平民軍④
屋敷の外に出ると、あちこちで小規模な撃ち合いが行われていた。ところどころ魔法も飛んでいるが、ほとんどが剣と剣の撃ち合いである。
圧倒的な人数で今まで四大貴族を圧倒してきた平民軍だが、ティアナの話からして今回は四大貴族全員からの襲撃ということもあるのか、人数差は余り変わらないように見えた。なんなら四大貴族の抱えている魔法使いが惜しげもなく投入されていることによって平民軍の方が押されている。平民軍の魔法使いと四大貴族の抱えている魔法使いではやはりレベルがかなり違うようだった。
応接室から離れたことで敵はティアナの位置を見失ったようで、こちらに攻撃はまだない。だが俺たち含め総勢約十人の大群が走っているとなると、ティアナの位置情報はすぐに敵にもバレるだろう。
庭の東側に近づくにつれて敵が増えている。怪我人もそこら中に倒れていた。
「っ……。ライ、治療をさせて……!」
東側に向かう途中、ティアナは怪我人を見る度に顔をゆがめていた。この近くまでくると、命に関わりそうな怪我人がちらほらと現れていた。
「……わかった、できるだけ急いでほしい」
そう伝えたあと、俺はティアナに結界魔法をかけた。気休め程度にしかならないが、魔法が掠ったくらいでは怪我をしない。
「ライ、ありがとう。すぐに終わらせる……!」
ティアナは出血の多い怪我人の治療を優先的に行う。怪我人を見慣れているためか、優先する怪我人の迷いはない。俺とランディは敵襲に備えて戦闘態勢だ。ここまで来るとかなりの敵兵がいる。手隙の敵兵は未だ無傷な俺たちを見つけると襲ってくる。
ランディは弓の使い手のようだ。狩りなどしていたのだろうか、なかなかに狙いどころが的確だ。矢に魔力を込め、スピードと威力を上げて使っていた。
俺はティアナの傍らで錆びた宝魔剣を手に、近接戦を行う。剣の天才と謳われていた蒼真と共に学び、実践してきた甲斐もあり、一般的な敵兵たちとは余裕を持って戦えた。
*
窓から飛び出した蒼真は空中で飛んでくる魔法を弾き返し、無事に庭へと着地した。そのまま東側へと走る。この規模の軍隊なら必ず指揮官として四大貴族に近しい者が来ているはずだ。
襲ってくる敵兵を容赦なく斬り捨てて東へと進む。ライは今頃ティアナと安全なところへと下がっていると信じ、自身は主格の首を狙う。
ティアナの屋敷の庭は、小さな森と隣接している。おそらく敵はそこからやってきたのだろうと狙いを定め、森へと走る蒼真。狙い通り、森に近づくにつれて攻撃は激しさを増し、魔法攻撃も増えてきた。近くに主はいない。守るべき対象を瞬間的に持たない蒼真は自身の本領を発揮していた。
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森と隣接している柵は大きく破損していた。そこから敵兵は向かってきている。この辺りに戦っている平民軍は見当たらない。ただ敵がどんどんと流れ込んでいた。そこらに倒れているのが平民軍の一員なのかもしれないと考えると、屋敷の守りは完全に突破されていた。
蒼真は流れ込むように向かってくる敵兵たちを圧倒する。少しづつ着実に森の奥へと足を進めていった。森の奥に近づくと敵兵も明らかに一般兵とは異なる強さを持った者へと変わっていた。蒼真は呪文を唱える。
「冬の王よ、我にその力の一端を与え給う」
蒼真の周りに冷たいオーラが纏われ、辺りに雪が舞う。
「ルミネーヴェ・クリスタロス!」
呪文を唱えると蒼真を中心に氷の柱が何本も生成され、敵兵を柱の中に閉じ込めた。辺り一体の敵兵を殲滅し、森のさらに奥へと走ると、兵士から報告を受け、それに応えている敵兵の首領と思われる人物を見つけた。
「あなたが首領ですね。ここは僕の主のお気に入りなんだ。荒らさないで早く帰ってほしい」
「貴様、何者だ……!ここまでどうやって……」
言い終わる前に蒼真は素早く相手に近づく。慌てて周りの近衛兵と思われる兵士たちが複数名蒼真に襲いかかる。
「ルドウィクス様!ここは我らに任せてお逃げください!」
「くっ……。こんな手練がいるなんて情報はなかったぞ!」
蒼真は近衛兵を力技で退ける。まだ雪を纏ったままの蒼真は詠唱の効果が切れていない。
「ジョールスティーリア!」
剣先を向けた先に氷の牢獄が出来上がり、蒼真はあっという間にルドウィクスを捕らえた。人質を取られたような近衛兵は蒼真に襲いかかれずその場で殺気だけを露わにしている。
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ティアナの回復は早いものだった。ランディも思っていたより戦えたため、俺たちは大きな苦戦もせず、決壊した柵まで辿り着いた。ここから敵兵が入ってきたのだろう。奥に見える森から冷気が溢れているのを見て、俺は蒼真がこの先にいると確信した。
