2-33.注目のカード
なぜベルベットがコルラードと対戦するのを避けたいか。
理由は少年は尊敬するギディオンと並びたいと願う気持ちが強く、あらゆる経験を積むことでより武の高みに登ることができると信じている節があるせいで意気込みが強いせいだ。
御前試合に出ると決めた以上は無駄なあがきかもしれないが、同隊同士とあって、さらに人を集めることになってしまい、これがベルベットをうんざりさせた。
なぜなら、これまで普通の生活をしていた身では、大勢の人に注目された経験などない。
だから彼女は嘆く。
「――どうしてこうなった……!」
だが時間は止まってくれない。
この時になると試合の練度も高くなっているから人の数は初日の比ではなく、しかめっ面を隠せない。
受付は無事に終わったが、他の試合が長引くせいで待たされていると、横に見知った人物が並び立つ。
「なんで貴方がそこにいるわけ」
「もちろん義手の調子を確認しにだ」
「いままで不具合なんて数える程度しかなかったし、貴方の腕は信頼してる。こんなところに足を運ぶ必要なかったでしょうに」
「嬉しい言葉だが、僕だってこれは初の試みだからさ……わかるだろ?」
エルギスの意味ありげな問いに、どのみち追い返すなどできるはずもないと肩をすくめる。柱に背中を預けると、試合に熱中している人々を眺めた。
王家や国民を守る誉れ高い人々も、ああも熱中していては、そこらの人となにも変わらない。心あらずと言った様子で答えた。
「ご自由に」
「それに外野が嫌なんてもう言ってられないだろ」
「わかってますー」
「あと知り合いの見学に文句があるなら、あっちに言いな」
「あれは無理」
はじめっから諦め口調なのは「彼女」の隣にいる人物を認めてしまったせいだ。
いったいどうやって潜り込んだのかはわからないが、練兵場を見下ろせる二階の吹き抜け廊下にグロリアがいる。さらにその隣にはスティーグがいて、彼女を挟むようにして佇むエドヴァルドとわざとらしく距離を置いていた。
見学するのは本戦ではなかったのか――ベルベットが内心でぼやく間に、ひそひそ話が耳に届く。
「あのご様子では、スティーグ王子とグロリア様の不仲は解消されたらしい」
「雨降って地固まる……とはこのことか? 以前より仲睦まじく感じるぞ」
表向きは謹慎中の第二王子と、不仲と噂される婚約者が並び立っているのだから、周囲は驚愕と共に、王子の観戦という状況に盛り上がる気持ちを抑えずにいる。
試合がいつもより長引いているのも参加者に熱が入っている証拠だろう。ベルベットはため息を禁じ得ず、つい愚痴を漏らす。
「隊長が余計なこと言わなきゃ、コルラード殿がやる気をみなぎらせることもなかったんだけどなぁ」
「あいつ、何を言ったんだ?」
「むかし腕利きの武闘家に負けたらしくてさ、俺に代わりに戦ってくれ言ったみたい。そんなことを聞かされたわたしの気持ちがわかる?」
「そりゃご愁傷様」
「気持ちが籠もってない。仮に自分があの人に決闘申し込まれたらどうよ」
「船に飛び乗って外国へ観光しに行くね」
が、エルギスにベルベットへの同情はない。
そしておもむろに手を出した。
「ほら」
「ん?」
「最後に手を見せてくれ」
「はい」
ベルベットの右手がエルギスの手の平に重なった瞬間、得体の知れない、肌を貫くような感覚を全身が受け止める。辺りを見渡して、敵意の正体に気付いた。
「……なるほど」
そしてエルギスの横顔に納得した。
知っていたつもりだが、感覚が麻痺していたというのは言い訳だろうか。
周囲の顔面値が高いせいで麻痺しがちだが、エルギスは非常に顔が良い。宮廷魔道士ともなれば安定の高収入で、狙っている女性は多いはず。そんな彼女達の前で、堂々と手を握らせるのだから、その敵意は推し量るべくもないだろう。うかつな行動を取った自分を猛省するが、しかし義手を診るという正統な理由を前に、断る理由も浮かばない。
遠くから、こころなしか引きつった笑顔を浮かべる妹に、心でゴメンと謝った。
――スティーグ、うまくグロリアを諫めて。
グロリアの本性を知ったからか、彼女の扱いが上手くなったスティーグに後事を託すと、出番が近づいて来たのを悟り、背中を柱から離す。
「もういい?」
「……ああ、これでいいはずだ」
手を離すと、腰から手袋を引き抜いて両手に嵌める。
右手の開閉を繰り返しながら手袋の感触を確かめた。
「なんか感覚が上がったかも。ほんとに診察だったのね」
「一体何だと思ってたんだ」
「わたしの手を握りたいのかと思ってた」
「それも間違いじゃないけど、ここじゃ雰囲気もなにもあったもんじゃない」
軽口の応酬を行うと、エルギスに片手をひらひらと振り、真っ直ぐ舞台へ向かう。
肩を回しながら試合へと挑む彼女に向かい合うのは、すでに用意万端のコルラード。彼はこの日の登城から「本気で挑むため」といってベルベットと顔を合わせなかった。ギディオンや周囲の者達もそれを良しとしたから相当だ。
