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3-9.裏舞台には留まれず

「立つな! 座ってろ!」


 そう言って立ち上がったのはサンラニア国第二王子のスティーグだ。

 突然の制止にベルベットは頬杖をつく。


「ちょっと餌やりに行こうとしただけなのに、なにを大袈裟な」

「大袈裟で何が悪い。俺はリノと、それに兄上やギディオンにくれぐれもよろしくと言われているんだ……あ、茶をありがとうな、ルーナ」

「いえ……」

「でもこっちに気を配らなくていい。外でアリスが待っているから、早く行ってやれ。会うのは久しぶりなんだろう?」

「でも、それだとお茶を淹れる人が……スティーグ様の護衛の方も立ちっぱなしですし」


 渋るルーナにスティーグは優しい微笑みを浮かべた。

 それはいつかハーナット宅に世話になっていたときよりも剣呑さが薄れ、兄のような自然と人を惹きつける柔らかさが見え隠れしている。


「そのくらい自分でできるさ。それよりも、せっかくのお前の父上達からの差し入れと、アリスを連れてきたんだから、今日くらいはちゃんと伯爵令嬢をしてこい。まあ、こんな僻地だけど、せめて気分だけでもさ」

「うちが僻地だってのは反対しないけどぉ、目の前で言われるのはちょっと心外かなぁ」

「ベルベット、うるさい。黙れ。……ほら、ルーナは行ってこい」


 いまだ世間の誤解が解けず社交界から追いやられている彼女へ、父である伯爵から贈られた衣装を纏うルーナ。ついでに彼女の友人アリスを連れてきたスティーグは、満面の笑みで恋人を送り出し、彼女がいなくなった途端に仏頂面を作る。

 スティーグに専属の護衛が付けられるようになったのは最近のことで、ベルベットを前にして見せる素の表情に、彼の護衛は目を丸くしていた。

 ベルベットが倒れたと報せを受けたスティーグは、ハーナット家を訪ねた時、鍬を担いでいる彼女を見てすぐさま家へ連行した。おかげでベルベットはアリスへの挨拶もそこそこに、こうして家に軟禁状態だ。

 頬杖をつきながら残念そうに息をつく。


「せっかくエルギスもいないし、ゆっくり過ごせそうだったのに。大体公務の帰りなんだったら大人しく城に帰りなさいよ」

「公務終わりに何をしようが俺の自由だ。それと、ルーナが止めるのを押し切ったことはしっかりエルギスに伝えておくからな。病人だっていうのに畑仕事なんて言語道断だ」

「ちょっと耕して種をばら撒くだけだったし」

「反省の色がない。自分が倒れたら、路頭に迷う家族がいるって自覚はあるのか」


 勝手知ったる他人の家とはこのことだろうか。スティーグは棚を勝手に開いて食器や蜂蜜瓶などを取り出す。自分好みに茶を調整する様は王子には程遠く、こんな姿を見られてはイメージ丸崩れである。本来は家主が王子をもてなすべきだが、ハーナット宅に関しては特別措置ということになっている。

 とはいえ、王子をぞんざいに扱うことに関して、忠誠心の厚い者は怒りを覚える者もいるそうだ。だがスティーグ自身が現状維持を望み、兄王子や王妃ヨセフィーナもそれに同意したことと、グロリアの生家ということで、ハーナット家はある種の特別地区と認定された。どうも妙なことになってしまったが、スティーグにはまだ息抜きが必要だとルーナやグロリアに言われてしまえば、ベルベットに反対意見はない。

 むしろ婚約者時代よりスティーグと仲を深めたグロリアと、彼の愛情が通じたか、二人に嫉妬を覚える必要のなくなったルーナ。彼ら三人の関係が気になるところである。


「聞いてるのか、ベルベット」

「聞いてる聞いてる。仕方ないから餌は買う」

「何を植えるつもりだったんだ?」

「牧草。生だとセロ達が喜ぶし、貴方のレンブラントだって食いつきがいいでしょうが」

「……そういうことは早く言え!」


 世話をする間に愛馬への愛情が芽生えただけはある。

 人間用の畑ほど気を遣わなくて良いとわかったからか、上着を脱いで投げ捨てる少年に、ベルベットはしかめっ面になった。


「靴が汚れるからいいって。あとでギル達にやらせるから」

「どうせリノが帰ってくるまで暇なんだ」


 会える時間は減ってしまったが、リノとスティーグの友情は変わらず健在だ。リノの方が遠慮しがちだが、特にスティーグの方が面倒を見るつもりで礼儀作法や学園について教えている。これに加え、最近はリノとかなり良い雰囲気になってきたリリアナや、グロリアの手腕があってリノは平民の子とは思えないほどに見違えている。

 外へ行こうとするスティーグを、無駄と知りつつ引き留める。

 

「ルーナやアリスと話して来ればいいのに。あの子がせっかく可愛く着飾ってるの、お父様達への気遣い以外に、貴方のためだってわかってるでしょ」

「いくらでも会う時間を作れる俺より、表立って会えない友人と喋る時間の方が必要だ。大体、アリスなら大丈夫だと保証したのはお前とグロリアだぞ」

「それはそうなんだけど」

「とにかくしっかり休んでろ。それと、これはギディオンからだが、連絡は手紙か人を寄越すってさ」

「はいはーい。伝言ありがと」

「家の中は定期的に人に見させるから、勝手に出かけるなよ。具合が悪くなったらすぐに言え」


 家に居てばかりでは気が滅入るからと、気を遣ったグロリアがアリスと接触した。グロリアは『乙女ゲーム』においては敵役で、アリスは主人公。本人曰く「何をやっても周囲に誤解を与える不可解な状況」に見舞われるらしいのだが、今回、アリスに関しては上手くいったようだ。(※)

