婚約者は私にだけ無表情
【あらすじ】
私の婚約者様は私にだけ無表情なのです。
(約4200字)
「ロベルト様との婚約、白紙に戻したらよろしいのでは?」
夜会が中盤に差し掛かろうかという時間。
扇でも隠しきれないほどに勝ち誇った様子の令嬢は、私の正面で私の婚約者、ロベルト様の腕にその豊満な胸を押しあてていた。
(おー、同性も羨む見事な武器を惜しげもなく。天晴)
そっと己の胸元を確認し、うちは代々小ぶりだからどうしようもない、張り合うなんて無駄無駄と自分を慰める。
18歳になった今も令嬢が着ているような近頃流行りの胸元が大胆に開いたドレスはどうしても似合わず、今夜も露出が少ないスタンダードな型のドレスだ。
「なにか仰ったら?」
「家同士の取り決めですので、私たちからはナニモ言エマセン」
「は?」
なにかと言われたから普通なことを棒読みで返したら令嬢に睨まれた。棒読みがよくなかったようだ。
自由恋愛からの結婚が貴族間でも多くなってきたが、まだ主流ではない。が、私たちのような10代後半から20代前半は夢見るお年頃の人が多く、あちこちで『真実の愛』が噂になる。
目の前の令嬢もその一人。彼女の場合は複数の男性を同時に虜にするタイプで、女子受けはすこぶる悪い。でもまあこの巨乳では仕方ないだろう。お父様だって巨乳美女をうっかり目で追ってお母様に耳を抓られていたことがある。結婚していてもそうならもうそれは男の本能だろう。
現在その本能を満たされているであろう私の婚約者は侯爵家の次男(22)。侯爵家は彼のお兄様が継がれるので爵位は無し。しかし財務局の若手の中では一番の有望株で、出世でいずれ爵位を賜るだろうといわれるほどの有能。常に穏やかでフェミニスト。さらに王太子と同級生で友人。とどめに美形。有望を詰め込み過ぎた華々しい株である。
そんなロベルト様は我が伯爵家に婿入り予定。侯爵家と隣接した、正に牧歌的田舎な我が領地。侯爵家の隣というだけで名を知られているような家だ。
俗に言う幼馴染みでロベルト様にはたくさん遊んでもらった。
その延長で結ばれた婚約なので、私は令嬢たちに妬まれまくりなのである。
そして令嬢たちが私に婚約を解消しろと言ってくるのは、ロベルト様が私にだけ無表情になるからだ。
今もそう。ため息を吐き、私に視線を固定すると同時に表情が消えた。フェミニストのはずが婚約者にはまったく表情を見せない。
そんな情報は会ったことのない他人にすら不本意な婚約なのだと思われる。嫌っている、またはまったく興味のない証拠だと。
巨乳令嬢はまたにんまりとすると、さらにロベルト様の腕に胸を押しつけ肩に寄りかかった。わー、ドレスから胸がこぼれ出そう。
「ねえロベルト様、あちらで二人きりでお喋りしましょう」
その艶っぽいお誘いにロベルト様が穏やかな微笑みを巨乳令嬢へむける。
有名人な彼がこの真実の愛劇場という修羅場をどうするのか、婚約者から巨乳令嬢へどんな台詞で鞍替えするのかと、近くにいる人々は気になるのかその場を動かない。
「うぜえ」
「へ?」
にんまりとしていた巨乳令嬢がぽかんとロベルト様を仰ぐ。
「あら、こういう場で雑な言葉はいけませんわロベルト様」
「だってさー」
口調を注意した私を向いたロベルト様はまた無表情に。切り替えが早い。
