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11.変わりはじめる関係

 ギディオン率いる近衛隊に身を寄せ半月経った頃、セノフォンテの企みの結果はベルベットの想像の斜め上を行った。


「ベルベット様、少々よろしいでしょうか」


 王城を歩いていると大抵このように女性から話しかけられる。

 振り向いた相手は誰かに仕える侍女だ。女性はきゅっと口元を引き締めると着衣の乱れを指摘した。


「ボタンが外れてございますよ」

「あ、本当だ」

「ここは王城にございます。着衣の乱れは心の乱れと申しますし、誰が見ているかもわかりません。整えられなさいませ」


 指摘されて気付いた。

 ちょうど昼休憩のときに喉元が苦しいのが嫌で襟元を緩めていた。

 急ぎのお使いを頼まれたから急いで出たのだ……思い返しながら服を直すと、そそくさと立ち去ろうとする女性を引き留める。


「うっかりしてしまいました。まだまだこういったことには疎いので、教えてもらえて助かります。ありがとうございました」

「気をつけていただければ良いのです。た、ただでさえ平民出の方は甘く見られがちなのですから、」

「お優しいのですね」

「別に……えっ」


 ベルベットは相手の驚きには気付かないふりをして手を取った。

 戸惑う相手の袖が少し曲がっていたのを直し、微笑むと少しだけ顔を近づける。


「じゃ、これは私たちだけの秘密と言うことで」


 悪戯っぽく笑えば、侍女は耳まで真っ赤になって逃げてしまう。

 残されたベルベットは苦笑をこぼしながら見送ると、軽い足取りで職場戻る。

 こんなことがあったあと、コルラードに複雑そうに聞かれた。

 

「いつもあんな対応を取っているのか?」

「あんなって、なにがでしょう」

「昼間だ。王妃様の侍女に何か囁いていたろう」

「見てたんですか? ……ってあの人、王妃様の侍女だったんですね。どうりで身なりの綺麗な方だと思いました」

「その言い方だと気付いてなかったと?」

「私が王妃様の侍女のお顔なんて知ってると思います?」


 真顔で見つめ合うと、コルラードはベルベットを非難するような目つきになった。

 

「女性相手にふざけた態度を取るな」

「いえいえ、ふざけてなどおりません。こちらとて真剣です」


 なにが、と言いたげなコルラードに真面目に熱弁する。

 

「あのですね、コルラード殿にはわたしが遊んでいるように見えるかもしれませんが、相手の手を取る行為は、普通にやると気持ち悪がられるんです。やるのは相手を見極めた上でのことですよ」

「どこで見極めるというんだ」


 あれは女性がベルベットに好意を持っているから成立する技だ。それに顔を近づけるのも距離を計って、すべて相手の細かな反応を窺って行動を起こしている。


「貴族出の雰囲気は感じ取れましたから、そういう対応も慣れてるだろうなあと思いましたし、平民の私にわざわざ忠告してくれる時点で、って感じですね」

「……よくわからんな。俺も覚えた方が良いのか?」

「いいえ。そういうのは私たちの仕事なので、貴方にはどっしりと構えていてください」

「む、そうか」

「はい。いざってときに責任を被せる人が必要なので」


 王城には貴族の子息など様々な人達が働いている。

 そのため発生するのは身分による差別で、平民であっても教養のある品行方正な振る舞いを求められる。ベルベットは体の良い雑用係だがギディオンの周りをうろつくようになり、人々が彼女に目を向けるようになったので、セノフォンテの目論見通り対人関係を任されるようになった。

 問題はコルラードよりベルベットの方が注目を浴びている点だが、目の前の先輩はそんなことは気にしていない。


「セノフォンテの企みは成功したと言うことか。そういえばたしかに、最近は現場に対する嫌味が減った気がする」

「ありがたいことに、机仕事の皆さんには親切に色々教えてもらってます」

「だが、俺たちの役目は王族の方々の安全だ。本来であれば連中に合わせてやる必要などないということは覚えておけ」

「わかってますわかってます」

「わかっておらんではないか! ヘラヘラして舐められないように気をつけろ!」


 コルラードからは、忠告をもらえる程度には良い関係を築いている。それどころか面倒見が良いくらいで、ベルベットもよくコルラードを頼り、少年のプライドを傷つけないよう配慮した。これはセノフォンテの評価だが、ベルベットの良い点は、年下の上官であってもやっかまない点らしい。

