出会い④
そう言うと依頼人は席を立ち上がった。
「え? でも報酬はさっき持ちきれないほど頂きましたよ?」
「もらえるものはありがたくもらっておくべきだろ」
蒼真は申し訳ないような顔をして断るが、今の俺たちは何もかもが足りていない。もらえるものはもらっておきたい。俺は依頼人についていった。
*
依頼人親子に連れてこられた場所は、武器庫だった。たくさんの剣や盾が至る所に並べてある。
「すごい! 剣がたくさん!」
蒼真は目を輝かせていた。捕虜になる前は、剣士として育てられていた蒼真だ。捕虜の頃も何度か一人で構えをしていたところを見た。剣が好きなのだろう。
「この中から好きなものを持っていってください。いくつでも構いません」
これはナイフしか武器を持っていない俺たちにとって、嬉しいことにほかならない。目を輝かせた蒼真は早足で武器庫の奥に入っていく。
「じゃあ、僕は……」
「きゃあああああっ!」
武器庫を歩き回る蒼真を見ていると突然、上の階で大きな悲鳴が聞こえた。
「なに!?」
慌てて蒼真が武器庫の奥から顔を出す。俺は先程までいた部屋に向かって走って行った。部屋に戻り、扉を開けると、部屋の中には食器を片付けていたのであろう使用人が血を流して倒れていた。
「っ!」
ティアナの息を呑む音が隣で聞こえた。
部屋の様子を見ると、倒れた使用人のすぐ隣に剣を持った男がいた。現場の異様さに似合わず俺の心は冷静だった。おそらく強盗だろう。
「一体何が……!」
「だめだ! 来るな!」
俺は後から部屋に戻ってきた依頼人に叫んだ。しかしその声は届かなかった。依頼人は倒れている使用人に気づき、部屋の中へ吸い込まれるように入っていく。
「危険だ! 行くな!」
依頼人を連れ戻そうと手を伸ばしたが、その手は空を掴むだけで届かなかった。強盗は無防備に駆け寄ってきた依頼人を、容赦なく斬りつけた。そして真っ赤な血が辺り一面に飛び散った。強盗の剣が、依頼人を斬ったのだ。
ずっと感じていた気配、違和感は間違いなくこの強盗だった。もっと気を配っていれば、もっと警戒していれば、こんな不幸は起こらなかったであろう。
「お母さんっ!」
ティアナの叫びが耳に入り、俺は我に返った。
「そこを離れて!」
蒼真の声が後ろから聞こえた。俺は依頼人に駆け寄ろうとするティアナを掴み、部屋から出す。これ以上犠牲は増やせない。
蒼真が一人部屋に残り、武器庫で手にした剣を使い、強盗の振り回す剣を討ち返す。強盗の明らかに動揺した動きと、蒼真の迷いのない動きでは、魔法などなくても結果は明白だ。やがて蒼真の剣は、強盗の命を奪う。強盗はその場に倒れ、部屋には静寂が訪れた。
「お母さん! お母さんっ!」
ティアナを掴む俺の手を振り払い、彼女は倒れている依頼人に走った。
「お母さんっ! もうどこにも行かないって言ったじゃん! どうしてお父さんも、お母さんまで私を置いて行くの!? どうして……! なんでっ! なんで……っ!」
ティアナは母親に抱きつき、大声で泣き出した。
「ごめん……。僕がもっと早く来てれば助けられたかもしれないのに……」
蒼真が独り言のように呟いた。
「気配はあったんだ。それをちゃんと確かめなかった俺が悪い」
そうだ。悪いのは誰よりも早く違和感に気づいていた俺だ。部屋にはティアナの泣き声が響いていた。
*
しばらくすると、部屋が静まり返った。意外にも、一番最初に気持ちを切り替えたのは彼女だった。
「泣いてる、場合じゃない。早く、二人を送り出してあげないと……」
ティアナは立ち上がり、震える声で呪文を唱える。
「我は天地の、橋渡人……。帰らぬ人を……約束の地へ。ティザーナ・エイン・ノルーグ……」
呪文を聞いて、俺はなぜティアナの家が未だ貴族としてなりたっているか確信した。敵拠点内で話を聞いて、もしかしたらとは思っていたが、間違いないだろう。この呪文は、一部の血筋でしか使うことができない回復と彼岸の呪文。
ティアナ・ヴィールスの一族は、戦争中に負傷した兵を癒し、戦没した魂を天に送るために貴族として現存していたのだろう。もしも戦乱の世の中でなければ、俺たち三人は七年前に開かれるはずだった、所謂お披露目パーティーで出会っていたはずだ。
呪文を唱えたティアナの体に、たくさんの光の玉が集まってくる。実際を見たことはこれが初めてだが、これが人の魂だといわれている。ティアナが光を体に纏うと、一度強くまた光り、光が柱となって空へ伸びていった。
彼女は少し寂しそうに微笑みながら、俺たちをシャワー室へ案内してくれた。
*
「ティアナちゃん、ごめんね……」
「守れなくて、その……」
