである。
「あら嫌だ、むね君ったら逆じゃな~い。早く起きなさ~い。朝ごはん食べよっ!」
宗則は【ご飯じゃなくて毎日パンじゃないかぁ】と思いながらも一階のダイニングに駆け下りていった。そこには父親の宗郎と、十三違いの姉の静子がすでに朝食をとっていた。
「おはよう、宗則。」 「おっは~むね君。」
宗則は挨拶を交わしながらも【おっは~か・・・これだから静子の彼氏もある程度楽にしていられるんだろうなぁ】と思っていた。パンにジャム(山田養蜂所産)をつけながら、流れてくるクラシック(パバロッティ)に耳を傾けていた。確かに優雅な朝食である。目覚ましテレビでも、昨日の夕食の残りでもなく、食後のフルーツまで付いてくるのである。
「おはよう、むね君。今日は寒いねー」
犬を連れながらウォーキングに励む笹岡さんが、笑顔で息を弾ませながら、ゴミステーションの前を過ぎていった。【ウォーキングは体に良いはずなんだろう。確かに犬の『レディオ』は確実にやせてきているが、肝心の笹岡さん自身の変化は見受けられない、しかもあのサングラスは斬新過ぎる。メーカーはまあいいとして、あのデザインは何なんだ。商品として狙っている階層はどこなんだ。】
となりの母・好江が挨拶を終えると、僕に手を振って笑顔で立ち去っていった。
「おはよう、むねのり君。」
田所多恵先生が素敵な笑顔で僕を抱きしめてくれた。多恵先生は好きだ。優しさの中に、きちんとした厳しさと凛とした心が両立している。母性というものを確かに感じる事ができるのだ。
「おう、おっす。宗則。しかし冷えるな今日は。」
朝一番から威勢よくカバンを投げ出しながら僕の脇に座ってきた。すこぶる悪ぶっているようで、いつまでも決して悪くはなれない(子役はずっと子役のままなのね)田中長司である。彼は足が早く、足が速い。鬼ごっこにおいては、『鬼神のタナチョウ』と恐れられている。
「・・・。」
大物は背中で語る。冷めた中にも熱い魂を込めた漢、竹中である。僕は彼の下の名前を知らない。僕以外でもそれを知っている者は極めて少ない。大物は眼差しで伝える。彼は全てを知っており、全てを理解している。それゆえ、『昼寝で悟りを開く竹中』と皆から慕われている。
こうして表町幼稚園亀組の日常が始まった。
次のエピソードに
続きます