2-5.顔の良い苦労人たち
「リリアナがケーキ切ってくれるってさ。チビ達がうるさいから早く来てよ」
「あ、りょーかーい」
テーブルでは、弟妹達が目を輝かせてベリーのチーズケーキを見つめていた。これまでハーナット家におけるお菓子といったら味気ないものばかりだから、彩りから繊細な気配りのされたホールケーキなど、滅多にお目に掛かったことがない。
「わたくし、ようやくハーナット家の竃の火加減を熟知いたしました。これからのお菓子作りは、このリリアナにおまかせください」
ケーキを一口頬張ると、子供らは頬を上気させて喜びを見せる。
弟妹達の反応に、グロリアはすっかり自慢げになった。
「リリアナはね、ケーキの他にもお花の形のクッキーだって焼けちゃうくらい凄腕なのよ」
「お花? リリアナちゃんはお花も作れるの?」
目を輝かせる末っ子ラウラに、感嘆の声を上げる双子達は、すっかり胃袋を掴まれている。
無論、それはベルベットも同様だ。いつも天使の如き笑みを浮かべながら家事を済ませてくれる名匠のおかげで、ハーナット家は厩舎の手入れや畑に身を入れられるのだが……。
押し黙るベルベットに、メイナードが下から顔をのぞき込む。
「ねえちゃん、腹でも痛い?」
「ん? あ、ごめん考え事」
顔を上げてリリアナに尋ねた。
「あなたのおかげで大分助かっているんだけど、デイヴィス家での務めやグロリアのお世話もあるでしょ。その上、うちの家事まで手伝うなんて負担が大きいんじゃない?」
「ご安心ください。グロリア様が気遣ってくださいますから、無理のない範囲でお手伝いしております」
最近のベルベットを悩ませているのはリリアナの負担で、デイヴィス家の使用人である彼女にいつまでも甘えるわけにはいかないという思いだ。
しかしいくら稼ぎが良くなったといっても、家族五人、飢えない程度に食べられていたのが、やっと普通並の生活にできはじめたところだ。使用人も考えたが、これから出ていく学費を踏まえると、人を雇い入れるのは勇気がいる。おまけにグロリアの秘密を守れる人間となれば限られており……。
気にかけるベルベットにリリアナは笑った。
「わたくしがハーナット家のお世話をするのは、旦那様も承知しております。その分の負担は減らしてくださっていますから、どうか気になさらないでください」
そう言ってくれるのはありがたいが、いつまでも状況に甘んじるわけには行かない。
翌日になっても悩みは去らず、ため息を吐くベルベットへ副隊長セノフォンテがカップを渡す。
「今朝からずっと元気がない様子ですが、お加減が悪いので?」
茶はセノフォンテ手ずから淹れたもので、ベルベット好みの風味が鼻を抜けて行く。ギディオン隊では、彼からついででもらう茶の差し入れは密かな人気があった。
部下の好みを把握している副隊長は、一緒に持参してきた包みを渡した。それは赤黄桃と揃った小さな花束で、薄紙とリボンで彩られたものだ。
ベルベットは無感情に上官を見上げる。
「またですか。はったおしますよ」
「ただの真心ですから邪推はお止めいただきたい、姉馬鹿殿」
一見誤解を受けそうな花束。これはベルベット宛ではなく、末妹ラウラに贈られているものだ。
若いとはいえセノフォンテは二十代後半で、ラウラとは二回り近く年が離れている。本来交流を持つはずのない二人の意外な組み合わせは、これも学園の爆破事件がきっかけで始まった。
セノフォンテは眼鏡を光らせながら、心外だ、と言わんばかりに胸に手を当てた。
「真心には真心でお返しするのが我が家の家訓なのです。あのように心を込められたハンカチをいただき、お返しをしないのは騎士の本分にもとるでしょう」
「毎回花を贈るのは、本分以上だなあと思うんですけどねぇ」
「いいではないですか。花に罪はありませんし、ラウラ嬢も喜んでいる。おまけに我が家で栽培している花はなかなか人気なのですよ。時には高値で売れるほどです」
「花を売るって、貴方は商売人なのか貴族なのかはっきりしませんか」
「ほぼ平民と変わらない没落貴族ですよ」
妹の心を奪いつつある男に、ベルベットは敵意を隠さない。
「没落でしたら色々あって大変でしょう。無理に平民に贈らなくてもけっこうですよ!」
「無邪気な少女が喜んでいると知った母の励みになっているのです。ゆえに、これは親孝行でもあるのですよ」
セノフォンテは部下の頭に書類の束を置いて、無理矢理受領を完了させる。
紙束を受け取ったベルベットは、露骨に顔を顰めて紙を捲る。
「……なんですこの家名がずらっと並んだやつ」
「エドヴァルド殿下の御身を守る近衛として、貴女が覚えねばならない貴族のリストです」
「いままで教えてもらった分では不十分だと?」
「その通り。貴女にはそろそろ、本格的に警護に加わっていただきたいとわたくし達は考えています」
ベルベットは所謂中途採用で入隊した身で、本来ならまだ王子の身辺を任せられるような人間ではない。しかしセノフォンテは、すでに条件は整っていると告げた。
「貴女には殿下をお守りし、勲章を授与された実績がある。それに男装は女性受けが良いので、やはり立っているだけで様になります。わたくもかなり負担が減りました」
最近は慣れた人も多いが、初見の女性は大体ベルベットに目を奪われる。
セノフォンテも近衛にしてはやたら着飾っているが、それはこの二人がギディオン隊において屈指の『顔』役だからだ。
なにせ隊長のギディオンは、これまで数々の戦場で功績を挙げてきたものの、愛想のなさが致命的で、本人の意思とは関係なしに周囲から怖がられやすい。
もう一人の副隊長コルラードも、貴族としての振る舞いは備わっているが、実力主義者のギディオンを敬愛するあまりに彼を習っている傾向がある。若さゆえの熱意と実直な性格が実力の裏付けをしているが、不正を見逃せない部分が稀に短所に繋がる。
どこの世界にも当てはまるが、人当たりも特に重視されるのが近衛の世界だ。
ギディオン隊における周囲との円滑なやりとりは、セノフォンテの努力と、最近はベルベットの補助で回っている。
ぺらぺらと紙を捲るベルベットは気になる項目を見つけた。
「…………この御前試合ってなんです?」