 おかげでベルベットは順調に周囲に馴染みはじめ、同隊の者達の人柄を知るようになった。

 特に仏頂面のギディオンだ。彼はあれで部下の面倒見が良く、ベルベットに対しても、多少ハードであったが健全な労働環境を与えてくれる。

 これは彼女がはじめ考えていたよりも上回る、恵まれた環境だ。


「……でも、なんですよねえ」


 ため息を吐いたのはギディオンと直接顔を合わせてからだ。

 渡した書類を読むギディオンは雰囲気を察してか顔を上げる。鋭い眼光はまるで睨んでくるようだが、実際は顔が怖いからそう見えるだけだ。


「ため息を吐かれるほどなにかしたつもりはないが」

「なんでもありませんよぉ。隊長ほどの方でも権力に逆らえないのは世知辛い世の中だなあ……と世をはかなんでいただけです」

「意味はわからんが、嫌味なのは伝わっている。文句があるなら直接言え」

「隊長に文句はありませんよ。エドヴァルド殿下やシモン殿に悪口ならあります」


 茶化すベルベットに普段なら渋面になるギディオンだが、このときは違った。

 


「顔色が悪い。寝ているか?」

「毎食食べてきっちり寝ていますが、それがなにか」

「セノフォンテやコルラードから、お前を働かせ過ぎではないかと言われた」

「働かせ……?」

「お前は前の仕事柄、俺達よりも土地勘がある。少し遠くても行ってくれるから託しすぎていたのは自覚している」


 ギディオンはしくじったと言いたげだからベルベットは固まった。彼女の反応をどう受け取ったか、ギディオンは睨み……違う、心配した。


「無理をせず問題があるなら医者に行け。聞いているだろうが、近衛なら王城付きの医師が診てくれるから金はかからん。薬代もだ」

「あーいえ、そうじゃなくて……」


 これまでは昼から深夜まで働くのが当然だった。

 数日かけて馬を飛ばすのは当たり前で、寝ずの番に張り込み等々……多少の不調は抱えても無理を通すのが当たり前の環境だ。

 そのため場を忘れ、大真面目に聞いてしまった。


「クビになったりしません?」


 ギディオンの眉間から皺がなくなった。

 それこそ、これまで見たこともない表情を見せていたが、ベルベットはそれどころではない。

 やはりおかしなことを口にしたらしい――顔が赤くなり、気まずさを誤魔化そうと目をそらした。

 

「あー、その……わたしの感覚だと、いまのお言葉は、役立たずは二度と顔を出すな……という意味で……ハイ」

「……そうか」


 微妙なニュアンスの返事にベルベットは胸をなで下ろす。


「違うのなら良かった。ご忠告通り、不調を感じたら医者を使わせてもらいます」

「……ああ」

「あー……いまは問題ありませんよ。ちょっと食事を抜いてしまっただけなので食べればすぐに回復します。休息を怠ったのは誤りだと思うので次からは改善します」

「そうしてくれ。体調管理も……」

「仕事の内、ですね。ではこれで……」


 違うとわかっていたはずなのに、素を晒してしまったようで気恥ずかしい。

 早口になって退室しようとするベルベットの背中に声がかかった。


「難しいとは思うが、そのあたりは考え方を変えて行け」

「努力します。それじゃわたしはこれで……」

「それと、これはセノが言っていたが、お前に対する印象は悪くない」

「はい?」


 突然何を言い出したのか、素っ頓狂な声が出る。そんな彼女を真っ直ぐに見ながら彼は続けた。

 

「言われた仕事をこなすのは当然だが、特に他の者に対する態度だ。俺の隊は若者が多いから、年齢の関係で衝突することが多い。お前は相手が年下だからと人を侮る態度を取らないのが良かった」

「あ、はい、どうも……?」

「俺もお前の人を見る姿を評価する。セノの悪巧みに乗り軽口が多いのは難点だが、お前と話すことでコルラードも色々考えるようになり、軽々な言動が減った」


 単に話しているだけですが……とは言わぬが花か。ベルベットは自分がコルラードにどんな影響を与えたのかわからないのだが、問う勇気はない。

 

「お前の入隊、たしかにきっかけには問題があったが、いまのまま協調性を重んじてくれるのなら、クビにすることはない……と思ってくれていい」

「……つまり?」

「帰って休め。そのうち雑用以外の仕事も任せる」


 退室したベルベットは心臓のあたりを押さえながら目を白黒させる。王城に勤めるようになってから、慣れぬ環境であっても飄々とした態度を崩さぬよう努めているのに、このときは少し、それが難しい。

 彼女は自分自身でも昂ぶる感情を抑えきれない。


「うわー……どうしよう、この職場、好きになっちゃうかも」


 いつクビを言い渡されても傷つかず、笑顔で立ち去る気分を心がけていたのに、なんとも困る話だった。





22日に中華風ファンタジー小説「涙龍復古伝」がKADOKAWAから発売されました。そちらもよろしくお願いします。

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