2-40.不確かでも一筋の光を
ベルベットは指を二本立てる。
「ルーナ嬢の親しい友人は二人。まずはアリス・セリーニで、彼女は治癒を得意とする魔道士の卵です」
「私も紹介を受けたことがあったね」
「殿下が覚えておいででなによりです」
彼女が優秀な生徒であることはすでに証明されている。
もう一人はこれから初めて出る名前だ。
「もう一人はフェリシー・マルゴワール。彼女はルーナ嬢とは幼馴染みだそうで、あの宣言にショックを受けたことで、現在休学中です」
フェリシーは伯爵を父に持つ、明るく溌剌とした娘だったようだ。ルーナとは正反対の性格で本来なら接点もなさそうだが、親同士が仲が良く、その関係で親しかったらしい。
グロリアが二人について教えてくれる。
「彼女のクラスメイトに話を聞いてきました。元々はルーナと仲の良い二人組で、学園からはアリスを交えて三人仲良くしていたみたいですね」
「……グロリア、君の姉は、その仲良く過ごしていた友人を疑っているようだが、君もその意見には変わりないのか」
「エドヴァルド殿下。殿下は私の姉が平民なのはご存知でしょう」
エドヴァルドが片眉を顰める。今更なにを、とでも言いたそうな表情の王子に、グロリアは微笑む。
「姉は、これでいて身分を気にする人なんです。ろくな確信も持たず、遙か上の身分の方を御前にして、貴族の令嬢を疑るような告発はいたしません」
「……それは失礼をしたね。いや、決してベルベットを疑いたいわけではないのだが」
「お気持ちは察しております。ですが聡い殿下なら、マルゴワールの名前で、すでにピンときたのではありません?」
確信を得たようなグロリアの言葉だが、エドヴァルドはあえて口にするのを避けているように窺える。これに追い打ちを掛けたのはエルギスだった。
「黙っててもしょうがないだろ。マルゴワール伯は僕ら魔道士……特にフィリオンあたりだな。あいつに出資したりで手広くやっている。そのご令嬢なら魔道士と繋がりを持つのも難しくない」
初めて出る名前はエルギスと同じ宮廷魔道士だ。研究室にこもりがちなエルギスと違い、かなり手広く活動している。かなりの野心家で、次期魔道士長を狙っているとの噂の御仁だ。
さらにエルギスは、外見のみならず声まで精巧に偽るような魔具を作るには、それ相応の魔法を込めておけるだけの素材が必要だと説明する。
「具体的にはハイグレードの一級魔晶石を基に、五十歳以上の水トカゲの鱗を十枚、夜光蝶の鱗粉を二瓶。っと思いつくだけでこれなのに、一級魔晶石なんてルートが限られてるから所有者は限られる」
素材の価値などベルベットには想像もつかないが、相当の高値がつくのは間違いない。これだけ聞いてもエドヴァルドの顔色が優れない理由を、ベルベットは上官に確認した。
「殿下のこの様子だと、マルゴワール伯というのはおおっぴらに告発すると拙い方なんですね?」
「……顔が広い御方ゆえ、殿下といえど容易に相対して良い方ではない。まして、魔晶石が絡むとなれば娘の不始末だけでは済まないはずだ」
「親に飛び火しますか。たしかに十六歳だと、まだ親の庇護下にありますからね」
その一言で、マルゴワール伯の立場が知れよう。
しかしエルギスは、エドヴァルドにとってさらに都合の悪い事実を告げる。
「でもなエドヴァルド、もっとあんたにとって胃の痛いことを言うんだが……」
「まだあるのか」
「僕が調べた感じ、マルゴワールの娘はルーナ嬢の出奔前から頻繁に宮廷を訪ねてる」
「な……」
「……エルギスよ。それは事実か?」
「記録が残ってるんだよ、アレーン。ちゃんと調べれば、誰と会ってたかもわかるはずだ」
顔色の優れないエドヴァルドに代わり、淡々と確認を取るようなアレーンにエルギスは言った。
「逆にアリスって娘だけど、魔具を作れる実力はあるかもしれないが、あっちはセリーニの養子だ。昔の失態が祟って魔道士達の受けが悪いし、一級魔晶石を入手できるほどの顔は効かせられない。あと、養子にそこまで金をかけてるようには見えない……だっけか、グロリア嬢」
「こう言ってしまうのは可哀想ですが、子爵はご自身の身の方が可愛いようですね。アリスが贅沢をしているという話は聞けませんでした」
実際調べたのかもしれないが、おそらくアリスの経歴についてはグロリアの『前世』が誰よりも詳しいはずだ。自信に満ちるグロリアとエルギスの息は恐ろしいほど合っている。
「だ、そうだ」
「殿下、それとアレーン様、私が学園で見聞きしたお話と、エルギス様の言葉が真実かどうかは、必要なだけお調べになってくださいな」
エルギスとグロリア、美しさの種類は違えど整った顔立ちの二人が揃って笑むなら、それは魅惑的というよりも威嚇を彷彿とさせる。無論、それしきで怯むようならエドヴァルドは王子を、アレーンは近衛隊長をやっていない。魔性の笑みに怯える様子は見せないが、ベルベットはエドヴァルドの悩みを見透かすように肩をすくめた。
「わたしはスティーグとルーナ嬢を会わせた理由と、自らの潔白を証明したいだけで、マルゴワールのお嬢様を告発したいわけではありません。もちろん、罪状が明らかになるなら嬉しいですけど、そう簡単に行く話ではないんでしょう」
「魔道士の誰が関わってるかによるだろうが、妨害が入るのは間違いない」
「エルギスさぁ。貴方から話を聞く度に思うんだけど、魔道士ってそんなに権力が好きなの?」
「王城じゃ嫌いな奴を探す方が難しい」
