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3-19.ダークファンタジー

 カルラはせわしなく足を動かしながら視線をグロリアへ向ける。


「羽場切についてはそんな感じ。とにかく私の知ってるⅠと物語が違うから様子見をして、Ⅱが始まるのを待ってたんだけど、いつまで経っても悪役のご令嬢がやらかす気配がないから、不思議に思ってたわけ」


 ベルベットからの頼みもあったし、カルラはグロリアを調べたらしいが、本人の悪評の立ち方が尋常ではないとは思っていたらしい。

 

「いくら敵がいたり、社交界の尾ひれがあったとしても、噂の一人歩きは凄かったってね」

「そこまでご存知だったのに、私を同じ転生者だとは思われなかったのね」

「オーギュストとミシェルの例があったから、私の知らないところで何かがズレてるんだろうと思ってた感じ」


 同類だったらここまで困らなかった、と悩ましげなため息を吐き、カルラはベルベットを見つめる。


「以上、シナリオのズレを確認したかったってのが公国側に取り入りたかった理由。とにかくミシェルが公国を出た理由を、少しでも推察できたらと思ったんだけど……」

「成果はあった?」

「さっっぱりわからん」


 いくらマリッジブルーを拗らせたとしても国を出奔するまでの悩みがミシェルにあったとは思えないらしい。

 頭を抱えるカルラに、ベルベットは渋い顔を作る。


「おおかたオーギュストの昔の火遊びが原因とか、そういうのじゃないの?」

「私はそんな単純な話じゃないと思うんだよね」

「そこまで信じてるのは、何か根拠が?」

「信じてるって言うか、私が知る限りの当時のオーギュストがね……」


 ここからはベルベット達も知らない情報だ。


「確かに若い頃のオーギュストはもてた。結構な女の子とデートしてたし、その内の一人が主人公……この場合はミシェルにつっかかるって話もシナリオ中に存在するんだけど」

「……なんで母さんはそんなのが好きだったのかなぁ」


 普通なら人それぞれ、の一言で終わるはずがげんなりしてしまうのは、やはり他人事で流せないからだろう。あの場では拒絶したが、やはり彼がベルベットの実父であるのは揺るぎようのない事実だ。しかし大っぴらにオーギュストを受け入れるとは、即ち自身がヘディア公国大公の血筋だと認めることにも繋がり、それはこのしち面倒くさい状況を悪化させるだけではないかと思うのだ。母のために体を張ることは否やとは言わないが、己のこととなれば面倒は避けたいベルベットである。

 そんなベルベットに、カルラは困ったように頬を掻く。

 

「そこは彼の役割って言うか……プレイボーイが本命だけには一途になるってやつだからさ。グロリアちゃんなら、私の言ってることわかるよね」

「……本当に好きな人にだけは真面目になるってやつ?」

「そう、それそれ」

「物語ならともかく、ナマモノは受け入れがたいって初めて思ったわ」

「そんなこと言わずにー……これも必要な要素なんだよ」

 

 反対にカルラが彼を擁護しがちなのは、やはり制作側として思い入れがあるためだろう。

 

「オーギュストは家庭環境に問題があって心を開ける女性がいなかった分だけ、好きな人にだけは真摯であろうって決めるのよ。それが彼のシナリオの醍醐味なワケ」


 物語として考えるならわからなくはない話だが、やはりベルベットには「乙女ゲーム」の概要は難しい。


「つまりアレだ。カルラはオーギュストに問題はないって主張したいから、私に冷静になれって言いたいんでしょ」

「……そ。ベルベットには悪いけど、調べた限り、ミシェルが逸脱した以外はⅠの物語からは逸れてなさそうだからね。やっぱり彼女自身以外に問題はない……と思ってる」


 ちなみにカルラが公国の人達から仕入れた話も、ベルベットがオーギュストから聞いたものとほぼ相違ないようだ。


「ベルベットも、実はオーギュストが嘘を言ってるとは思ってないでしょ?」

「いや、そんなことは」

「じゃーなんであのとき投げ飛ばそうとしたん? オーギュストの言葉に欠片も嘘の気配がなかったからパニックになってたんじゃないの?」

「余計なことを言われたくなかっただけ」

「はい嘘。むしろベルちゃんは虚言で弄された方が冷静になってく側の人でーす。どうしたらいいのかわかんなくなって、いっぱいいっぱいだったんでしょ」


 長年の友人だけあって、流石にベルベットに詳しい。

 咄嗟に反論しようとしたベルベットに、カルラは反論を許さぬよう遮る。

 

「物語が逸れてオーギュストが何かやらかしたって線は、この際外していいと思う」

「……根拠」

「オーギュストが何かやってるならガブリエルが許してない。かつ、護衛だったレオナールの協力の理由もわからないうちは、感情的になるのは反対」

「ガブ……って、ああ、母さんの弟」

「ガブリエルはあれでお姉ちゃん子だからね。オーギュストが悪かったのなら、今回の旅にわざわざ随員してないと思うんだ」


 カルラがガブリエルにまで詳しい理由だが、実はレオナールやサンラニア国王マティアスも「Ⅰ」の攻略キャラクターだったためらしい。

 ガブリエルはコルネイユ三兄妹の末っ子で、他には長兄がいるようだ。コルネイユ家の現当主はおそらくその人だ、とカルラは言った。


「ミシェル亡きいま、誰よりも事情を把握してそうなのはレオナールなんだけど……ほんと、何を考えてミシェルの出奔を手伝ったんだろ」

「手紙が読めればよかったんだけどね……」


 カルラはもどかしい思いを抱えるように舌打ちを零し、強く頭を掻きむしるのだが……その姿にベルベットは先ほどから覚えていた違和感を訴えた。


「カルラさ」

「なに? コルネイユ家のことは、シナリオ上のこと以外は知らないよ」

「そうじゃなくて、なんでそんなにシナリオの違いを気にするの?」

「いや、そんなの、だって私、一応開発者だよ? 違いを気にするのは当然じゃん」


 ずっと気になっていたからその理由を待っていたのだが、どうも話す気配がない。しかもすっとぼけようとしたので、ベルベットもやや咎めるようになった。


「でもカルラは物語のキャラクターじゃないでしょ」

「姉さん?」


 グロリアは姉が何を言いたいのかわからないらしいが、それも無理はない。なぜならグロリアは当事者だし、なによりカルラはここにきて初めて出会った転生仲間だ。謂わば立場的にカルラと近しい存在なので、彼女に共感を抱きやすい。

