出会い③
俺は出口に向かって歩き始めた。見張りはやはり昼間に比べると圧倒的に少ない。耳を澄ませ、敵の動きを探りながら見つからないように進む。入口につくと、昼間とは違う見張りが二人立っていた。二人なら俺だけでも退けられるだろう。
蒼真は剣士だ。剣を媒介にして攻撃魔法を使う。しかし武器をナイフしか所有していない今、敵と満足に戦うことができるのは、媒体なしで攻撃魔法も使える俺のみだ。
「ライ、気をつけてね」
蒼真は心配そうに俺を気にかける。大丈夫だと頷き、俺は二人と離れた。
「イムンダ!」
二人と離れたところで、俺は敵に狙いを定めて攻撃魔法を放った。これは、体内の魔力を飛ばして爆発を起こす魔法だ。
「何者だ!?」
見張りは慌てて俺を見る。魔法は使える者が限られているため対処できる人間も限られている。敵が魔法に縁がないことを祈りつつ、攻撃を続ける。蒼真と少女はこの騒動のうちに拠点を出て、屋敷に戻ることとなっている。騒がしくする分には一向に構わない。むしろ派手に暴れなければ二人が脱走できない。
「おまえ、昔ここで……!」
敵のうちの一人は、俺がここで捕らえられていたときにもいた者だった。俺たちがここを抜け出したのはたった二年前の話。覚えている敵がいても不自然なことは何もない。あのときの恨みを込めて、俺は攻撃を続けた。
相手を苦しめたいのならば死なせてはならない。恨みを持つ者が相手なら尚更だ。魔力が許す限り俺は微妙なさじ加減で攻撃を続ける。拠点の入口は、まるで火事が起きたように煙でおおわれている。攻撃を一旦止めて煙の中の様子を伺う。煙の中から魔力を感じた。
見張りの二人からは魔力を感じなかったが、敵が援軍を呼んだのだろうか。警戒していると、煙の中から魔力が飛んできた。警戒していたこともあり、攻撃自体は避けることができたが、敵の中に魔法を使える者が複数いることになると圧倒的に不利だ。今も敵からの攻撃は続いている。
俺は壁に身を隠した。まだ蒼真たちが逃げてからあまり時間が経っていない。今俺がここから離れれば三人揃って捕まることも考えられるため、できる限りここで時間を稼ぎたい。しばらく回避に努めることとした。
*
敵は何人ほどになったのだろうか。先程よりも攻撃が頻繁に飛んできている。そろそろ早めに決着をつけた方が良いだろう。俺は逃げ隠れしていた壁の影から飛び出し、敵の方へ腕を伸ばし、呪文を唱える。
「ウルカトリアの守護神よ、我はこの地の秩序を守るものなり」
拳の先が黄色の光で包まれる。呪文を聞いた敵の顔が一瞬にして青ざめた。この呪文を唱えて、その力を得られる者は王族のみだ。敵の側に動揺が走る。
「全兵攻撃をやめて防御に徹せよ!」
「王族が生きているなんて聞いていないぞ…!」
「ナル・シュロマナフ」
放たれた光は敵を包み込み大きな爆発を起こした。これで敵は殲滅できたはずだ。王族が生きていることはイーゲル領主に知られてはならない。もしも情報がイーゲル領主の耳に入れば、四大貴族は再度手を取り合って俺を殺しにくるだろう。口封じと証拠隠滅のために殲滅魔法を使うのは仕方のないことだ。俺は先に拠点を離れた二人を追うために駆け出した。
*
依頼人の屋敷の前で、俺たちは合流した。屋敷に戻り、早速親子を引き合わせると、依頼人はすぐに娘に抱きついた。
「ティアナ! 良かった……! 本当に……! 無事で! うぅっ……」
「お母さん……。本当に? 夢じゃないんだよね……?」
「えぇ」
抱きつかれた少女もやっと緊張が解れたようで、涙を流しながら依頼人と抱き合う。
「良かった! 私、いつもお母さんにまた会える夢見ていて……。でもお母さん、夢だと私に会うと、いっつもまたいなくなっちゃうの……!」
「大丈夫よ、絶対にどこにも行かないから……! あなたもどこにも行かないで……!」
蒼真は満足そうに二人を見ている。満足そうな蒼真や、依頼人を見ると、依頼が無事に達成できて心から良かったと思う。しばらくしても、親子はいわゆる感動の再会をしていた。俺たちは行き場もなく、どうしたら良いのかわからずにその場で立ち尽くしていた。
「ティアナ、お風呂入って、綺麗にしてらっしゃい」
「うん」
しばらくしてやっと落ち着いた二人が離れた。少女は使用人とも抱擁を交わし、部屋を出て行った。
「本当に……本当にありがとうございました。あなたたちのおかげでまた娘をこの手で抱きしめることができました」
顔をぐしゃぐしゃにしたまま依頼人は俺たちへのお礼の言葉を述べる。
「そんなに喜んでもらえるなら、僕たちも依頼を受けて良かったです」
蒼真は依頼人に微笑みかける。正直なところ、依頼を受けて良かったとは思わないが、成功して本当に良かったとは思う。下手したら俺と蒼真も命はなかったのだから。
「あなたがたもお疲れでしょう? 空いているお部屋に案内しますわ」
依頼人に案内されて、俺たちは客間で寛ぐ。このまま夕食までご馳走してくれるそうだ。
