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2-閑話.授業参観は突然にⅡ

 ベルベットの申し出により、彼女は明らかにヨセフィーナの正体に気付いた様子を隠していないのだが、ヨセフィーナは本当にバレていないと思ったらしい。

 数分後、ハーナット家の窓から覗くのは顔に肩掛けを巻いた不審者で、彼女は息を荒くしながら外を眺めている。

 ベルベットが機転を利かせてスティーグ達を追いやったのは、ヨセフィーナからよく視線が通る部屋。

 王妃は窓に齧り付くようにベッタリと張りついている。


「は、はぁ……スティーグが、あんなに、活き活きとした顔を……」


 せめて直前に自ら持ち出した「教育係」の設定くらい維持してくれないだろうか、と頭が痛いエドヴァルドとグロリアである。

 ベルベットといえば、自国の王妃のとんでもない姿に遠い目になっている。


「ベルベットさん、もっと、もっとスティーグが活躍している姿を見ることはできないかしら……!」

「あーはいはい。でしたら、わたしの弟に言って彼の愛馬を連れて来させましょうか」

「まあっ! それは素敵ね、レンブラントといえば夫……ンンッ! 陛下が直接スティーグ様にお選びになった馬なんですの。彼らが仲睦まじい姿は、いくらでも見ていたいくらい!」

「はは。それはよかった」


 ベルベットは、傍目には平常だ。王妃にもつつがなく接し笑っているように見えるのだが、その実どこか諦観を含んだ眼差しに、グロリアがそっとハンカチを目元に当てている。


「姉さん、国王陛下と王妃殿下を敬愛していらっしゃるから、夢を壊しちゃいけないと思ってたのに……」


 彼女の呟きを耳にしたのはエドヴァルドだが、息子の彼としては王妃に抱かれた幻想が粉々に砕ける瞬間を目撃するのは数十回目だ。アレーンのおかげで回数こそ激減したので、これでもマシになった方だった。

 そのヨセフィーナは、働くスティーグを涙目で観察することに余念がない。

 姉に命じられたリノがレンブラントを連れてくると、驚きながらも愛馬の額を撫で、まだ馬には慣れないルーナに接し方を教える。

 エドヴァルド達では、ここしばらく見ることの叶わなかった完全な自然体だ。母のついでで同伴したエドヴァルドだったが、あどけない表情を見せる弟の姿にはつい懐かしさを覚えてしまう。

 ヨセフィーナはまだ窓に齧り付いているので、当分は大人しいと判断すると、無言の合図でベルベットを連れ出した。

 ヨセフィーナのいる部屋から十分距離を取ると、まず行ったのは謝罪だ。


「すまない。母が迷惑をかけている」

「事情は大体察せたので、謝っていただくほどでは。スティーグが気になるのは当然でしょうから」

「しかし君に迷惑をかけたのは確かだ。母を制御しきれず、しかも茶番にまで付き合わせている」

「あー……やっぱりあれ、本気でバレてないとおもってらっしゃる」

「いざという時はしっかりしている方なのだけど……」


  あれが母のすべてとは言わないが、グロリアの言葉を踏まえれば、さぞベルベットをがっかりさせたに違いない。己の失態に落ち込む王子だが、彼女の反応は予想と違った。


「でも、少し安心しましたよ」

「安心?」

「ほら、スティーグはもう十八ですけど、親御さんにとっては息子に違いないでしょう。まるで会ったことのない人の、しかも平民の家に居候なんて心配じゃないかと思ってましたから」


 ……意外と失望してはいないらしい。

 温かい眼差しをヨセフィーナのいる方に向けるベルベットに、エドヴァルドは目を丸める。


「……王妃らしくないとは言わないのだね」

「なんでですか」


 彼の言葉こそベルベットには意外だったらしい。

 くすりと笑う姿は、立場は違えど一人で弟妹達を養育してきた親代わりとしてヨセフィーナを理解するようでもあり……少し、羨ましそうにも見える。


「いいお母さんだと思いますよ。殿下もそう思ってるから、妃殿下のフォローに回るんでしょ?」

「あの頼りなさでは……ああ、いや、違う……そうだね。母上の個性は困らされることも多いけれど、私にとっては救いだったよ」


 ベルベットは若い身空で母を亡くしたのだったか。彼女の身の上を思い出したエドヴァルドは、偽る必要はないのだと素直になって心を吐露する。

 ヨセフィーナの息子達に対する愛。それを隠そうとも隠せない素直さは愚直だからこそ伝わりやすい。


「私は王子として求められることの方が多かったからね。母上も礼儀作法は厳しかったけど、私達の話を聞いてくれたし、なにより間違ってると思ったことは父上であっても真っ先に反論してくれたから……」