あざ笑うようなエルギスにアレーンが苦言を呈する。
「エルギス、お前はさきほどから殿下を困らせることばかり口にしているが、その身は一体誰の味方なのだね」
「今回の場合は、やってもいない罪を着せられた女の子だな」
魔道士は皮肉げにアレーンを見やる。
「気に入らないならお前から妃殿下に、僕の職を解くよう言ってもらっても構わない。どうぞエルギスは王家に宮廷魔道士に相応しくない人間です、って進言してくれ」
エドヴァルドとアレーンは独自に調査を入れるだろうから、真実はこれから明らかになるはずだ。
ベルベットにできるのは王家が正しい判断を下してくれることで、今できる主張はこれで終わりだが、これらを伝えることで初めて言いたいことを口に出来る。
「エドヴァルド殿下」
「……なにかな?」
「これでスティーグの気持ちを、少なくとも貴方は完全に無視できるものではなくなりましたね」
エドヴァルドは大仰にため息を吐く。
「君はルーナをスティーグの伴侶として認めろと言いたいのか」
「いいえ、まさか」
彼女の返事は、エドヴァルドにとって意外だったようだ。わずかに目を見張る王子にベルベットは小首を傾げる。
「先ほど妹も申し上げましたが、わたしはこれでも自分の立場は弁えているつもりです。ただの近衛の分際で、王子の伴侶選びに口を挟む資格はありません」
「ならば……」
「でも、一人のサンラニア国民として、正しく生きている人が報われる国を作ってくれるのが王家だと信じたい。この気持ちは間違ってないと信じています」
自分たちの暮らしをより良く導いてくれる正しさを持つのが、サンラニアという国であると期待をかけるのは悪いことではないはずだ。
であれば、少なくともルーナは多数の顔に泥を塗った令嬢ではなく、身分が足りずともスティーグに選ばれた人として土俵に立ってもらいたい。
そこから這い上がれるかどうかは、すべてルーナと、彼女を支えるスティーグ次第だ。
賭けのような未来にベルベットは朗らかに笑う。
「わたしにできるのはお膳立てだけで、二人がうまくやれるかどうかは、ほとんど祈りみたいなものですよ」
「……祈りが届かなかったら?」
「笑って誤魔化します」
スティーグの願いを叶えるため移した行動が無駄になるわけではないので、それはそれだ。
ベルベットは周囲を観察する。
表情だけでは、アレーンはなにを考えているのか読めない。
ギディオンはすでに覚悟の座った目をしているが、すべてはエドヴァルド次第だという顔だ。
エドヴァルドはたっぷり時間をかけて長考すると、ひとつの結論を出した。
「……ひとまず、これに関しては、君の意見をもとに正式な調査を入れよう。アレーン、このことを母上に伝えるのは自由だが、手出しは控えるように。間違ってもお前の配下に手を出させるな」
「御意」
「……うっかりだろうが、なんだろうが、決してだからな」
「心得ております。殿下は誤解されているようですが、いまの話が事実であるならば……無実の子供を見捨てるほど、自分は悪魔ではありません」
強めに念を押すエドヴァルドの目は、臣下が従順な返事を行ってなお疑い深げだ。過去に何かを伺わせる態度は興味を誘ったが、好奇心は心の中で抑えた。
大事なのはエドヴァルドが訴えを無視しなかった点で、彼は本腰を入れて調査を入れることを決めた。
「エルギス、必要な報告書をまとめたまえ」
「もう完成してる。あとでギディオンに渡しておこう」
「まったく用意のいいことだ。勝てない勝負が嫌いなお前が彼女に付いていた時点で、嫌な予感はしていたけれどね」
「別にそれだけじゃないけどな」
しかし、とエドヴァルドは酷く疲れた様子でベルベットに愚痴を零す。
「本当に濡れ衣を着せられただけだとしたら、ルーナには声を上げて抵抗して欲しかったよ」
「殿下殿下。相手、十六歳の女の子ですからね?」
「たとえば君のような活動的な人なら、若くても無実を訴え続けるだけの気概はあるだろうが……」
「十六歳ならわたしだって、まだそれなりに弱気な少女ですけれども」
「それには疑問を呈したいが……」
アレーンは静かにエドヴァルドに頭を下げる。無言の許しを得て背を向けた近衛隊長は、これから王妃に事の経緯を説明しに行くと思われた。
ギディオンに指示を飛ばすエドヴァルドを尻目に、グロリアがこっそり姉のお腹をつつく。
「よかったわね」
この時、ベルベットが密かに安心していたことを知っていたのはグロリアくらいだろう。
実を言えばエドヴァルドが彼女の訴えを無視する可能性も考慮していただけに、聞く耳を持ってくれただけでも一安心だ。
「グロリア」
「なに?」
「満点とは届かなかったけど、これでよかったと思う?」
欲を言えばここでルーナは晴れて無罪なんて都合の良い展開を想像していたのだが、やはり上手く運ばない。心の不安をさらけ出す姉に、グロリアは自信満々に微笑む。
「ばかね。王子相手にこれだけやったのだから、百点満点よ」
普段相手にしない人達と対峙したせいで、心はすでに疲労で一杯だ。いますぐにでも家に帰って休みたい気持ちでいると、グロリアが晴れやかに笑った。
「お疲れさま、姉さん」
「……ほんと疲れた」
ただ、ここで切り上げるのはまだ早い。
一時的でもスティーグの身柄を預かり、またルーナの無実を訴えた者として、彼女から話を聞く必要がある。さらに言えば再会を喜ぶ恋人達とエドヴァルドの面会を見届ける必要があった。