 だがベルベットは元からこの世界の住人で、そして極論をいえば部外者だ。


「うちの妹が必死になるのはわかるよ。グロリア、貴女がここまで頑張ってきた理由は死にたくない、だったからでしょ?」

「あ、うん。もちろんそうよ」

「……ベルベット?」

「ちょっと言い方は悪いけど、カルラはたとえサンラニアがⅡの物語通りに進もうとも、道筋を逸れたとしても、死ぬことはないわけじゃない」

「いや、そりゃそうだけど、やっぱりⅠのキャラ達を知ってる身として……」

「それって貴女の人生をかけてまで費やすべきこと?」


 二人の違いは当事者か、傍観者かだ。

 カルラが物語渦中の人物だったのならわかる。中心人物になりたかったのなら、それもまだわかる。だが今現在まで、彼女は観客席で望遠鏡から舞台を覗いていただけだ。

 ただの観測者でいても何ら問題なかったのに、十代前半から情報屋を目指し、今までずっと公国の仔細を調べるなど、どう考えても身を削りすぎだ。

 無論、自分の関わった作品やキャラクターにそれ以上の思い入れがあるなら別だが、それにしたって面倒くさがりの彼女が、わざわざ自ら公国一行の中に飛び込んだのは納得ができない。


「カルラさ、なんか他に隠してることあるでしょ」

「え、ええ~。そんなぁ、私、ただオーギュストきゅんが推しだったから……」

「そのわりに、館でオーギュストと会ったときの反応は微妙だった」


 推しというものについては、グロリアを見ていたので少しは学んでいる。あの館でカルラはオーギュストを観察こそすれど、高揚感の類は一切なかった。

 隠し事をされるのは気分が悪い。不満を顔いっぱいに湛えたベルベットに、カルラはやがて諦観の息を吐いた。


「……グロリアちゃん、ゲームタイトルの意味わかる?」

「意味? 蒼と紅のエンフォーサーの?」

「……だいぶ、乙女ゲーっぽくない名前じゃん?」

「そうなの?」

「そうだよ。執行者なんてタイトルを女の子向けの恋愛ADV、しかも全年齢向けにはつけにくい。大体は企画段階でもっと夢可愛いにしてって突っぱねられる」

 

 グロリアも初めて知ったようで目を丸める。

 カルラは昔を懐かしみながら、困ったとでも言いたげに眉を寄せた。


「……エンフォーサーってね、一番最初の原作は2D型アクションアドベンチャー……まあいいや。つまり恋愛系とはまるきり違うゲームだったんよ」


 カルラが見ているのは、きっと現実ではないのだろう。思い出の中の誰かに向けて、皮肉を言うように彼女は口元を歪める。

 

「何を思ったか、元ゲームを乙女ゲームにしてみようってなって、冗談半分で物語を整理してタイトルそのままで売り出したら、期待以上に売れたのがⅠなわけ」

「……私、その話は知らないわ」

「大々的には言ってないからね。そもそも十年くらい前のタイトルだから、コアなファンじゃ無い限り知らないし、私たちもあえて強調はしなかった」

「でも、あくまで元になっただけなのよね。それの何が問題なの?」


 肝心の質問に、カルラは酷く難しい顔になる。


「……羽場切って、根っこはダークファンタジー系のシナリオライターなんだ。だから、元ゲームもどっちかというと、鬱々とした感じの話で……」


 どちらかと言えば万人が笑顔になるようなエンディングより、受け手の解釈によって分かれる賛否両論になる物語や、大陸間戦争といった陰惨な舞台を好む傾向があったらしい。元になった「エンフォーサー」も執行者が復讐していく鬱々とした物語で、それらを複数人で明るめの物語に改修した。

 そのもっとも大きな違いが聖ナシク神教国だとカルラは言う。


「あの国って色々とセンシティブ過ぎて、乙女ゲームになるにあたっては改修が入ったんだけど……」

「ナシクに問題があるのは元々じゃないの」

「それがかなり違うんだよ、ベル」


 カルラにはどこか焦りがある。

 

「原作のエンフォーサーでヤバすぎるあまり主人公に()()されるはずの教主がそのままになってるのは、私から見ると相当拙いんだよ」

「グロリア」

「……私が遊んだ段階じゃ、ナシクの内部話は詳しく出てこないわ。教主の名前も出てきたことはない」


 カルラ曰く、ナシクは確かに宗教国家だが、自死も厭わぬほど教義に頭を侵され他国民への侵略を厭わず、無辜の人々を誘拐するような設定は消した。多少は貿易なりで隣国ともやりとりが可能な国だったそうだ。

 何を言いたいのか察した姉妹に、カルラは本当の目的を語った。


「もしこの世界がダークファンタジーの側面に引っ張られてるなら、いつ戦争が起きても不思議じゃない。私は、何かあったときに大事な人達を国から逃がしたいんだよね」

続き:そろそろこの部分を終わらせたいので明日

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