日常③
依頼人について行き、たどり着いたのは質素な洞穴だった。洞穴に入り、入り組んだ道を進むと、そこには藁を敷いただけの簡素な布団がある。その上に妹と思われる人物が横たわっていた。
「帰ったぞ、ニーア。調子はどうだ?」
ニーアと呼ばれた少女はゆっくりと目を開けて、こちらを見る。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。その人たちは?」
ニーアの顔色はかなり悪かった。俺たちはニーアに軽く自己紹介をし、症状を聞き出す。
俺は症状を聞き出したあと、ひとつの答えにたどりついた。俺は教育をきちんと受けさせられてきた身だ。医学、薬学にも精通している。
「わかった。この病気には心当たりがある。すぐに薬草を取りに出発しよう」
ニーアの患っている病気は免疫が落ちることで発症する風邪の悪化したようなものだ。薬草と静養ですぐに収まるだろう。
「本当か!?」
「嘘だったらお礼はいらないよ」
蒼真がさりげなく報酬の話を切り出す。
「わかった、もし妹が良くなったらその時はこれだけ支払う!」
依頼人は指で銀貨三枚のサインを示した。銀貨三枚といえば、戦火の下ではそこそこの金額だ。妹を治すために今まで盗んできたものなのだろう。
「銀貨三枚でいいだろう。」
俺たちの間で交渉は成り立った。明日、陥落した城の庭を漁り薬草を取ってこよう。俺たちは帰路についた。
*
屋敷に戻り、ティアナに明日は城の庭で薬草採取をすることを伝えると、ティアナは不機嫌な顔をした。
「私も仕事を手伝うって言ったのに、いつも二人で解決してずるいわ。その妹さんだって私の魔法があればすぐに元気になるのに……」
「おまえの魔法はだめだ。目立ちすぎるし、薬草でも治るようなものに魔力を使うのはもったいない」
「なら私も明日は一緒に行くわ。私だって人助けしたいもの」
「いやぁ、人助けっていうよりもぼったくりだけどね……」
蒼真はぼったくりというがたしかに薬草ひとつで銀貨三枚はぼったくりといっても過言ではないだろう。戦争で知識も失われている。そのため教養のあるものは教養のないものからお金を巻き上げられる。
事実、戦争前ならこの薬草は銅貨五枚ほどで取引出来ただろう。
「仕事は仕事でしょう? 薬草探しなら私だってできるわ。一緒に行かせて?」
ティアナは眉を下げ、困ったような顔で尋ねてくる。俺は仕方ないと思い蒼真を見て頷く。
「ライが良いなら僕も良いよ」
「本当? やった!」
「危ないこともなさそうだしな」
*
翌日、三人は王城へとやってきた。王城の入口には多くの貴族の亡骸が反乱時のまま転がっていた。
ティアナの顔色が悪い。気にかけて声をかける。
「ティアナ、大丈夫か? 顔色が悪い。無理してついてこなくても」
「大丈夫よ。魂の怨恨にちょっと気分が優れないだけ……」
俺はティアナに魔法をかけた。意識を鈍らせる魔法だ。繊細な彼女にとっては、反乱の中心になったここは色々と感じてしまうものが多いのであろう。
ティアナの顔色が良くなった。魔法の効果が出てきたようだ。
「ライ、ありがとう。少し楽になったわ」
「ん。蒼真は大丈夫か?」
俺たちにとって必死で逃げ出したのは敵の拠点だけではない。反乱時の王城もだ。嫌な思い出は蒼真にもあるだろう。
「もちろん。だってここは僕の庭だよ。懐かしいことはあっても辛いことなんてないね」
蒼真はニコニコと笑顔で答える。俺の護衛として貴族を切り倒して進んだことも蒼真にとっては懐かしい思い出のようだ。蒼真にとっては俺を王城から逃がしたことは栄誉ですらあるのだろう。
「なら良い。薬草が自生している庭はあっちだ」
俺は二人を中庭へと案内する。城の中は以前の壮麗さを失い、瓦礫だらけだった。足元に気をつけながら中庭へと進む。途中に見かけた宝物庫などは目も当てられなかった。貴族によるものか盗賊によるものか、金目のものは全て失われ、がらんとしていた。一応中身を確認したいことを二人に伝え、宝物庫の中に入る。