「蒼真はこの先だ。早く行こう」
「この氷の森は一体……」
ランディとティアナは冷気の溢れる氷の森を見て驚いていたが、説明している暇はない。俺は先頭を進んだ。
*
森の中は静かだった。初め連れていた七人ほどの兵士たちも途中の小競り合いで全員はぐれ、今は俺とティアナとランディしかここにはいない。
静けさから敵は既に蒼真を排除し撤退したのではないかと嫌な予感が頭の中によぎる。その時、氷漬けになっている兵士たちを見つけた。
「間違いない。蒼真の魔法だ。奥へと急ぐぞ」
俺は安心し、二人を連れて急いで森の奥へと向かった。そして、少し開けたところで敵兵数名に囲まれている蒼真を発見した。
「蒼真!」
俺は彼の名前を叫ぶ。交戦中だが、無事であることにとにかく安堵した。
「ライア! 下がっててって言ったのに……!」
蒼真はあまりに驚いたのか交戦中にもかかわらず後ろを振り返った。その時、周りの兵士たちが一斉に襲いかかる。さすがの蒼真も大きな隙を付かれて対応できないでいた。俺は考えるより先に動いていた。宝魔剣に魔力を込め、敵を薙ぎ払うイメージで振るう。
錆びた宝魔剣は鈍い光を放ちながら衝撃波を生み出した。衝撃波は蒼真以外の兵士たちを吹き飛ばし、蒼真は焦った表情で俺を見た。
「ごめん、つい……」
「それより……」
そこで俺は蒼真の更に先にある氷の牢獄に気がついた。中に捕らえられているのは、エルンスト領の貴族、ルドウィクスだった。
「ライアルト殿下……!?」
ルドウィクスは俺に気づくと驚愕した表情を浮かべた。それはそうだろう。まさか自分たちが滅ぼしたはずの王族に生き残りがいたなんて考えもしていなかったろう。
「なぜあなたがここに! 領主様へ伝えなければ……!」
ルドウィクスは気が動転しているようで、氷の檻を掴んだ手を暴れさせ、脱出を試みていた。
「あ、その檻は簡単には壊れないから諦めた方が良いと思うよ〜」
蒼真はいつもののんびりした雰囲気に戻り、ルドウィクスに助言をしていた。蒼真はオーラを纏っている。自ら解除するまで、森にあった氷の柱や、ここにある氷の檻は決して壊れない。
「蒼真、もう無茶をするな。おまえになにかあったら……」
「なにかあったら……?」
蒼真は嬉しそうに俺を見る。俺は気恥ずかしくなり顔を背けた。
「なんでもない。とにかく、一人で敵軍へ突っ込むような無茶はもうやめろ」
「わかったよ、ごめんねライ」
和やかな雰囲気に安全を悟ったのか、ティアナが後ろから出てきた。
「蒼真、無事でよかった……。本当に!」
「あの氷の森は蒼真、おまえがやったのか?」
「ティアナ、心配かけてごめんね。そうだよランディ。僕の得意魔法だからね」
「雑談はそれくらいにしよう。ルドウィクスを始末しなければ」
俺は氷の檻の中にいるルドウィクスを始末するために動き出そうとしたが、ティアナに手を引っ張られ足は止められた。
「始末って、その、殺しちゃうの……?」
ティアナは泣きそうな顔になりながら俺に尋ねてくる。
「俺のことを知られた。生きて返すなんて絶対にできない」
続いて縋るように蒼真を見るティアナ。
「……僕もライに賛成かな。ごめんねティアナ」
「待てよ二人とも! 殺さなくても捕虜にしたりとか、いくらでも方法は……」
捕虜にしたところで俺たちがそうだったように、逃げることは可能だ。ルドウィクスはエルンスト領の中でも指折りの強さの魔法使いだ。脱走のリスクが高い。処分してしまいたいが、反対する二人の前で始末する訳にはいかないか。
俺は蒼真に目配せした。処分を彼に任せるためだ。
「……とりあえず、未だに屋敷は戦場だ。早く戻って収集をつけた方が良いだろう」
「そうだな。ライ、ティアナ様を連れて屋敷の一室で待っていてくれ。俺は首領を捕らえたことを伝え回ってくる」
ランディはそう言うと走って屋敷の方へと戻って行った。
*
俺とティアナは森から屋敷へと戻った。戻る途中、ランディの声でエルンスト領のルドウィクスを捕らえたという声が聞こえてきた。彼は風魔法に適性があるため、辺り一体に声を響かせることができるのだと帰り際にティアナから聞いた。
屋敷の食堂で俺たちは待機することになった。怪我人が運ばれて来るため、ティアナは再び治療に専念している。俺は窓から森が元の姿に戻るところを見た。蒼真がルドウィクスと残党の始末を終えたのだろう。
心晴です。ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。本日の公開はここまでといたします。
未だタイトルが決まらないため、素敵なタイトル案がございましたらぜひとも教えてください。
また、簡単な感想でも良いので、皆様のお声をお聞かせください。初めての投稿、執筆なので、たくさんのご意見と向き合いたいと思っております。
それでは、ありがとうございました。