*
「本当にありがとうございました」
夕食の席で改めてお礼をする依頼人親子。敵地にいたときはあまり感じなかったが、少女は俺たちと同じ歳らしい。着ているもので随分と雰囲気が変わる。
「美味しい! これすごい美味しい! こんなの食べた事ないよ!」
蒼真は目の前にある豪華な食事へとがっついてる。貴族の家でご馳走になっているのだから、もう少し品性のある食べ方をしてほしいところだ。
「ライさん、お口に合わなかったかしら……? もし良かったら作り直してもらいましょうか?」
依頼人からの質問に、蒼真の食べっぷりに呆れていた、とは言えずに俺も手を動かす。
「考え事してた。いただきます」
気が散るのは蒼真のせいだけではないが、出された食事に手をつけないのはたしかに良くないだろう。俺は辺りに気を配りつつ、食事を進める。
「蒼真、もう少し綺麗に食べられないのか?」
しばらく食事をしていたが、食事にがっついている蒼真に耐えかねた俺は注意をする。
「はいはひえーいはへへるほ?」
「喋るのは飲み込んでからだ」
ここまで酷い食べ方をする人間がいることに衝撃を受けるくらいだ。
「……。ライはこんな豪勢な食事を前に綺麗に食べられるの?」
「その食べ方のおまえが相手なら、誰だって綺麗に見える。それよりもう少し周りに気を使え」
先程から依頼人の顔が引きつっているのだ。一緒にいる俺まで変なふうに見られそうだ。
「私たちのことなら気にしないで、どんどん食べてくださいね」
「だってよ、ライ!」
蒼真は嬉しそうだが、依頼人は明らかに作り笑いだ。
「そうじゃないだろ……」
呆れた俺を見て、蒼真も仕方がないように姿勢と食べ方を綺麗に正した。上品になった蒼真を見て少し頬を緩めると、違和感を感じた。この部屋に感じているものは、依頼人の困惑した気持ちと、自分たち以外の何者かの気配。もしも敵のスパイならと考えてしまえば安心して食事もできない。俺は緩めた頬を再び締め直す。
「ライくん、何か気がかりなことでもあるの?」
「いや、何でもない」
この少女は周りをよく見ているのだろう。しかし気づいてほしいのは俺ではなく、それ以外の気配だ。
「話を聞くくらいなら私でもできるから、何かあったら言ってね」
少女はふわりと優しく微笑む。この笑顔が守れたのなら、依頼を受けて良かったのかもしれない。
「ティアナちゃんは優しいね。僕たち、こんなに優しい人見たの初めてだよ」
「えっ! そんな……。私より二人の方が優しいよ。見ず知らずの人の依頼を受けてくれるんだもん。しかも危険を冒してまで」
照れたように彼女が慌てる。
「仕事だからな。仕事するのは当たり前だろ」
ここまで感謝されたのは初めてかもしれない。俺も少し照れくさくなって会話を終わらせようと言葉を選んだ。
「そうなの、仕事って気になってたんです。二人ともそんなにお若いのに、どうして仕事を?」
依頼人からの質問だが、たしかに的を射ている。まだ成人すらしていない俺たちがなぜ親の庇護下を出て自立生活を営んでいるのか。
「どうしてって、稼がないと生きていけないんだから当然ですよ」
戦争のおかげで俺たちは頼れる親族を失った。ただそれだけだ。
「ライ、そんなに怖い言い方しなくても良いんじゃない? 全くもう」
怖い言い方をしたつもりはないのだが、たしかに無愛想過ぎたかもしれない。俺が少し反省すると、蒼真が話を続ける。
「僕たちもあの拠点で働いてたんです。七年くらいかな。親と離れたのは……もう十年くらい昔です」
蒼真の言葉に依頼人親子は驚いた顔をする。
「七年間もあそこで……」
少女は驚いた顔から一変、今度は悲しそうな顔をしている。貴族にしては珍しく、表情がコロコロ変わるようで、見ていて楽しい。きっと両親に、のびのびと育てられたのだろう。
「うん」
依頼人親子の気の毒そうな顔を知ってか知らずか、蒼真は表情を一切変えずに手を動かし続ける。
「すみません。二人ともとてもしっかりしてるし、食べ方もとても綺麗ですから、私はてっきりご両親によく育てられたものだと思っていましたわ」
はじめは蒼真の食べっぷりに困惑していた依頼人も、今はその変貌ぶりに逆に困惑しているのかもしれない。
それにしても両親か。
俺の両親は戦争で真っ先に殺された。生前はいろいろと厳しかったが、いざいなくなると少し周りが物足りないように感じる。
「両親には厳しく育てられたよ。言葉から振る舞いまでいろいろと」
少し懐かしく感じながら応える。
「ライはいつもこう言うんですけど、この言葉遣いからして、信じられないですよね〜」
依頼人親子が揃って笑う。緊張感が解け、先程よりもさらに食べやすい雰囲気でご馳走を頂いた。
「ところで、これからもお二人はこのように依頼を受けて生活していくのですよね?」
夕食を終えたところで、依頼人が質問してきた。俺たちは頷いて応える。
「それなら、ぜひ持って行ってほしいものがあるのです」