ちなみに彼女達の対立を歓迎したセノフォンテ曰く、この試合は賭けた人が多いらしい。ベルベットが勝つと彼の儲けが増えるらしいので「頑張ってください」と嬉しくもない応援をもらった。
腹心の試合とあってギディオンや、サウルも顎を撫でながらベルベット達を注視している。
審判が「では」と二人の間に立った。
ベルベットは確信をもって言えるが、審判も王子達の登場で気合いを入れている。
「コルラード・ランディ。ベルベット・ハーナットの試合を開始する。両者公平に戦われよ」
審判が下がるとコルラードは剣を引き抜き、十分な距離を保った上で、切っ先をベルベットに向ける。
たしかな信念と、瑞々しい正義と使命感を抱くことができる者だけが秘められる強い意思の輝きだ。
コルラードは宣言した。
「ベルベット。俺はお前に挑む」
「状況的にそうですね、存じてます」
「俺は本気でお前に挑戦するつもりだ。だがお前のことだ、適当に上手く躱してやろうというのは目に見えている」
「それはちょっと心外です」
勝つ気はある。
ただどうにか楽に勝利できないかという不純な動機で溢れているだけなのだが、コルラードが自分と正反対の不真面目者を理解するのは難しい。
コルラードは剣とは反対の手で拳を作る。一生かけて考えた苦渋の決断を下すように宣言した。
「お前に負けるとは、即ち俺の修行が足りないということ。そんな者があの御方の隣に並び立つなど、笑止千万。思い違いも甚だしい」
「思い詰めないでください。いやホントに勘弁してください……聞こえてます?」
「ゆえに、この試合……俺のすべてを賭ける。お前が勝利した暁には、俺は副隊長の座をお前に譲……」
「いらないです」
信じられないものを見る目を隠さないコルラードに、ベルベットは繰り返す。
「ほんといりません。最初に会ったときも言ったじゃないですか、隊長の副官は貴方だって……」
「雑談なら終わってからにしろ!」
審判に止められて、雑談は終わりとなった。
ベルベットはコルラードが一時的な感情に囚われただけであってほしいと願いながら、相手の出方を伺う。
少年は今度こそ構えを取った。
「正々堂々、行かせてもらう」
「やめた方が良いですよ?」
「自信か?」
「いえ、わたしに正々堂々という言葉はありませんって意味です」
直剣の切っ先がベルベットの胸の前をかすめる。
無論、コルラードが外したのではなく、間合いを計ったベルベットが一歩下がったことで作ったぎりぎりの間合いだ。
ベルベットの眼の光は剣のみならず、コルラードの足や腕に注がれている。足さばきや服越し動かされる筋肉、身体の動きに応じて二手三手を予測し逃げていた。
「正々堂々とは自信と信義を持った、自分を正当化出来る人の言葉だと思っているので」
「お前、試合でも軽口を……!」
「癖で」
こうして仕合えばわかるが、コルラードはただ近衛の座にあぐらをかくだけの、態度が大きい少年ではない。
上官に憧れ、積み重ね続けた成果を確実に肉体に乗せることのできる努力家で、ベルベットが思う以上に実地の経験もある。
一歩間違えばベルベットは大怪我を負うのに、剣を振るのに躊躇がない。
「すごい」
「減らず口をっ!」
口数が多くなるのは無意識だ。
ベルベットの目はせわしなくコルラードを追いながら、横から流れた一閃を避ける。前の試合と違い、常に近距離で避け続けるベルベットと、反撃を許さないコルラードの猛攻で繰り広げられる接戦に見学人は息を呑んだ。
コルラードは成長途中だ。大の大人には及ばない力を素早さで補い風の一部と化したような一撃を、音もなく躱して反撃に移る。
隙間を縫って突き出された右手がコルラードの側頭部を軽く叩いたら、怯むと思った少年は馬鹿正直に突っ込んだ。
コルラードはベルベットを殺す気はなくとも、怪我くらいは致し方ないと思っているのは明白だ。
そのため彼の手は、普段政敵を斃す時と同じようになめらかに動いた。
次の瞬間には、ベルベットは血を流しているだろう。そうなれば即座に魔道士を呼び、彼女を治療に当たらせよう……と考えていたかもしれない。
彼の思い描いた未来の光景は、すぐに覆された。
金属が噛み合う音とは違う、透き通った音がコルラードの耳朶を打つ。彼は目の前で広がる光景に目をうたがった。
「俺の剣を受けた!?」
当然の話だが、生身の身体で剣を受けるなど到底不可能だ。まともに受け止めれば大怪我は免れない。
ただ、いまの彼女は不可能を可能にしていた。
エルギスが仕込んだ魔具によって発露している義手が、使用者の意思を感知し、副次的に与えられた効果を発現している。
「お前、それは……!」
「いいでしょ。特別製なんですよ」
身体を守るために出した右腕前腕部分から青白い光が放たれている。
彼女達を煌々と照らす細長い魔法陣は、紛れもなくベルベットの義手から発生したものだ。コルラードの刃を防ぎ、彼女を守る盾として機能していた。




