2-4.婚約破棄の裏側で
「なんで第二王子のことなんて気にするの?」
「彼も攻略対象だったのかなって」
「ああ、そういうこと。それはもちろん対象よ……でも、私はどんな運命を辿るかまでは詳しくないかな。好みじゃなかったから、最後まで見てないのよね」
さりげに酷い一言を付け加えるグロリアは、無言の非難を感じて焦ったようになった。
「だ、だって全クリしたわけじゃなかったのよ。推しのために各ルートの概要を調べたくらいで……」
「ごめん、わかる言葉で喋って」
「も、物語を全部知ってるわけじゃないってこと。そういう意味でなら、獣医のヴィルヘルムも一緒よ」
「え、ヴィルも?」
「……待って、ちょっと待って。ねえ! なんでヴィル呼びなの!?」
ぎょっと目を剥くグロリアに、ベルベットこそ困惑を隠せない。
「そりゃ……セロを継続的に診てもらってるし、ジンクスの掛かり付けも任せたし」
ヴィルヘルムは有能な獣医師で、ギディオンの紹介のもと、愛馬セロの診察を切っ掛けに知り合った。
せっかくの縁だからとその後も愛馬を診てもらうようになったのだが、顔を合わせるときはグロリア不在の時間帯だ。動物に向き合う姿勢は熱心で、ベルベットはその熱意を買って愛馬を任せ、彼の人当たりの良さから仲良くなった。
信じられない、と言わんばかり青ざめるグロリアに、ベルベットは思い返す。
「あー……そういえば初対面の時、家名まで言い当てたんだっけ。そっかそっか、そういう……」
「ど、どど、どこまで関係は進んだの!?」
急に問い詰めてくる妹に、大丈夫、とベルベットは制する。
「そんな心配するほどじゃない。たまにご飯を一緒する程度だから、いい話し相手って感じ」
「ごは……!?」
昼食頃に尋ねることが多いから、その関係で相伴に預かるだけだ。しかもヴィルヘルムの助手も一緒に席を囲んでいるし、慌てるようなものではない。良い友人が一人増えただけだ。
「ね、姉さん、姉さんってほんと……なんで、そんな知らない間に知り合いを増やして……」
グロリアは文句をいうも、いま言っても仕方ないと思ったのか咳払いを零した。
「まあ、それは後で良いわ……スティーグ殿下は、いまは学園を休んでいらっしゃるの」
「そうらしいね」
「らしいねって、知ってたなら聞く必要あった?」
「貴女がどこまで把握してるのかなとかは気になるじゃない。近衛にいたって、姿を見せないって話だけしか入ってこないから、なんで休んでるのかまでは知らないし」
「それは……やっぱり、私が原因だと思うわよ?」
やはりと言おうか、ベルベットとグロリアが再会するきっかけになった婚約破棄が原因らしい。あれからグロリアは婚約破棄などものともせず過ごしているが、スティーグはそうではない。婚約破棄の件は社交界において噂の的になり、第二王子は侯爵家との繋がりを自ら破棄しようとした愚か者として嘲笑されている。
グロリアはその後ろ指に耐えきれなくなったのではないか、と言った。
「もともと直情的なお馬鹿さんで、精神面も強くない御方なのよね。まあ、だから話しやすい人ではあったんだけど……」
ベルベットは頭を捻る。
妹の物言いは、婚約破棄をしてきた相手を語るにしては親しみが籠もっている。
「グロリアって……その言い方だと、殿下の事、そんなに嫌いじゃない?」
「ええ」
あっさり頷く。理解不可能なベルベットに、妹はほう、とため息を吐いた。
「あんなことをしでかしてしまうくらいには後先考えないし、劣等感だらけの人だけど、根っこは素直なのよ。素直すぎて時々頭が痛くなるけど、捻くれ者ばっかりの貴族にしては御しや……話しやすいし」
「……なのに婚約破棄に持っていったの?」
「だって死にたくなかったんだもの。あと、好ましいと結婚したいかは別よ?」
グロリアは最短の手順を選んだだけで、なおかつスティーグを選んだのは、他にもわけがある。
「殿下は陛下達に愛されてるもの。たとえ馬鹿をやっても、他の人ほど酷いことにはならないし、まず立ち直ることができるわ」
しかし姉に改めて話をされたからか、悩ましげに眉を寄せる。
「ひとつ誤算があったとしたら……姉さんは婚約破棄騒ぎの時、殿下の隣にいた女の子を覚えてる?」
「ええっと……伯爵家の娘さんだっけ」
爆破事件前の、エドヴァルドとスティーグの会話を思い出す。
少女の名前はルーナで、由緒ある伯爵家の令嬢であり、グロリアと同級生だと教えてくれた。
「私はただ婚約破棄に持って行ったつもりなんだけど、彼女がスティーグ様と親しい関係になってたのは、完全に誤算」
「二人揃ってたのは、貴女が仕組んだんじゃなかったってこと?」
「私は殿下と不仲にはなれても、彼の心や、個人的な時間になにをしてたか、なんて操れないわよ。まさかパーティ会場で隣り合わせてるなんて思ってもなかった」
しかも、とグロリアは少しだけ困った様子で両手を組み合わせる。
「彼女もあれから学園を休んでいるの。それというのも、あの宣言って彼女の御家族も話を知らなかったらしくって……」
「ありゃ……」
「それが私の最大の誤算ね……伯爵家の娘が後先考えずに殿下の心に入り込んでたなんて思いもしなかったし、話を聞いたときは本当に驚いたのよ。一応伯爵家には連絡を取ろうとしてみたけど……」
気まずい思いがあったらしくフォローしようとしてみたが、すべては手遅れだ。
「伯爵家は謝罪ばっかりで、気にしなくて良いの一点張りよ。私もお義母さまに、伯爵家には二度と関わるなって手出しを禁止されちゃった」
貴族の常識に疎いベルベットでも、伯爵家がいかに慌てたかも想像できる。
グロリアは同級生の行方について、こう憶測を立てた。
「王家への示しのためにも、ルーナは遠方の親戚に送られたか、教会に預けたんじゃないかしら」
いまのルーナは病欠扱い。いずれ正式に退学の報せが届くのではないか……そんな話を聞いていると、部屋のドアがノックされる。
二人を呼ぶのは弟のリノだった。
馬など気に入ってる描写が多いので感想嬉しいです。ありがとうございます。