エリザベスの思惑
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後日、王配候補が決まった。予想通り、ビュルガー公爵の三番目の息子とバーガンディ侯爵の二番目の息子だ。二人とも見目も家柄も良い。妾は最強だから、誠実であれば能力の優劣は問題ではない。わかってはいる。
妾は生まれて初めて、母である女王陛下に我儘を言った。
ヴィクター・ダーンリーが欲しい、と。
勝算はあった。あの茶会後に調べたところ、ダーンリー家は魔法に明るく、古くから我が国に仕える忠実な臣下だ。先代達のおかげで、伯爵家だが大した問題はないであろう。加えて姉は天才。近い未来を考えると、繋がりを持つには良いだろう。
例え、ヴィクターを良しとしないならば、妾の力を尽くし、認めさせようと思っていた。それ程までに妾はヴィクターを気に入った。
女王陛下も害なく益があるとおわかりになったのだろう。ヴィクター・ダーンリーを王配候補にねじ込むことができた。
後は、成長過程で周りに認めさせるだけだ。あれは良い男、もとい美人に育つであろう。退屈だと思った未来が楽しみになった。
面倒だが、他の王配候補者とコミュニケーションは取っておく。妾が最強と言えど、周りの支えは必要だ。バランスを取らねばなるまい。本当に面倒だが。
二人に会いはしたものの、つまらん。おべっかばかり使いよって。今妾の胸を占めるのは、ヴィクター、ただ一人だ。ヴィクターが婚姻可能な16まで、あと9年もある。これだけあれば、王配に相応しい者として育つであろう。
今日はついにヴィクターを訪ねる日だ。妾の訪問とは面倒なもので前準備に数日かかる。しかも、他の候補者の手前、会うのが一番遅くなってしまった。茶会より二ヶ月も経っているではないか。
前日は、なかなか寝付けなかった。あの可憐なヴィクターと、王配候補として会う。ふと、考えてしまうのだ。王配候補の任命など、断れるようなことではない。メガネの件から、姿を偽ってまで、ヴィクターは王配になりたくないのであろう。妾の我儘で立場を変えたことを恨んでいたら……とな。でも妾はヴィクターが欲しいのだ。こんなに俗っぽかったのかと、妾は妾を嘲笑う。
緊張している素振りなど見せずに、いざ訪問すると、ヴィクターの奴め、メガネを掛けておった。薄いぞ! 薄い! 存在感が!! ダーンリー伯爵と話しているうちに居なくなっても気づくまい。ヴィクターの魔力を覚えていたから、どうにか存在を認識できたが……ダーンリー伯爵もヴィクターのこと、忘れているのではないか? 恐ろしい魔道具よ。
ヴィクターと二人で話したいと申し出て、ようやっと二人になれた。姉が最後まで同席しようとしたが、さては、あやつだな! ヴィクターにメガネを掛けさせたのは!
こうして妾が見つけたからいいものを、けしからん。しかし、この愛らしさ。その他大勢に見せるのは得策ではないし、どうしたものかの思いを巡らせていたら、ヴィクターがこの間とは比べ物にならない、しっかりとした挨拶をする。
ふむ、王配教育の賜物だな。妾に相応しいよう頑張るということか? 期待するぞ。喜びを滲ませ、メガネを外させる。
メガネを外した途端、輝かしい銀髪に神秘的な紫の瞳が現れる。何が嬉しいのか口元に笑みを浮かべて、こちらを見、見、見上げるとは!!! 余りの愛らしさに、思わず息を飲む。妾としたことが赤面も止められぬとは!
「エリザベス様? どこか、お身体の具合が悪いのですか? お顔が赤いです!」
妾の具合が悪くなったと勘違いしたヴィクターは、側に寄りついたと思えば、あろうことか、触れますと言って、妾のおでこに触れる。
は、は、は、は、母上にもそのようなことは! されたことはない!! そして、近いのだ! 近い!! しかも、涙目で上目遣いだと!? 妾を萌え死にさせるつもりか!! けしからん!
「ぐっ……! 妾は大丈夫だっ!! こっ、このように無闇矢鱈に近づくではない!!」
胸が苦しい。キュンといってる。キュン。巷で聞くキュン死にとは、このことか。
「はっ! 申し訳ございません!! エリザベス様のお身体を心配する余り、尊いお身体に触れるなど! 王配候補にしか過ぎない私めには出過ぎたことをしました。大変申し訳ございません!!」
慌てて距離を取り、頭を下げるヴィクター。僅かに身体も震えておる。不敬だと思ったのだな。
「いやっ! っ良い! 妾が騒ぎすぎたのだ。おまえは触れても良いが、急に近づかれると、妾の心臓が持たぬっ」
「!!! 胸が苦しいのですか! あわわ! 大変だ!」
「待てっっ! 大丈夫だ! 心配には及ばぬ!」
もはやパニック状態のヴィクターは、最悪にも席を立とうとしている。そんなこと許されるものか! おまえは妾の隣に、側にいなくてはならんのだ。
ヴィクターの腕を力強く掴んで、隣に座らせる。真っ直ぐ見ると、恐れるでもなく見返してくれる。ほんに杞憂な男だ。思わず、ヴィクターの頭に手が伸びる。触れてみると、なんと柔らかく手触りの良い絹のような髪だ。
「心配かけたな。ヴィクターの優しさに触れて、妾は嬉しいぞ」
ヴィクターのことが愛おしい。これに尽きる。大した話もせず時間が来てしまったが、ヴィクターに羽虫が寄らぬよう、今後一切、妾と家族以外の前でメガネを外してはいけないと厳重に言い聞かせた。
見送りに姿を現したソフィアに近づき、耳元で囁く。
「小癪な真似をしおって。この宝石は妾のだ。妾のために、しっかりと羽虫どもから隠しておけ」