シャワーを浴びたあと、俺たち三人は客間に集まっていた。
「そんなに自分を責めないで。私は、わかってたの。こうなること」
彼女の言葉に、俺たちは驚いて顔を上げた。
「私ね、同じ悪い夢を長い間見ていると、昔からそれが必ず現実になるの」
寂しそうに彼女は話を続けた。
「今回もそうだった。あの拠点で働いてた二週間、毎日同じ夢を見ていたわ。お母さんと再会できて、そのあとお母さんは誰かに殺される。そんな夢だった」
大した予知能力だと思う。魔力を扱える者がこうした予知夢を見ることはごく稀にある。さらにここまで力が強い者はほとんどいないだろう。俺たちは何も言えず、そこで俯いていた。
「こんな話されても困っちゃうよね」
ティアナはそう言って笑った。
「二人とも、せっかくだからうちに泊まっていってね。部屋を案内するわ」
ティアナはまだ震える声でそう言うと、部屋を出ていった。
*
あれからしばらく、俺たちはティアナの家に居候していた。衣食住が確保されていて住みやすいのもひとつの理由だが、なにより、毎朝目を腫らしながらも、明るく振る舞い続ける彼女を心配していたのだ。彼女からもぜひ居てほしいと言われ続け、なんだかんだ一ヶ月が経とうとしていた。
居間で三人でくつろいでいたある日、ティアナから相談が持ちかけられた。
「それでね、二人に相談があるの」
ティアナは自信なさげにそわそわとしつつ、俺たちにそう告げた。
「僕たちにできることならなんでも言ってね」
ティアナとは反対に、蒼真は落ち着いていた。
「私に、二人の手伝いをさせてほしいの」
俺は予想外の申し出に目を丸くした。これには蒼真も驚いたようで、表情を固まらせていた。
「手伝いだと……?」
「ええ」
ティアナは頷くと話を続けた。
「私も二人と一緒に働きたいの。このままここで暮らしてても、なにもならないわ。でも、働くって言っても、具体的にどうすれば良いのかわからないの。私は魔法以外の働き方は知らないし、それに二人と一緒ならきっと楽しいって思うし……」
俺たちと働きたい。俺はそう言う彼女の言葉に驚いて何も言えない。
「ダメ……ですか?」
俺は蒼真と顔を見合わせた。蒼真は別にいいんじゃない?と言いたそうなニコニコした顔をしている。蒼真が良いなら俺も構わない。
「良いのか? 本当に。」
しかし、この居候していた一ヶ月でわかったが、こんなのんびりした彼女に俺たちのようななんでもやる仕事は可能なのだろうか。彼女の意志が固いことは表情から明らかだが、念の為に聞いた。
「俺たちは便利屋だ。この前みたいに危険な仕事だってあるし、この屋敷のように安全でもない」
ティアナはわかっていると頷いた。
「……俺みたいなひねくれ者と一緒にいなきゃならないんだぞ」
割とこのことについては心配していたのだが、二人とも真面目な話には似合わないように笑い出した。
「ライ、自分で自分のことをひねくれ者って! よくわかってるじゃん!」
「本当ね。もちろんあなたがひねくれてるのも、蒼真が変わってるのもよくわかってるわ」
心外だが、二人とも楽しそうなので良いだろう。衣食住が約束されたこの屋敷での暮らしは俺の心を少し柔らかくしてくれたようだった。
一通り笑い終わると、ティアナはまた真面目な顔に戻り、話を続けた。
「でも、この家にいたらいつまで経っても変われないと思うの。だからお願いします」
ティアナは立ち上がって頭を下げた。
「本気なのか……」
ティアナが本気なのは充分伝わったが、彼女に危険な仕事はさせたくないし、苦労もかけたくないというのが俺の本音だ。できれば、諦めてこの屋敷で今まで通りのんびりと暮らしてほしい。
「あはは。どうする? ライア。ティアナは本当に本気みたいだよ」
蒼真はニコニコしながら俺を見る。彼が俺をライアと呼ぶのは、改まったときだけだ。どうするか問いていながらも、蒼真には俺がどう応えるのかわかっているようだった。
「わかった」
「ほ、本当に良いの?」
ティアナは予想外の返事に驚いているようだった。
「良いって言っただろ」
俺は仕方がないと頭を掻きながら応えた。
「ありがとう! 二人とも大好き!」
心晴です。まずはここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。この先も続く予定ですが、まずはプロローグということで3人の出会いまで。
タイトルが決まらないため、素敵なタイトル案がございましたらぜひとも教えてください。
また、簡単な感想でも良いので、皆様のお声をお聞かせください。初めての投稿、執筆なので、たくさんのご意見と向き合いたいと思っております。
それでは、ありがとうございました。