3-20.大人の責任
これがカルラの目的だ。
突然の真実は初めてグロリアの話を聞いたとき以来の突拍子もない内容だが、これらを否定する理由がないのが実際のところだ。
話し疲れてしまったのか、カルラが大きく息を吐く。
「ちょっと熱が入り過ぎちゃった。ベルベット、ちょっと息抜きに外に付き合ってよ」
「わたしぃ?」
「こんなときは動物を撫でたいんよ。私、犬は苦手だけど馬は好きだし、セロちゃん撫でたい」
「……グロリア、行ってきていい?」
「ええ。少し頭を整理したいから、ひとりになりたいかも」
カルラが希望するので外に出るのだが、カルラの足取りは重く、そして鈍足だ。彼女は後ろを振り返りながら、誰も付いてきていないことを確認して、気まずそうに切りだした。
「気付いてくれて助かった」
「いや、まあ、唐突だったし」
カルラがベルベットだけを呼び出したかったのは一目瞭然だ。カルラがこんなことを言い出すからには、きっとグロリアに聞かれたくない話なのだろうと推察するのだが、果たしてそれは正解だった。
あのさ、とカルラは肩を落とす。
「私がこんなこと言うのは駄目かもしんないんだけど、でもベルベットは彼女のお姉さんだし、知ってた方がいいかなっておもって」
「なんかやたらとグロリアのことで気落ちしてたけど、そのこと?」
「……うん。彼女ってさ、すごいベルベットのこと大好きじゃん」
カルラは視線を逸らす。
「正直さ、あの年齢でまだお姉ちゃん子って、私の常識だとなかなか信じられないし、見たことないし、なんでなんだろって思ってたんだけど」
「……地味に失礼なことを」
「それはごめんて。でも、実際ベルベットも少しは不思議だったでしょ」
それは否定できない。いまでこそグロリアの意見を尊重しているが、最初はなぜ彼女がハーナット家に帰りたがっていたのか疑問で仕方なかった。それは現在でも変わりないが、今や気にしなくなっていた理由をカルラは見抜いたらしい。
「グロリアちゃん、相当若くで亡くなってるからさ」
カルラは深いため息を吐いて、ベルベットに背を向ける。後ろ手に手を回して、心なしか落ち込んだ様子で伝えた。
「私と違って自分が死んだって自覚がないまま転生したんじゃないかな。前の家族に未練があった分だけ、新しい家族に固執しがちなんだと思う」
顔を見せようとしない友人。ベルベットはその背中と一定の距離を保ちながら、静かに問うた。
「それ、さっきグロリアに質問してた誕生日の話?」
「そ。わりとショックだったわ」
「やたら落ち込んでるのは知ってる。なんでそんなに気にしてるの?」
「そりゃあ、私はグロリアちゃんが関係者だと思ってたからね」
「……カルラ、まだ私に話してないことあるでしょ」
咎めるように厳しい口調になったベルベットに、カルラは笑った。
「ベルベットには伝えておいた方がいいと思ってね」
「いまさら躊躇するような話って何。転生についての話なら、わたしよりグロリアに話すべきじゃないの?」
「そう言わないでよ。自分が死んだってはっきりとした自覚が薄そうな子に、羽場切のせいで貴女は殺されたかもって言うのは酷でしょ」
ベルベットの足が止まる。足音が止まったのを聞いて、カルラも振り返るが、その表情は皮肉っぽくも泣き出すのを堪えるような面持ちだ。
カルラは人さし指で、自分の頭をトントンと叩く。
「私は激しい頭痛でぶっ倒れて、次に起きたときは今の自分になってた。でもこれだけじゃ、前の自分が死んだって証左にはならないよね」
「それは、まあ……」
「じゃあなんで、私は私が死んだって自覚があると思う?」
そんなことは死んだことがないのでわからない。答えを焦らすようなカルラに、ベルベットは不満げに唇を尖らせる。
「そういうヒントの欠片もない問題はどうかと思う」
「ちょっとくらい遊ばないと、やってられなくてさ」