 元々、最近のグロリアにおいては、御前試合後のパーティで彼女に対する評価も少し変わったと思っている。情報通の副隊長セノフォンテから聞く限り、人を惹きつける表情もできるではないかと言われ始めているようで、ベルベットとしてはアリスとの付き合いを経て、また変わって行くのではないかと期待している。

 仕事を奪われ、やることのなくなったベルベットはつまらなさそうに天井を仰ぐ。正確には学ぶべき勉強ごとの本などは積んであるが、読み飽きて他のことをしたくなっているのが現状だ。


「うーん、暇」


 こんなときは家事に身を入れたいが、生憎掃除洗濯はルーナが終わらせ、料理はリリアナが下準備を済ませ、くれぐれも触らぬよう言い含められている。実際はベルベットに支度を任せては絶妙に不味い食事になることに気付きはじめた、舌を矯正されつつある弟妹達の要望なのだが、本人は知る由もない。

 愛馬と戯れたくはあるが、人の目が届きにくいところで一人になるのは止められるから今は出られない。

 あの日倒れた以外は、まったくの健康体なのだ。なのに趣味らしい趣味を封じられ、無為に時間を過ごすことになると、周囲の心配は杞憂だと腐りたくなる。

 編み物、刺繍、どれも気が向かない。

 足を組んで憮然と座るだけのベルベットだが、そんな彼女に最高の暇つぶしが訪れた。

 客人である。


「ひ、ひぃ……なんかすっごい馬車がある。立派な騎士がいるぅ……意味わからん、怖い。来るんじゃなかった」


 カルラだ。

 出不精がベルベットを訪ねてきたらしいが、玄関を潜る頃には息も絶え絶え。ドアが閉じれば四つん這いになって息を荒くしている。

 ベルベットは珍妙な生き物を見る心地で友人を見下ろした。


「その割によく家まで来れたね」

「と、途中からお客様ですかって声をかけられて……引き返せなかった……違いますっていったら、きっと怪しまれて殺される……!」

「被害妄想もそこまで行くと立派だよ、カルラ」


 相変わらず生きにくい性分だが、立ち直りが早いのもカルラだ。

 ベルベットの出した、絶妙に渋い茶を飲み干す頃には落ち着いた。


「そっちが来られないから私から出向いたけどさぁ、その、倒れたって手紙にはあったけど、身体の方は大丈夫なわけ?」

「ご覧の通り。毎日楽しくて感謝の涙が溢れて止まらなかったところ」


 ベルベットの退屈にカルラは嬉しそうに笑う。

 

「ベルベットは肉体派だもんねー。頭で考えすぎるとすーぐ手と足が出るしぃ」

「場所は選んでるでしょ」

「そういって酒場の乱闘で腕利き達をぶっ潰したこと覚えてる? あれでうちのアパートの人達がベルベットに手を出してこなくなったじゃん」


 などと言ってくるが、これにはベルベットも反論を禁じ得ない。

 

「記憶の改ざんが得意なようで。元はといえばカルラが連中に悪態をついて、それを聞かれたのが原因だったよね」

「無理やり女の子を連れて行こうとする変態は気色悪いって、普通のことを言っただけ」


 あれはベルベットが傍に居ることをわかっていての悪態だった、と言ってやりたいが、おそらくこの話は平行線を辿る。諦めて用件を促すと、カルラは周囲に目を配り、声を潜めた。


「家の周りにいる人達は、ミシェルさんについては知らないんだよね?」

「手紙に書いた通りだよ。知ってるのはグロリアとエルギスだけ」

「りょーかい。……まったく、倒れたからうちに来れないって書いてあっただけでも心臓止まるかと思ったのに、あんな仕事を寄越されるなんて思わなかったよ」


 ミシェルについては、手紙を通して街側の情報を弄ってもらうようカルラに依頼済みだ。大金をはたいただけあり彼女も仕事を受けてくれたのだが……。


「何かあった?」

 

 ベルベットはまめに家の様子……もとい、彼女が無事かを確認に来るスティーグの護衛へ窓越しに手を振ると、友人と歓談を行う体を装う。

 カルラは簡単に現状を説明する。

 

「強いて言えば、最近は一人の娼婦を探して、なんか偉そうな連中が探りを入れてるっぽいとは、私の手足の子達が聞いてる」

「街の人達はなんて?」

「この程度だったら、娼婦と娼婦に騙された貴族にある話だから気にされてないよ。ただ、あんまりにも続くと疑惑は向くだろうね」


 ギディオンはベルベットに任せると言ったが、やはり一人だけに任せる真似はしないだろう。よろしくない話ではあるが、その程度は想定範囲内だ。だからこの程度でカルラが赴いてくる理由にはならないはずで、続きを促すベルベットに、友人は言い辛そうに身じろぎした。


「……完全なお節介だとは思ったんだけどさ、ベルベットって、お母さんについてどれだけ知ってるかと思って」

「どういうこと?」


 カルラは「やっぱり」と言わんばかりに息をつく。まるで完全に事情を把握している側の顔つきに、ベルベットは身を乗り出す。


「カルラ、貴女一体なにを言いたいの」

「昔、ヘディア公国で起きたコルネイユ公爵令嬢の起こした事件について、どこまで知ってるのかってこと」


 彼女を見上げる友人は、まるですべてを知り得る賢人のような目をしていた。


※たしか書籍1巻でもかなり補足済み

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お母様は伯爵令嬢でなく公爵令嬢だったのでは? 別人??
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