「教育方針の違いってやつです? 意見が合わないこともあるんですね」

「たまにはそんなこともあるさ。母上は基本的に私達の味方だから、父上の悩みの種だけどね」

 

 夫婦の話を嬉しそうに聞くベルベットを、エドヴァルドは改めて罪深いと感じた。それは上辺だけでなく、心から母に同意してくれた嬉しさもあったかもしれない。

 意図せず、ベルベットに向かって手が伸びたところで、間に割り込んだのは二人分の声だった。


「殿下?」

「おい、そこの馬鹿」


 デイヴィス家の令嬢と宮廷魔道士が揃って青筋を立てている。

 前者が王子を睨み付けながら姉を引っ張って行くと、残った宮廷魔道士が主に並びながら声を低くした。


「見てないところでなにしようとしてるんだ、あんたは」

「今日は登城したのでは?」

「そんなもん朝に済ませて帰ってきたに決まってる。万が一があったら、ベルベットだけでスティーグを守れるわけないだろうが」

「弟を気遣ってくれるのは嬉しいけど、最近の君にしては職務に忠実だね。いつものように部屋に籠もってはいないのかな」

「自分のテリトリーで外野がうるさくしてたら、居ても立ってもいられないってもんだ」


 言外にハーナット家を自分の家扱いするエルギスと、邪魔者扱いされたエドヴァルドが笑い合う。だが見る者が見れば、二人が声もなく心が血みどろになるまで拒絶し合うつもりなのは見て取れたろう。

 その二人を止めることができたのは、やはり一人だった。


「そこに突っ立ってると邪魔だから、もう少し端に避けてもらえます?」


 戻ってこない二人に踵を返したベルベットが声をかけ、そのまま視線をエルギスに向ける。


「ちょうどいいから、妃殿下とスティーグ達が鉢合わせしないように見張っててよ」

「鉢合わせ?」

「や、妃殿下がもう帰るって……」


 まだ家に招いて少ししか経っていない。出した茶が冷め切らぬ前に帰宅を決めたヨセフィーナは、おそらく満足げな表情を浮かべているであろう様子で、深々とベルベットに頭を下げた。


「スティーグ殿下の活力に溢れた姿を拝見できて嬉しく思います。ご苦労おかけすることと存じますが、どうぞ殿下と仲良くしてやってくださいませ」

「あ、いえ、わたしは偶然ご縁があっただけですから、特別苦労という苦労は……」

「ベルベットさんが殿下に大変よくしてくださったのは存じています。もちろん、エドヴァルド殿下の命を救ってくださったことも……」


 ヨセフィーナの服を握る手に力が入る。 

 

「すべて……本来わたくし共が成すべき義務を押しつけてしまったことを恥じておりますが、殿下が貴女と出会ったことで、本来の自分を取り戻したのもまた事実。無実の少女を救っていただいたことも……」

「あ、あの!」


 全身がむず痒くなってきたらしいベルベットが、両手を突き出しストップをかける。いまにも逃げたいといった面持ちで、顔を背けながら叫んだ。


「わたしはちょっと手を貸したくらいなので、殿下が立ち直れたのは殿下自身の、妃、教育係さん達みなさんのお力ですからっ。頭を下げていただく必要は一切ないのでっ、わたしなんかに敬語を使われなくてもよろしいので……!」