まるで人が変わったような仕草で喉を鳴らすのは、もしかしたら「色瀬マキ」という人間の癖だったのかもしれない。口元を手で覆いながら、カルラは言った。
「私がぶっ倒れた現場って、羽場切の葬式なんだわ」
「……は?」
「葬式。あいつ自殺したんだよね」
「そ、れは……」
「死因は鬱って聞いた。最近はやりたいように書かせてもらえなくて参ってたら、Ⅱ絡みで制作から外されて、とどめ刺されたらしいってね」
その時思いだしたのは、羽場切について語ったグロリアの言葉だ。
――Ⅰのシナリオライターよ。Ⅱでは違ったはずだけど……。
カルラもとい色瀬マキは、転職前は羽場切とよく飲みに行っていたらしい。そして彼と話したことがあるからこそ、彼の自身の創作物に対する執着も知っていた。
「だから転生は、上から蔑ろにされたあいつの恨みかなって私は疑っててさ。かといって羽場切と会えたことは一度もないんだけど……」
想像の斜め上を行く言葉に、気の抜けた返事になる。声を失うベルベットをお構いなしに、カルラは乾いた笑いを浮かべ、先ほど「関係者」といった理由を告げた。
「お経の最中で私が倒れたとき、同じように頭痛を訴えて、倒れた人がたくさんいたんだ。あの時は余裕がなかったけど、よく思い返したら、倒れてたのは全員Ⅰの関係者でさ」
そして生まれ変わった先が昔の仲間が作った物語かつ、自分たちが関わった「エンフォーサー」の世界だったから、はっきりと死んだと自覚したそうだ。もっと言えば羽場切に道連れにされたと感じたらしく、だからはじめに転生の話をベルベットからされたとき、知り合いの誰かが居ると思い動揺したそうだ。
だが、そのあては外れた。
なぜならグロリアは羽場切の死を知らなかった。彼の葬式は関係者にだけ伝えられたものだったから、身内或いは関係者であれば、知らないはずはないためだ。
自分は、とカルラは言う。
「とっくに大人だったし、両親には弟夫婦や孫がいる。ペットはちょうど看取った後だったから、日本に未練はあっても諦めはついた。だから羽場切のやつには、しゃーなしで付き合ってやるかと思ってたんだけど……」
淡々と語るような口調だが、声の端々には一欠片の情がある。それは郷愁と名の付くものかもしれないし、或いは後悔と呼ぶものかもしれない。
カルラがそっと抱える怒りをグロリアに見せなかった理由は一つだ。
「自分だったからよかったとは言わない。だけど、子供をこんなことに巻き込んだのは絶対に許せることじゃない」
カルラの感情にははっきりと怒りが載っている。
友人に声をかけようとベルベットが手を伸ばすが、その手が届く前に、どことなく悲しそうなカルラはベルベットを見返す。
「私が頼むのも変な話だけど、ベルはグロリアちゃんを大事にしてあげてね。あの子の心の支えは、きっとベルしかいないからさ」
カルラが抱えるのは「エンフォーサー」を作った者としての責任の一旦だろうか。
いま、ベルベットの中にカルラに売られたことへの怒りはすべて消し飛んだ。
なぜならカルラがグロリアを裏切ることはないと、そう奇妙な確信を得たからだ。
友人の頼みに、ベルベットは力強く頷いた。
厩舎作業を終えたベルベットは、家に戻ることもせず、外に設置された椅子に座っている。
カルラは引き続き情報を集めると言って家に帰り、グロリアは考えることがたくさんあると言って部屋に引き籠もった。そのまま流れ作業のように一日を終えたが、なかなか寝付けないベルベットは居ても立ってもいられず、鋤を持って厩舎に向かった次第だ。
頬杖を付いて考えることは、もちろんカルラから話されたグロリアの話だ。
知っているようで知らなかった妹の過去生、その享年に解決しない疑問を頭に抱え、机に置いたオイルランプをじっと見つめながら頬をついている。
風が葉を揺らす音と、虫の音以外は静かなものだ。
