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3-12.運命はまた廻って

 開かない扉と格闘するベルベットとは対照的に、エドヴァルドはゆるやかに微笑む。


「その扉は細工済みだから、諦めた方がいい」

「この、この詐欺王子……!」

「ふむ? 政は大体が化かし合いとだまし合いの世界だ。笑顔の裏でナイフを突き立てる手立てを狙っていることを詐欺と指しているのだとしたら、あながち間違っていないね」

「そういうことを言いたいんじゃないんですけどねぇ……!」


 一応エドヴァルドに体を向けるが、指は諦め悪くハンドルを鳴らしている。だまし討ちされたとあって怒りを露わにするベルベットへ、王子は首を傾げた。


「それほど嫌かな?」

「そんなもん、わたしがあえて黙っている時点でお察しでしょう」

「ギディオンやセノフォンテからも相当言われた。もしかしたら殴りかかってくるかもしれないから、閉じ込める役は自分がと、言ってくれたくらいにはね。元々私に課せられた役目だし、任せるつもりはなかったが……」


 ベルベットが身内以外の人間に対し、傍目にもわかるほど苛立ちを見せることは滅多にない。つまりそれほど頭に血が上っており、視線だけで人を刺し殺せそうになっているのだが、エドヴァルドはむしろ居心地が良さそうに全身の力を抜く。


「君のそんな表情を見られたのなら、むしろ役得だった。仕事を抜きにした自然体を見たいと思っていたから、叶ったのは僥倖だったよ」

「気色悪いこと言わないでもらえますか」

「本心なのに」


 嘘をついている様子はない。性格の悪いことを平気で口にする相手となるべく距離を取るべく、ベルベットは扉に身体を押しつける。そんな姿も楽しんでいる王子は、移ろいゆく景色にふざけた様子を潜めた。


「そろそろ到着するから言っておこうか。怒るのは仕方ないとはいえ、これはやむを得ない措置だよ。君はいまオーギュスト様に会っておいた方がいい」

「ご忠告どうも! でもそれを決めるのはわたしであって貴方がたではないはずです」

「普通の家庭であれば君の意思を尊重する。だが今回は依頼主がヘディア公国の最たる重鎮だ。平民の人捜しとはわけが違う」


 エドヴァルドの声にあるのは私人ではなく公人としての意思だ。ベルベットは自分の察しの良さに嫌気を覚えながら質問する。


「黙ったままだとわたしが不利になると?」

「カイが動いていると話したろう? つまり国父であらせられる父上がオーギュスト様を気にかけ、その意思を腹心であるカイが継いでいる」

「あー聞きたくない」

「現実は受け入れなきゃ。……そして君は城下に手を回していたが、私や彼らとて無能ではない。時間はかかったかもしれないが、いつか君の素性は明らかになっていたはずだ」


 政が絡むときのエドヴァルドは意地の悪い微笑が得意なようだ。護衛としては知っていたが、実際をそれを向けられると、心底嫌な気持ちになってくる。

 エドヴァルドは、ベルベットが誰に協力を仰いだかを知っていた。


「ここからは君が私を騙し仰せていたかもしれない将来の話だけど、そんなときに我が国に誓いを立てた近衛ともあろう者が、偽りを口にしていたとあればどれだけ立場が悪くなると思う?」

「わたしにもわたしの理由があります」

「君の生い立ちやお母上に対する気持ちは慮ろう。だが、それでも、となるのが私たちの世界だ。そしてそれは、エルギスやグロリア、ディヴィス侯爵とて例外ではないよ」


 自身だけではなく、妹達の名前にベルベットはしかめっ面になるが、エドヴァルドは追撃を緩めない。


「もちろん、それだけで彼らの立場が悪くなることはない。少し心証が悪くなるかもしれないが……だが、その様子では一切を承知の上で彼らが引き受けたことは、気付いていなかったね」

「嫌味ですか?」

「皮肉に聞こえたのなら謝ろう。こればかりは知っている世界の差と言うものだから……」

「ああ、もういいです」


 ベルベットはかぶりを振ると、それとなく下唇を噛む。

 質が悪いと思うのは、エドヴァルドは正確に彼女の弱点を見抜いて、一気に形勢を逆転させてしまったこと。そして迷惑をかける人の名に、本来含まれるであろう自分を上げなかったことだ。おかげで彼はベルベットの味方であることをそれとなく主張した。相手の察しが悪いと伝わらない詐術だが、理解できてしまったのがやっかいだ。