「まあ姉さん、真っ赤になってかわいい」


 呑気な感想を漏らすグロリアだが、一方で黙り込んだヨセフィーナは、おそらく神妙な面持ちだ。しばらくの沈黙を待って、胸の前で両手を組み合わせた。


「あの、騙して申し訳ないと思うのでお話ししますが、実はわたくし、殿下の教育係などではなく……」

「ストップーーー!!!」


 ベルベット的にはここでバラされる方が対応に困るのだろう。全力でヨセフィーナを止めると、彼女の身体をくるりと翻して背中を押す。


「あの、ベルベットさん?」

「見つかりにくい勝手口を案内しますっ」

「あらあらまあまあ、背中を押さなくてもわたくしは歩けますのに、夫みたいなことをなさいますのね」

「ふ、夫婦仲がよろしいことで……!」

「そうなんですの! 夫ったら……あ、夫はそれなりに偉い立場の人なのですが、いつまで経ってもわたくしを世間知らずのように扱いますの。迷子になるといって、仕事があるのにお散歩にまでついてきて!」

「聞いていいのかなぁ、それ……!」


 ヨセフィーナは夫を愛している。惚気が始まると止まらないことを知っているエドヴァルド達は諦観の息をついたが、その彼女を止めたものがあった。


「あら、これ……」


  彼女のひと声で、一同の視線が廊下の絵画に集中する。素朴な額に飾られたそれは、どこにでもあるような風景画だ。

 売り物にしては雑な筆遣いにヨセフィーナが注目すると、ベルベットは困惑した。


「それですか?」

「ええ……」


 エドヴァルドも絵を観察するが、どこかの庭園であるらしい以外は変哲のないものである。

 まるで魅入られてしまったかのようなヨセフィーナは、過去を探るように口元に手を運ぶ。


「わたくし、このお庭をどこかで見たことあるような気がするのだけど……どこだったかしら」


 反応に困ったらしいベルベットに、グロリアが首を傾げる。


「うちに絵画が飾ってあるなんて珍しいと思ってたけど、これは誰が描いたのかしら? 見たところ画家のサインもないから、素人だっていうのはわかるんだけど」

「誰も何も、描いたのは母さんで……」

「……あら」


 ベルベットが困窮したはずである。

 侯爵を相手取れていたとはいえ、一介の娼婦が描いた風景を王妃が見覚えがあると言うのだから、どう返事をしたものか悩むに違いない。

 困り果てた姉を助けようと、グロリアが手を叩いた。


「ヨセ……教育係さん。玄関の方で音がしたから、もしかしたらスティーグ殿下が戻っていらしたかもしれません!」

「まあ、それは大変!」


 グロリアのひと声で我に返ったヨセフィーナが、スカートの裾をたくし上げながら慌ただしく走りだす。勝手口から進んでいった林の陰で、すでに帰る準備万端だったアレーンの用意した馬車に乗り込むヨセフィーナ。

 最後は窓から身を乗り出しながら一同に叫んだ。


「どうかスティーグ殿下をよろしくお願いいたしますわね! このお礼は、いつか必ず……」

「出せ」


 最後まで言わせず合図を出したのはアレーンだ。

 エドヴァルドも、そしてベルベット達も王妃手ずから『お礼』をされては困るので、この判断は正しかったに違いない。

 王妃という嵐を見送りひと息ついた一同だが、ひと息ついたベルベットが顔を横に向ける。


「……エドヴァルド殿下はなんで残ってるんです?」

「私はまだお茶をご馳走になってないから」


 しれっと言いきるエドヴァルドとベルベットの間に、警戒心を剥き出しにしたグロリアが入る。犬猫よろしく妹を宥めるベルベットが周囲を見渡した。

 

「ちなみに、ずっと気になってたんですが、ずっとギディオン隊長達の姿が見えなかったのは」

「お忍びだしアレーン達がいるから置いてきた。あとで迎えに来るさ」


 スティーグが学業に集中し政を手伝うようになった合間に休息を取るように、エドヴァルドとてひと息つきたいときはある。

 先ほどから睨みを利かせてくるグロリア、背中を向けて感情を読ませないエルギスに向け、エドヴァルドは人知れず口角を持ち上げる。

 今日は素敵な休憩時間になりそうだった。



別連載ですが「転生令嬢と数奇な人生を」の漫画予告がでました。

ハヤコミをご確認いただければ幸いです。

また本年は連載にお付き合いいただきありがとうございました。

来年の新章や書き足しの多い1巻発売(小グロリア視点のベルベットを守る戦いや世界説明・エルギスの一目惚れ話書き下ろし)もどうぞよろしくお願いいたします。

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