「用がないと伝えているにもかかわらず絡まれておおいに疲れたもう嫌だほんと疲れた久しぶりに馬鹿馬鹿しくなるほど疲れた挨拶は終えたし帰っていいはず帰りたい帰ろう押しつけられて腕が痛いし引っ付かれて歩きにくいし香水が強過ぎて鼻がまがりそうだそもそもイルヴァ以外の乳なんかクソどうでもいいし婚約者のいる男に迫る女なんか心底クソだろせっかく婚姻日が決まって王太子に自慢しに出席したのにあちこちで邪魔されいつの間にか腕は取られ気分はダダ下がりだしかもなんだこの半裸みたいなドレスが流行りだと王都のブティックはどこもかしこもどうかしてんじゃねえのイルヴァには絶対着せないからな他の野郎になんて絶対肌は見させねえ今日はイルヴァの傍を離れないはずだったのにちくしょう疲れた明日の仕事をいや明日からしばらくサボっていいだろうかうんそうしようそして婚前旅行に行こうイルヴァ」
「いや駄目でしょ。私的なお休みは事前の申請が必要です」
「えー」
無表情で怒涛の愚痴をこぼすロベルト様に周囲からは困惑の空気が漂う。
品行方正なロベルト様しか知らない人々には信じられない、信じたくない状況だろう。巨乳令嬢なんか目と口が開きっぱなしだ。
ロベルト様が再び微笑を浮かべて巨乳令嬢に一言。
「失せろ」
場の空気が冷えた。
ロベルト様の気配が冷気を帯びたというより、周囲が引いたからだろう。
確かに穏やか好青年が微笑みながら「うぜえ」や「失せろ」だなんて、一瞬理解が追いつかない。わかる。その部分は同意する。
ロベルト様の表情筋が働かないのと能力のわりに性格が雑なことを知るのは身内だけで、外面の良さは処世術なのだ。
* * *
『成績がいいなら表情がとぼしくても問題なくねえ?顔動かすのめっちゃ疲れる……』
『とぼし?ロブさま、ほっぺよしよししてあげるー』
『やったー』
『よしよし、よしよし、よくがんばりました』
『……へへ、ありがとイヴ』
『えへへー』
『イヴは俺がこんなでも平気だよな』
『?うんロブさまはいつもかっこいいしとってもやさしいもん。あ、おかあさまがね、おとうさまがおしごとのときにニコニコしてるの、とってもすてきっていってたよ』
『……ふーん』
『すてきって、かっこいいよりもっともっとかっこいいことなんだって』
『……へー』
『だからロブさまもおとなになっておしごとニコニコしたらすてきになるね、うふふ』
『……ふーん。すてきな俺だとイヴは嬉しい?』
『?うーん。うん』
『そしたらお婿さんになってもいい?』
『わーい!ロブさまがおむこさーん!』
* * *
子どもの他愛ない会話だったはずが、そこから特訓に特訓を重ね部外者に対して絶対紳士ロベルト様が爆誕。次男とはいえその無表情に悩んでいた侯爵家から泣いて感謝され、そしてありのままのロベルト様を受け入れられるということで婚約に至った。
それからロベルト様はモテ期に突入し、私は幅広い年齢の女性たちにやっかまれまくったのだが、領地に引っ込んでいればそう問題もなかった。領地経営の勉強で忙しいのもあったし。そうして私は極力社交に不参加だったので、余計にエスコート時のロベルト様の無表情が目立ったと思われる。
まあ、ロベルト様の優秀さは今さら口調が雑なことがバレても支障は少ないだろう。婿入り先の我が家は慣れているし、友人である王太子もその正体を知る一人だ。
周りからは無表情に見えるらしいが、ロベルト様は感情に素直だ。物心がつく前から一緒にいるからだと言われればそうかもしれないが、私にとっては充分表情豊かである。
呆然としながらもまだ腕を離さない巨乳令嬢に近づき、ロベルト様をその圧から解放する。外面紳士はどんな女性にも物理的危害は与えない。
そしてなにより―――
(喧嘩を売られた私が買わずにどうする)
そこで巨乳令嬢は意識を取り戻したらしく、自由になった両腕をわなわなとさせながら睨んできた。
扇子を開き口元を隠す私。その腰に腕をまわし密着してくるロベルト様。