「……ほんと、素敵な上司ですこと」


 嫌味を吐いて、気を落ち着けるための深呼吸を繰り返す。やがて顔を上げたときには、逃げることに必死だった焦りはどこかへ消えていた。


「大人しく連行される代わりに、答えてください」

「どうぞ」

「私を売ったのはカルラですか」

「どうだろうね。取引の内容は伏せることになっているからなんとも言えない」

「了解です」

「困ったな、私は何も言っていないのに」


 言葉と態度がすべてを物語っている。

 以降到着までの間、考え込む様子で黙り込むベルベットは、馬車を降りる間際に言われた言葉で調子を取り戻した。 


「ベルベット。私は君を連れて行きはするが、言ってしまえばこちらの仕事はそこまでだ。言ってる意味はわかるね?」


 つまり、仕事は終えたからあとは好きにしろと言いたいのだろう。

 彼の言わんとすることを察し、ベルベットはげんなりとした様子で尋ね返す。


「ちなみにですけど、わたしの素性に対して貴方自身が思うところはありませんよね」

「思うところ、とは?」

「身分差がどうのって部分です」


 すべては言いたくない。

 だがこの質問にエドヴァルドは晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。


「気にかけてくれていたとは嬉しいな。そちらは当然……」

「あ、いいです。いまのでわかったので」

「あるよ」

「いいっていったのに!」


 エドヴァルドも諦めない人だ。どうも最近は色恋沙汰がついて回っていることへ、人生の不条理さを憂えずにいられないベルベットである。

 馬車が止まった先は、周辺を林に囲まれた邸宅だった。王族には専用の別荘地がいくつかあるから、その中のどれか一つだろう。人家もないし、貴族御用達の別荘地帯となれば平民には無縁の土地だから地理感もない。

 邸の前庭は広大で、水瓶を持った像が水を流す噴水まで整っている。色彩バランスを考えられた見事な造形だったが、いまは庭に見とれる余裕がない。

 玄関でベルベット達を待っていたのは、間違いなければ国王付きの使用人達だ。親交国の前大公をもてなすのなら、それだけの人物を宛がうのかもしれない。

 執事は恭しく頭を垂れるが、彼女の格好を見ると着替えを促そうとする。

 邸宅に見合わないみすぼらしい格好を危ぶんだのだろうが、執事の申し出をベルベットは辞退した。


「着替えるために来たわけではないので」

「しかしながら、そのお姿で拝謁なさるというのは……」

「構わない。彼女の言うとおりにしてやってくれ」

「殿下……」

「君も私もしっかりと仕事をこなしている、心配ないさ」


 エドヴァルドは敵味方はっきりしない態度を見せるが、先に主張したとおり彼女に気を遣っているのは真実だ。

 もう会うことを避けられないなら、嫌なことは早く終わらせてしまいたい。母の過去に納得できていないまま、腹の中をかき回されるような気持ち悪さを我慢し、とうとう腹を括る。

 ドアを潜った瞬間から、オーギュストは席を立ち待っていた。

 中庭にわざわざセッティングしたであろう丸テーブルに向かう間、部屋を横切るまでに見たのは、主に随従してきた公国の腕利き達である。注目されているのはわかっていたがベルベットは彼らに見向きしないし、愛想笑いも浮かべない。

 それはオーギュストに対しても同じで、何故かやたらと緊張している様子の男を淡々と見上げる。

 こうして向かい合ってみれば、前大公はとても威圧感のある人だ。体も鍛えていそうだし、まるで武人のような趣がある。髪にはわずかに白髪が交じっているが、まだまだ精力的に活躍しそうな御仁で、こんな事情でもなければ、それなりに好感を持って接していたかもしれない。

 ただ、それはあくまでも「もし」の話だ。


「初めまして」


 短い一言に、オーギュストはひどく驚いた。


「う、うむ」


 国王と話をしていたときのような威厳は欠片もない。

 どう話を切り出すか迷っているような雰囲気を漂わせているが、いつもなら気を遣うベルベットが助けを出さないので、見かねたエドヴァルドが紹介を買って出た。


「オーギュスト様、すでにお伝えしていたと思いますが、こちらがお探しでしたミシア様のご息女であるベルベットです」

「ああ……そうだな。かように早く見つけ出してくれたこと、そなたに感謝する。流石はマティアスの自慢の王子だ」

「恐縮です。もし私の力添えが必要であれば……」

「いや、構わぬ。ただでさえそなたには力になってもらった。マティアスにも場所を設けてもらったし、こうして人払いまでしてもらってはな」

「では……何かあればお呼びください」


 その言葉にエドヴァルドは胸に片手を当て、惚れ惚れするような所作で腰を曲げる。

 こうしてテーブル席に残ったのはベルベットとオーギュスト、そして主へ影のように付き添う護衛が一人だ。

 椅子に座る前に、ベルベットは口を開いた。


「話をするまえに、お尋ねしたいのですが」

「……構わぬ」

「そちらがお求めになるのはサンラニア近衛騎士のわたしか、それともミシェルの娘であるわたしか、どちらでしょうか」


 変な質問だが、ベルベットには大事な問いだ。

 オーギュストは大真面目に頷いた。


「無論、娘であるそなただ」


 返事を聞いて、堂々と足を組んで席に着く。

 ミシェルの娘を求められるのであれば、これがベルベットにとっての正解だった。

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