考え事にふけっていると、家の扉が開き、二つのカップを持った男が歩いてくる。
「こんな時間に何やってるんだ」
「考え事」
「そうじゃなくて、見えないところで倒れたらどうする気だ」
「忘れてた」
「おい」
「もう治ったんじゃないかな」
「適当言いやがって」
淹れたばかりの茶を置いてくれるのはエルギスだ。深夜だからか髪も適当で寝衣姿になっており、適当な格好でも様になっているのは、その容姿が飛び抜けている証拠だろう。彼は脇に挟んでいた外套をベルベットの肩にかける。
「治ったかどうかは僕にはわからないが、そのままだと風邪を引くのは確実だ」
「ありがと」
あれから発作もないし、アレは何かの間違いではないかと思い始めているところだ。自分の体は二の次で考え事をするベルベットの向かいに、エルギスは腰を下ろす。
「で、何を悩んでる」
「グロリアを支えるにはどうしたらいいのかなって……あ、ひどくない?」
憐れな者をみるような顔をするのは何故か。エルギスはあからさまなため息を漏らす。
「あの友人が帰ってから、グロリア嬢は様子がおかしい。あんたはずっと上の空だから、もっと深刻な問題かと思ったらそんなことか?」
「そんなこと、はあんまりじゃ?」
「いまのあんたは、もっと悩むべき問題があるだろ」
「なにがあったっけ」
「ヘディア公国はどうした」
「あ」
すっかり頭から抜け落ちていたせいか、言われて思いだしたらしいベルベットに、エルギスはやれやれと言わんばかりだ。
「自分の出自が悩む話じゃないなら、それはそれで素晴らしいことなんだろうが……あんたはとっくにグロリア嬢の支えになってるのに、何を今更悩む必要があるんだ」
「……あの子もあの子で悩みがあるのかなあとか、ほら、そういうの」
「…………そんなもの、あるに決まってるだろ」
「だよねぇ。お年頃だもんねぇ」
むしろ秘密を抱えている方が健全だから落ち込む場面ではないのだが、カルラに言われた言葉が妙に胸につっかえている。あけすけに何でも話してくれる妹でも、やはり「前」の家族を引っ張っているのか……など、当たり前のことを、改めて思ってしまうのだ。
ぐうの音も出ないベルベットをエルギスはまじまじと見つめる。
「ベルベットがグロリア嬢を心配するのは、いつものことだが……」
「ん?」
「たまに思うんだ。じゃあ、あんたを支えるのは誰だ?」
思ってもみないことを言うから、目を大きく丸め、考え込むように首を傾げる。
「……家族?」
「いや、それはわかるんだが、あんたは基本的に妹達の支えになるばっかりだろ」
「居てくれるだけで助かってるし」
守りたい存在がいるからこそ、ベルベットは自分という体を保てている。故に皆に助けてもらえているという回答になるが、エルギスが言いたいことも理解していた。
「落ち込んだときとか、誰かを頼りにしたい心境になるときはどうするって話でしょ」
「わかってるじゃないか」
「んー、まあ、今は頼れる上官や同僚がいるし、いざとなればね?」
「あ? そこで僕の名前をださないのはわざとか」
途端に機嫌を悪くするではないか。ベルベットはカラカラと笑って、だって、と続ける。
「わたしと友人以上の関係をお望みの人に、弱った状態で軽率に寄りかかるほど考えなしじゃないよ」
踏み込んではならない領域くらいは、ベルベットも掴んでいるつもりだ。そして友人としては頼りにさせてもらうが、思わせぶりな態度はよくないとも知っている。
暗に「応えるつもりはない」と釘を刺したら、エルギスは笑っているようで笑っていない顔になる。一体どんな強がり、あるいは皮肉が待っているのか……茶を飲みながら反応を伺っていると、返ってきたのは「ふーん」という、淡々とした感情だ。
「まあ、あんたはヴィルヘルムに惚れてるし、寄りかかりたいとしたらあいつだもんな」
ベルベットの気管に茶が入り込んだ。