怒りで顔を赤くした巨乳令嬢に、少し首を傾げて一言。
「なにか仰ったら?」
「〜〜っ!?」
盛大に鼻を鳴らしてドレスの裾を翻した巨乳令嬢はドスドスと効果音がつきそうな歩き方で去って行った。
(ほっ。勝てた)
参加するパーティーではロベルト様の隣でひたすら空気に徹していたが、周囲の観察はしっかりしていたのでこういう時の対処は予習済み、それを私が行ってさまになるかは別問題。巨乳令嬢があっさり負けてくれてホッとした。
ロベルト様がひっついてくれたから勝てたのだろう。
さて。もう終わったから離れてくれていいのだが、いつの間にか両腕が腰に回されて後ろから抱きつかれた密着状態になっている。え、恥ずかしい。
「ロベルト様?」
「イルヴァが俺のために頑張ってくれて嬉しい」
耳もとにロベルト様の甘えた声。あらま、巨乳令嬢によっぽど困っていたようだ。
「おそれいります。婚約者としての務めですもの」
「務め……?」
「ええ、ロブ様のことだから頑張れましたわ」
「イヴ〜〜!」
「あらあら、紳士なロベルト様はどうされたのかしら?」
「イヴ自慢の紳士に戻るためにイヴを堪能しているところです」
「ふふ、少し恥ずかしいですわ」
「イヴへの牽制も兼ねてるのでもう少し」
「私?……ああ、ロベルト様への足掛かりになりますものね」
「ああ俺の可愛いイルヴァ。自覚がないなんてなんて小悪魔だ」
「あらあらうふふ。そう仰ってくださるのはロベルト様だけですよ。しっかりなさって」
「じゃあ口づけて」
「まあ」
私に狙いを付けるなんて、ロベルト様を手に入れたい人しかいないだろうに、なんてことを言うのだろう。少し離れてほしいだけなのに口づけとは。こんな注目されまくりのところでできるか。
「神の前と二人きりの時だけと約束したではありませんか。こんな賑やかな場では恥ずか「よし帰ろう」きゃあ!」
ロベルト様は私を横抱きにすると颯爽と出口に歩き出した。
「もう、注目されたくないのに……」
「煽ったのはイヴだよ」
「む。早く帰してあげようと乗ってさしあげただけですー」
「それはどーもありがとー、お詫びに二人きりの場でいくらでもキスしようじゃないか」
「も〜、そんなこと言う人はほっぺ揉んであげませーん」
「ええ!……いやしかしキスは拒否されてない、いやでもイヴに揉んでもらわないと夜中に顔が攣る……!」
「……ふっ、ふふふ」
「イヴ〜」
「ふふふっ!」
この夜会以降、私もロベルト様も絡まれなくなった。
その後。
無表情でデレるロベルト様を面白がった王太子が王太子妃と連携して私を意味なく何度も登城させたり、ロベルト様を懐柔しようとして私に贈り物をくれた人が逆にロベルト様の怒りを買ったり、後輩の育成に力を入れたロベルト様に『穏やか悪魔』という渾名がついたりと、相変わらずロベルト様は有名人だ。
あと、笑顔を返してもらえないからと、我が子たちにも外面紳士対応だがその愛情は疑いようもない。
「イヴ」
そうして今も、私にだけ無表情な旦那様である。
おしまい。
お読みいただきありがとうございます。
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誤字報告について
>胸元が大胆に開いたドレス
→明いた
といただきましたが、『開』のままにします。
衣類は『明』のようですが、↑こっちの方がおっぱい見えそうな気がするので( ´∀`)
ありがとうございます(人´∀`*) みわかず
※2023/10/31、異世界恋愛ジャンル日間1位になりました。
ありがとうございますーーっ!!。゜(゜´Д`゜)゜。