「ライ、あれ!」
蒼真は宝物庫の隅に転がっている一本の剣を指さした。錆びきっているが、あれはかつての建国の王が手にしていた宝魔剣だろうか。ここまで錆びきっていては誰も宝剣だとは思わないだろう。
「あの錆びた剣はなに?」
「あれはね、この国を建国した初代王が使っていたとされる宝剣だよ。錆びているのは、国と運命を共にする剣だと言われているからかな。反乱が起こるずっと前は錆ひとつなかったんだよ」
俺は宝魔剣を手に取る。錆びてはいるが価値のわかるものがいるかもしれない。手に取ってみると、錆びていること以外は問題なく、案外手に馴染むものだった。剣の重さもちょうど良い。鍛え直してもらえば使えるようになるかもしれない。
「その剣どうするの?」
「闇市で鍛え直してもらう。使えるようになれば良い戦力だ。錆びたままでも宝剣だと言えば買い手がつくかもしれない」
俺は宝剣を携え、再び中庭へと歩き出した。ティアナ救出の後、俺たちはお礼としてティアナの屋敷にある武器を自由に使って良いとされていたが、ティアナの屋敷にあるのは飾りの剣がほとんどだった。戦闘などとは無縁そうな一族だ。戦闘用の剣などあっても使われないだろう。
その中で唯一魔剣が1本あった。魔剣とは魔力を通すことで真価を発揮する剣で、蒼真がティアナの屋敷で盗賊を切ったときに使ったものだ。その剣はそのまま蒼真が使っている。
蒼真は剣などを媒体にすることでしか攻撃魔法を使うことしかできないからだ。だが剣を持てば国の中でもトップクラスの実力がある。その才能を見出され。幼いながら俺に仕えていたのだから。将来は間違いなく近衛騎士のトップに立っていただろう。
そんな蒼真の未来をもこの戦争は奪ってしまった。
蒼真には申し訳ないことをした。反乱を起こしたのは四大貴族だが、その原因となったのは紛れもなく俺たち王族だ。決して苦しい課税を強いていた訳でもないし、国自体は繁栄と安泰の時代だった。だからこそ王権は舐められていた。
そんなことを考えているとあっという間に中庭へとたどり着いた。薬草は生い茂る雑草に紛れている。出発前にティアナの屋敷にある図鑑で薬草の形状は伝えてあるが、この草の中から見つけるのは大変そうだ。
手分けして雑草を探し始めてしばらくすると、蒼真が薬草を持って俺の元へやってきた。
「見つけたよライ」
「よくやった蒼真。お手柄だ」
ティアナを呼び、昨日訪れた洞穴へと三人で向かう。
*
「おじゃましまーす……」
蒼真を先頭にして洞穴の奥へと進む。そこには依頼人はいなかった。ただ一人ニーアが藁の上で横たわっていた。
「……昨日の、お兄ちゃんの知り合いさんたち?」
ニーアは咳をしながら俺たちを目に写した。蒼真はニーアに尋ねる。
「お兄さんは? 買い物かな?」
「水を汲みに行ってくれたの。そろそろ帰ってくる頃だと思う……」
「そっか。じゃあお兄さんがくるまで僕たちもここで待たせてね」
「うん……」
ニーアが咳をする度にティアナは魔法を使おうとした。軽い浄化魔法だけでもとなかなか引き下がらず、止めるのが大変だった。
なかなか依頼人が帰ってこないため、俺たちは諦めてニーアに薬草を煎じて飲ませた。本当なら薬草を使用するところまで依頼人に見てもらわないと信頼に欠けるとかでお礼をもらえるか不安だが、ティアナが手を出そうと限界だったのだ。
あとはゆっくり休めば病気はすぐに良くなるだろう。そのときだった。依頼人が怪我をして洞穴に帰ってきたのだ。ニーアは既に寝ていて気づいていないのが幸いだ。
ティアナは慌てて駆け寄り、治癒魔法をかける。その速さは誰にも止められなかった。
「おまえたちは、昨日の……。すまない……。金を、盗まれてしまった」